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ep.3 セコイア国

 

 オリビアは悪夢を見ていた。

 父と母、ローレルや村人達がモドキに殺される夢。


 右手は黒く染まり加護は使えない、守ることも戦うことも許されずひたすら泣き喚き、繰り返される光景に逃げ回った。


「もういやっ……!やめて……!」

「落ち着くんだ」

「っ!」


 突然聞こえた聞き覚えのない声にオリビアは悪夢から目が覚めた。

 飛び起きると周りには植物の蔓がまるで彼女を守るように蠢いていた。


 その隙間から見えたのは広く絢爛豪華な部屋。

 オリビアはその部屋の天蓋がついたベッドの上にいた。



「目が覚めたか?」

「!」



 硬直するオリビアの耳にまたあの声が聞こえてくるとそちらに視線を向ける。

 そこにはこちらを興味深そうに見つめる幼いメイドと、声の主である女性がいた。



「ロータスを呼んできなさい。マナエルフよ、そなたは私と話をしよう」


 女性に指示を受けたメイドは頭を下げて部屋から出て行くと、部屋に残ったのはオリビアと指示を出した女性だけとなった。

 オリビアは自身が置かれた状況が分からず不安を紛らわせるようにシーツを握り締めた。


「安心しろ、ここにはそなたを脅かす者はいない」


 彼女の様子を見てか女性は柔らかく声をかけた。

 しかし、美人だからかその視線には威圧感を感じる。

 妖艶な雰囲気を漂わせた女性はナイトガウンのようなワンピースに身を包んでおり、オリビアから少し離れた椅子に腰を下ろすと、足を組んで赤く長い髪を耳にかけた。

 この世界に来て初めてマナエルフ以外の人間を見たオリビアは、エルフの耳に慣れてしまったからか女性の短い耳に違和感があった。



「……ここはどこ……?他の皆は……?」

「ふむ……」


 オリビアは気を失う前の出来事を思い出すと、声を震わせながら恐る恐る女性に問いかけた。

 その問いかけに女性は少し考えた後、

 ここは“ヴァイス”と呼ばれる大陸の中心に位置する魔法大国セコイアである事、

 そしてここはその国の王城であること、

 ローレル達もこの城で保護している事をゆっくりと説明した。


「他の者達の元へは後で案内しよう」

「ありがとうございます……」

「それと、亡くなった者たちは村に埋葬してきた。そなた達がいた、あの巨木の下に」


 女性が窓の外を指差す。その先には山をも越える程の巨木が聳えていた。

 それはオリビアが加護で村人を救った際に生まれたモノだった。


「……あそこに、村があったんだ……」

「あれのおかげでそなた達を見つけることができた」


 オリビアはその巨木に向かい、亡くなった村人

 ――そして母と父に静かに祈りを捧げた。


 悔しさに強く唇を噛み締めるオリビアを、女性はただ静かに見守った。



「――そういえば……助けに来てくれた人の中に、おばば……村長を知っている人がいたみたいなんですけど……」


 静寂を破ったのはオリビアだった。

 おばばを見て泣いていたあのエルフ、彼は一体何者だったのか――

 その問いかけに女性は少し悲しげに眉を顰めた。


「ああ、もうすぐ来るはず……噂をすればだな」


 バタバタと騒がしい足音が聞こえてきたかと思えば、オリビアが驚き体を跳ねさせてしまうほど、勢いよくドアが開かれた。

 そこに立っていたのは片手に王冠とマントを抱え、息を切らした茶髪のエルフ。

 息も整わぬままそのエルフはオリビアに声をかけた。


「目が……はぁ……は、ぁ……覚めた……と、……はぁ……聞いて……」

「深呼吸しろ、ロータス」

「ちょっと……はぁ……待ってね……」

「……まったく」



 どれだけ慌てて駆けつけたのか――

 そのまま倒れてしまうのではないかと思う程に彼の呼吸は荒々しかった。

 女性が彼の背中を摩ると、彼はようやく落ち着いてオリビアに向き直った。


「はぁ……ごほんっ、失礼した。他のマナエルフから話は聞いたよ、よく頑張ったね」

「……そうでしょうか……」


 力なく呟きながら、オリビアは拳を握りしめた。


 モドキに襲われた時、

 土の壁ではなく棘の様な物を作って攻撃したり、植物の加護で拘束したり、他にもやり方はあったはずなのに――

 頭の中で繰り返す、そんな“たられば”がオリビアの心臓を締めつけた。


 エルフはそんな彼女の様子に心苦しそうに眉を下げ、視線を合わせるように膝をついて座った。


「……あの場所に戻るのは危険だ……だから、この国で君たちを保護したいんだけど……」

「……助けてくれるの……?」

「もちろんだ」


 エルフは胸元からおばばが身につけていた緑の髪が入った小瓶を取り出した。

 おばばの遺品を何故彼が――

 オリビアが問いかけるより早く、彼はイヤリングと手袋を静かに外した。


 彼の髪がゆっくりと小瓶の中の髪と同じ緑色に染まっていく――そして外した手袋の下からは砕けた神の石が露わになると、オリビアは驚きに目を見開いた。



「僕の名前はロータス・サルビア・アイオライト。村長の息子だ」

「サルビア……」


 "サルビア"――それはおばばの名前だった。




「……おばばの……末の息子さん……?」

「うん……追放された身だけどね」


 彼は眉を下げて悲しげに笑った。


 追放――


 おばばにはたくさんの子供がいた。

 その内の1人、末の息子の話は村ではタブーであった。

 オリビアはマナエルフとしての責務を放棄し、村を捨てたと大人が話していたのを思い出した。



「僕は共に生きていきたい人ができた。だから、石を神にお返しして村を出たんだ」


 ロータスが女性の方を向くと、女性は穏やかな笑みを浮かべて彼の肩に触れた。



「……本来なら許されない事だ。

 だけど母は反対する村人達を説得して、マナエルフと今後一切関わらない事、そしてマナエルフの存在を隠す事を条件に僕を送り出してくれた」


 ロータスは小瓶を握り締めると静かに目を閉じた。


「村は僕のせいでまた住む場所を移動しなくてはならなかったはずなのに……僕が村に戻りたくなった時の為に、母はそこに留まった……それですぐに気付けたんだ、村に何か起きたんだって」


 ロータスが再び目を開けると、窓の外の巨木を見つめ悲しそうに笑った。

 オリビアは、彼も母を失ったという事に気付き胸が締め付けられた。


「……戦ってくれてありがとう」


 ロータスの一言に、オリビアの頬に涙が伝った。

 その一言に張り詰めていた彼女の心が少しだけ解けた。


「よかったらハンカチ使って。……カトレア、側にいてくれてありがとうね」

「かまわんよ。目が覚めてよかった」


「あの……」


 ロータスと女性の表情が少し和らぐと、オリビアは気になっていたある疑問をロータスへと投げかけた。


「……ロータスさんは王様なの……?」


 ロータスが持つ王冠とマントに視線を向ける。

 ただの村人であった彼がどうしてそれを待っていて、この王城にいるのか――オリビアは不思議に思っていた。


 その問いかけに2人は顔を見合わせて可笑しそうに笑い始めると、オリビアは何故笑われているのか分からず戸惑った様子を見せた。


「話していなかったのかい?」

「そういえば名乗るのが遅れたな……」


 女性がロータスからマントを受け取り王冠を頭に乗せると艶やかな笑みを浮かべて声高らかに名乗った。


「私はセコイア国の王――カトレア・アイオライトである」


「えっ」

「僕は王配なんだ」






 ――――

 カトレアと名乗った女性の正体がこの国の王であることを、オリビアはまだ疑っていた。


「(バスローブみたいな服着てるし……)」


 女性が王、という点も驚きだが、彼女の格好は王というにはラフ過ぎた。

 いつもそうなのか、飲み物と食事を運んで来たメイドたちは特に気にしている様子はなかった。


 オリビアの前にスープが置かれると、その匂いに彼女は強い空腹感に襲われた。

 オリビアは5日程眠っていたらしい。

 ローレルたちの無事を確かめたかったが、まずは食事をと言われ、首を横に振ることができなかった。



「ゆっくり食べてね」


 そう言ったロータスの髪は気付けば最初に見た時と同じ、茶髪へと変わっている。

 イヤリングに何か仕掛けがあるようだった。



「(そういえば……)」


 久しぶりの食事に感動しながらオリビアは自身の右手を見た。

 神の石はまた色と輝きを取り戻していたが、あの蔓のような痣は二の腕辺りまでくっきりと残っていた。


 そしてこの神の目という加護―――


「(野菜スープ……)」


 左目を閉じて神の目を使用すると、オリビアの視界にいくつもの文字が浮かび上がる。

 物や人の名前、スープを用意してくれた人の上には腰痛の文字が浮き上がった。


 いきなり村の外へ出たオリビアにとって、これはとても有難いスキルだった。


「左目が痛むのか?」

「い、いえ……」


 しかし、左目を閉じなければ発動しない事は欠点であった。


「(ローレルたち……大丈夫かな……)」


 オリビアは腹を少し満たせた事で緊張が和らぐと、あの時の光景がじわりと思い浮かぶ。

 極度の恐怖と喪失感に蹲っていたローレル。

 そして――


『私のところに生まれてきてくれてありがとう、愛してる』


 オリビアは込み上げる吐き気に口元を押さえた。


「っ……もう、食べられないです……」

「わかった、片付けてくれ」

「すみませ――」


 オリビアは申し訳なさから残ったスープを片付けるメイドの方を見ると、そのメイドはあからさまに顔を顰めた。

 その目には嫌悪の感情が強く滲んでいた。

 驚いて視線を逸らすとそれを見ていたカトレアは眉間に深く皺を寄せた。


「やめんか」

「……申し訳ございません」

「もうよい、下がれ」


 何故あのような目を向けられたのか、

 オリビアは疑問と共に、じわじわと胸の奥に不安が広がるのを感じた。


「……平気かい?」

「……ローレルたちの所へ案内してください……」

「少し休んでから行こう」

「でも……」

「安心しろ、マナエルフ達にはちゃんと会える」


 ホントにローレル達は無事なのか?


 カトレアがメイドに何かを耳打ちする様子が映る。

 そのメイドも同じように顔を顰めた後、部屋から出て行った事で、オリビアの不安は更に強くなった。


「……もう大丈夫です!早く……皆に会わせてください!」

「今様子を見に行っておる、だからもう少し……」

「お願いします‼︎」

「……わかった、案内しよう」



 何故だか時間を稼いでいるようにも見えるカトレアの様子に、オリビアは不安を抑えきれなかった。

 ロータスは表情を険しいものに変化させ、部屋の扉を開いた。

 オリビアは不安を抱えながら彼らと共に、ローレルの元へと向かった。




 ――――

「ここだ。それぞれに部屋を用意したんだが、今はこの部屋に集まっている」

「ここに皆が……」

「カトレア様お待ちください!」


 部屋の扉を叩こうとするカトレアを、1人の女性が止めた。

 女性が耳元で何かを報告すると、カトレアは大きな溜息を吐いてオリビアに向かって首を振った。


「……今はまだ会えんようだ」

「えっ、どうして……」

「また後で会いに来よう」


 何かを隠している

 オリビアが扉を開けようと手を伸ばすとそれを阻止するようにカトレアに掴まれた。

 思わずカトレアを睨み付けると、抑えていた感情が一気に溢れ出した。


「何を隠してるの⁈皆は無事なんだよね⁈」

「オリビア……?」


 不安と恐怖、そして怒りに声を荒げるオリビアの耳に、ローレルの声が聞こえた。


 扉が少しだけ開き隙間からローレルが顔を出すとオリビアの顔を見て目に涙を浮かべた。

 そしてそれを見たオリビアも、少し窶れているが元気そうなローレルを見て安堵したが――言いようのない空気を感じ取り、すぐに顔を強張らせた。


「よかったオリビア‼︎目が覚めたんだな‼︎……ホントに、ホントによかった……」

「ローレル……なにしてるの……?」


 息が荒く、汗で額に張り付いた髪、裸で腰にシーツだけを纏ったローレルの姿に、オリビアは困惑した。

 部屋の中は暗く、うっすらと奥で何かが蠢いているのが見える。


「中に入れよ!皆心配してたんだぞ!」

「ローレルくん待ってくれ!オリビアちゃんは今さっき目が覚めたばかりなんだ!もう少し休む必要がある、今日は……」

「そうなのか?」

「う、ん……まだ辛くって……」

「……そうか……」

「ローレルくん、代わりに僕と少し話せないかな」

「……悪いけど、気持ちは変わらないよ」

「あ……!」

「オリビア、今のうちにゆっくり休めよ」


 ――部屋の奥から白い手が何本も伸びてくるとローレルに絡みつく、そしてそれらはゆっくりと彼を部屋の奥へと連れて行った。扉が閉まるとオリビアはその場に力なく座り込んだ。


 そこにいたのはローレルであったが、オリビアの知っているローレルとはどこか違っていた。

 それは見た目でも、性格でもない。

 オリビアにしか分からない何かが――



「立てるか?」


 放心するオリビアにカトレアは静かに声をかけた。

 オリビアは力なく頷くと、ふらつきながらもゆっくりと立ち上がり、カトレアはそんな彼女の肩を支えて部屋へと戻った。


「……ゆっくり休め」


 気を遣ってか、それ以上何も言わずにカトレアとロータスは部屋を後にした。


 オリビアはベッドへ身を投げ出すように倒れ込むと、シーツを軽く握り締めた。


 ローレルとの再会、

 それは彼女が想像していたものとは違っていた。


 喜びを向けたローレルに対して、

 オリビアは早くその場から逃げ出したいとさえ感じてしまった。


 この感情の正体は――


 疲労のためか、または考えることを頭が拒んでいるのか、オリビアはそのまま静かに眠りへ落ちていった。


少し改稿しました。

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