ep.2 襲撃
村の出入り口には、涙で瞼を赤く腫らし、鼻を啜るローレルの姿があった。
「まだここにいたの?」
様子を見に来たオリビアが隣に座ると、ローレルは剣をぐっと握り締めながら再度鼻を啜った。
「父ちゃん達、3日後には帰るって言ってたのに、もう1週間も経ってる……」
「きっと少し遠くまで行き過ぎただけよ。すぐ帰ってくるわ」
「そうだよな……」
「帰って来たら遅すぎるってお母さんの代わりにぶん殴ってやるわ!」
拳を振り回すオリビアに、ローレルは笑みを溢した。
「ははっ、女のくせに野蛮だなぁ……」
ローレルは髪を掻き上げ深呼吸をすると、立ち上がって剣を構えた。
「俺まだ弱いけどさ、おばばが俺はこの村で1番強くなれるかもって!」
剣に映るオリビアと目が合う。
ローレルは顔を引き締め、声を上擦らせながら言葉を続けた。
「お、俺、俺さ! 強くなるからさ! ……だからさ……俺と……」
「あれは……おい! あいつらが帰ってきたぞー! 炎は緑! 無事だ!」
「!」
オリビアとローレルは、櫓の上にいる男の言葉を聞いて顔を見合わせた後、慌てて櫓を駆け上がった。
男は困ったように笑いながら森を指差す。
その先には無事を知らせる緑色の松明を先頭に、奥へぽつぽつと続く松明の炎が見えた。
「おーい」
「とーちゃんの声だ……とーちゃん達が帰って来たんだ!」
ローレルが村人達にそれを伝えに走ると、すぐに村長のおばばがやって来た。
「おーい」
「ただいまー」
「おーい」
聞き覚えのある声が次々と聞こえてくると、出迎えに集まった村の人達は、彼らが無事に帰って来た事に安堵し、涙を浮かべていた。
「ったく……心配かけさせやがって……怪我人や捜索の報告を聞いてくる。その間におばばは結界を解いてくれ」
「まったく、肝が冷えたよ……年寄りの寿命をこれ以上縮めないでほしいねぇ……」
「あんたー!」
「あっ! 待てって!」
何人かが捜索隊に向かって駆けて行くと、オリビアも慌てて櫓を降りた。
「お父さ――」
背中にひやりとした風が通ったような感覚。
オリビアは足を止めた。
「とーちゃーん‼︎ ……オリビア?」
村人達に続いて駆け出そうとするローレルの腕を掴むと、オリビアはゆっくりと後退した。
「おばば」
「ん? どうした」
「結界を張り直して、あれ……お父さん達じゃない」
「!」
「何言ってんだ! さっきのは間違いなくとーちゃんの声だった!」
ローレルの声は、オリビアの耳には届かなかった。
おばばが結界を解いた途端に、松明の灯りが大きく揺れ速度を上げてこちらに向かってくる。
「下がれーー‼︎」
何かが風を切る音が聞こえた――次の瞬間、おばばは勢いよく後ろへと飛んで行った。
オリビアとローレルは慌てておばばに駆け寄るが、徐々に近付いてくる多くの足音と息遣いに、再び視線を出入り口へと向ける。
「……とーちゃん?」
「皆下がれ‼︎ モドキだ‼︎」
近くに来てやっと見えたそれらの正体は、村の捜索隊ではない。
大きく太った体、そして豚のような鼻に、エルフのような横に長い耳を持った――モドキと呼ばれる種族だった。
「あ、あいつら……ッ!」
先頭にいるモドキは、肉片の付いた緑の髪を頭に乗せ、手には先程向かっていった村人達の首がぶら下がっている。
「おーい」
「なん、で……あのモドキ……とーちゃんの声――」
「ローレル! 早く逃げなきゃ!」
「……っ!」
村に残っていた男達が駆けつけると、オリビアはおばばを背負って混乱するローレルの腕を引いて駆け出した。
(すごくたくさんいた……どうしよう……)
村の奥へと逃げようとするオリビアの目の前に、折れた槍先が飛んできた。
恐る恐る振り返るとモドキ達の足元には、首を捥がれた男達の死体が転がっていた。
「……っローレル走って‼︎」
オリビアは恐怖に震える足を必死に動かし、がむしゃらに走った。
モドキは頭が悪く統率がとれない。
その為群れはなさないと村人達はよく言っていた。
しかし、奴らは大きな群れでやってきた。
それどころか緑の松明を使ってオリビア達を欺いた。
オリビアの中に言いようのない不安と疑念が渦巻く。
「オリビア‼︎」
「お母さん‼︎ 来ちゃダメ‼︎」
「えっ……あ…………」
オリビアの母が見つめる先には、一体のモドキがいた。
その頭に乗った髪の色には見覚えがある。
母の視線に気付いたモドキは石を手に取り、口の端を吊り上げ、腕を振りかぶった。
「ただいま」
「い、いやぁぁぁーー‼︎」
「ーーッ‼︎」
オリビアはおばばをローレルに預けると、地面に手を着きマナを流し込む。
マナによって地面は大きく隆起すると、オリビア達を守るように大きなドーム状の壁を作った。
(なんとかしなきゃ……このままじゃ殺される……!)
外から振動が伝わると、オリビアは慌てて壁を強化する。
急拵えの土壁は厚さが均等ではなく、奴らは鼻がきくのか、壁の薄い場所を的確に攻撃してきた。
気を抜けば壊される――奴らは恐ろしく力が強かった。
(どうしたらいい……? 少ししたらあいつらは諦めてくれる……?
分からない……誰かに助けを求める……? どこに? どうやって?)
「ありがとう……オリビア……」
おばばのか細い声がドーム内に響く。
口から大量の血を流している事から、内臓がひどく損傷しているのが分かる。
悔しさと悲しみに肩を震わせながら、これからどうするかを問おうと、オリビアが口を開きかけた時――おばばは穏やかな笑みを浮かべた。
「オリビア……時間を稼いでくれて本当にありがとう……マナエルフは穢されることなく終わる事ができる……」
「へ……?」
おばばはナイフを取り出して近くにいた村人に渡し、首から下げていた緑の髪が一房入った瓶を握りしめた。
おばばの神の石は、割れて黒く濁っていた。
「オリビアが作ってくれたこの時間を無駄にしてはならん……残されたのは年寄りと女と子供……弄ばれ、苗床になり、種を穢されるくらいならば――皆で神の元へ行こう……」
ナイフを渡された村人が泣きながら自分の神の石を破壊すると、「神の元へ帰ります」と言って、自分の首を切った。
そのまま隣にいた村人へとナイフが渡り、同じように石を壊し首を切る。そしてまた隣へ――
オリビアはその光景にひどく混乱した。
「何やって……ッ……おばば‼︎ 皆を止めて‼︎ どうするか一緒に考えて‼︎ 諦めないで‼︎」
「オリビアありがとう……あなたのお陰で最期に息子と話せる時間ができた」
「かーちゃ……やめてくれ……俺――」
「ローレルあんたが生まれてきてくれて……母ちゃん本当に幸せだった。大丈夫、神様のところで待ってるね」
ローレルの母のモノか、それとも別の誰かのモノか――オリビアの手元に跳ねた血が、土に滲み広がっていく。
モドキを防ぐには加護を使い続けなければならない。
しかし、それでは自らの命を断つ村人達を止められない。
焦りと恐怖がオリビアの心を掻き乱した。
「オリビア」
「っ!」
次にそのナイフを拾ったのは――オリビアの母だった。
「やめて……やめてお母さん……わ、私……守るから……大丈夫だから……も、もう狩りに行きたいとか我儘言わない……‼︎ 家のことちゃんとする……‼︎ だから……‼︎」
「オリビア……ごめんね……」
「待って……待って待って待って‼︎ ……ッ……ローレル‼︎ あんたも地の加護もってるでしょ‼︎ 手伝いなさいよ‼︎ 早く……早くこっちに来て……‼︎ このままじゃ……やだ……っやだ……‼︎」
「私のところに生まれてきてくれてありがとう、愛してる」
――手を離してしまいたかった
オリビアは倒れ込む母を、受け止める事もできなかった。
血の匂いに興奮してか、壁を殴る音が激しさを増す。
ローレルは母親の側から離れず放心し、泣きじゃくる子供達の声がドームに反響する。
次々と人が死んでいく。
残された村人の数は、多くない。
ミシッと音を立てて壁に亀裂が走ると、黄緑色の髪――そして、口を歪ませて笑うモドキが、オリビアの瞳に映り込んだ。
その髪色は――
「ただいま」
「ふざけんなああぁあーーッ‼︎」
オリビアは残った石のマナを一気に解放した。
――――
「何だこれは……」
(声……?)
――あれからどうなったの?
オリビアが目を覚ますと、景色は大きく変わっていた。
土の壁には木の根が張り、地面には様々な色の花が咲き広がっていた。
あんなにいたモドキ達はどこへ行ったのか――壁を叩くあの恐ろしい音はもう聞こえない。
状況を把握しようと動いたオリビアだったが、体に力が入らない。
唯一自由に動く視線を這わせると、少し離れた所に横たわった村人達を見つけた。
「皆……死んじゃったの……?」
誰も答えてはくれなかった。
涙がまつ毛を伝って地面へ落ちると、突然右手に鋭い痛みが走り、視線は自然とそちらに向いた。
輝きを失い、黒くなったた神の石。
そしてそこから這うように伸びた植物を思わせるような痣。
右目にも違和感を感じる――ぼろぼろな自身の体に、彼女は自嘲気味に笑った。
無茶をした代償だろうか。
それでも結局、悲劇を止める事ができなかった。
オリビアはまた溢れそうになる涙を抑えるように左目を地面に押し付けると、
突然目の前に文字が浮かび上がった。
“神の目”
“神から愛されし者を、命を賭して救った者に授けられし加護”
オリビアは驚き顔を少しだけ上げると、先程の文字は消えてしまった。
そこで右目の違和感の正体に気付いた。
恐る恐る左目を閉じると、再び文面が浮かんだ。
それは先ほどとは異なる文面だった。
“ナズナ”
“状況:マナによって開花”
“シロツメクサ”
“状態:マナによって開花”
「花の名前……? 状態……?」
右目を少し凝らすと、まるでゲームのように物の情報が文字となって浮かび上がった。
オリビアは混乱しつつも右目に宿った能力を確認するように辺りを見回すと、ぴたりと動きを止めた。
「……っ……」
目の前に浮かんだ文字を見て、オリビアは堪らず涙を溢れさせた。
“ローレル(16)”
“状態:気絶”
他にも何人か気絶と表示されている。
そして、死亡とも――
「ロー……レル……ローレル……ッ」
オリビアは痛みに顔を歪ませながら、ローレルに向かって手を伸ばした。
左目は決して開けなかった。気絶という文字が変わらないように、消えてしまわないように――
「よかっ、た……よかった……」
ローレルの手を握ると、ほんのり暖かかった。
生きている。
オリビアは何度も確認するようにローレルの手を握り締め、その度に「よかった」と言葉を繰り返した。
彼女は残った彼らが生きている事に、彼らを守れた事に心から安堵した。
「遺跡か? いや……それにしては……」
「!」
突然聞こえた人の声は、壁の向こうから聞こえる。
再び恐怖が蘇ると、オリビアはローレルの手を握ったまま、息を殺した。
「モドキの足跡だ……クソッ……どうして…………生存者は⁉︎」
「まだ見つかっていません……」
「モドキって……オークの事ですか?……オークに気付き逃げたのでは?それか……」
「この中か……おーい! いるなら返事をしてくれー!」
(人間……よね……?)
外にいる人間達は信頼できるのか、新たな恐怖に晒されるのではないか――オリビアはその呼び掛けに答えるか思い悩んでいた。
もう頼りになる男達はいない、ここに残っているのは女と子供だけ。
どうしたら――
「返事はないな……日も暮れてしまいますし、一度戻って――」
オリビアが頭を悩ませていると、それを急かすように声が離れていく。
「一度戻って……? ど、どこに……待って……日も暮れるって……もうそんなに時間が経ってるの……?」
オリビアの恐怖心は大きく膨れ上がった。
「待って…………助、けて……」
恐怖で震え、うまく声が出せない。
モドキが戻って来たら、私達は――
「死にたくない……っ」
小さく掠れ、漏れ出た声。
モドキが戻ってくればどうなるか――それは明白である。
人間は恐ろしい生き物だと聞かされたが、彼女がそれよりも恐れたのは“死”だった。
声の聞こえた方へ体を引きずりながら移動すると、壁に向かって手を伸ばす。
再び口を開きかけた時、
黒く濁ってしまっていた神の石が、そっと色を帯び始めた。
――まるで、オリビアの心に応えるかのように。
オリビアは加護の力を使って壁に隙間を作ると、声を絞り出した。
「助けて、ください……‼︎」
「ひ、人だ!」
声に気付いた人間達が集まってくると、オリビアは気が抜けて地面に突っ伏した。
「ロータス様お待ちください‼︎」
薄れる意識の中、フードを被った人間がおばばに駆け寄り、大声で泣き叫ぶ姿が見えた。
誰だろう――オリビアは静かに意識を手放した。
少し改稿しました。




