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ep.1 マナエルフ

 



「……の子は……かる……で……か」


「……して……だ……命は……り…………」



(ここ……どこ……?)



 見慣れない部屋。


 微かに聞こえてくる声はくぐもっていて誰のものかも分からない。


 ぼんやりとした視界、体は指先一つ動かせない。

 


「しか……損……が……どく……」


「やっと起きたか」


 状況に困惑する彼女の耳に、突然はっきりと男の声が聞こえた。


「俺に感謝しろよ?」


 視線だけを声のする方へと向ける。

 視界は相変わらずぼんやりとしていて、男の顔はわからなかったが、白い髪をしていることだけはわかった。


 男は視界を奪うように手を伸ばしてきたが、今の状態の彼女に、それを拒む手段はなかった。



(この人誰……? ダメだ……すごく眠い……だれ、か――)




「……」

「オ……」


(なに……?)


「オリビア‼︎」


「!」


「よかった……っよかった…」


「オリビア、もう危険なことはしないでくれ……」


 次に目を覚ますとぼんやりとしていた視界は晴れ、景色は大きく変わっていた。


「私、死んだ……?」




 ――――



「……まぶしい」


 カーテンのないこの部屋は、日が昇れば嫌でも目が覚める。

 彼女が重たい瞼を擦り、窓の外に目を向けると、広場で中年の女性達が、洗濯物を集めながら会話に花を咲かせている様子が映った。


「起きたのー?」


「起きたよ、おはよー」


「準備ができたら下にいらっしゃい! 顔を洗う水は扉の前に用意してあるからね!」


「はぁい」


 彼女はいつものように朝の支度を終えると、鏡を手に取り覗き込む。


 夏の木々を思い起こさせる緑の髪と、横に長い耳――そして、主張の強いアメジストのような目をした彼女(オリビア)と目が合った。


 ある日、オリビアは木から落ち頭を強く打ちつけた事で前世の記憶を思い出した。


 前世の彼女は、母と幼い妹の3人で暮らしていた。

 

 父親は病気で早くに亡くなった。


 そんな父の代わりに、昼夜問わず働く母を見てきた彼女は、高校を卒業するとすぐに働いた。


 無茶をしながら必死に稼ぎ、生活は次第に豊かになった。


 しかしある日、仕事帰りに不運にもトラックに――


 気が付くとヴァイスと呼ばれる大陸の片隅にある、名もなき小さな村でオリビアとして生まれ変わり、新しい人生を歩んでいた。


 前世を思い出して数日は、2つの記憶に混乱し、高熱を出して食事もままならなかったが、やっと落ち着くことができた。


「オリビア、右手を出して」

「大丈夫だってば」

「ダメよ! 欠けてたらどうするの!」

「もう……確認何度目よ……」


 心配そうに右手を見る母親に、前世の母の姿が重なる。

 オリビアは気まずさから、窓の外へと視線を移した。


 窓の外では風で巻き上げられた衣服が宙で渦を巻く水の中を通った後、洗濯紐に並ぶ光景が見られた。


「さーて洗濯は終わったし、ご飯の準備しましょうか! ちょっとアンタ! 火の加護頼むよ!」


「もうできてるわよ!」


「かまどもそろそろ大きくした方がええかねぇ……土の加護使えるのは誰がいたかね」


「(木が揺れてるみたい…)」



 彼女のいるこの世界は魔法――そして様々な種族が存在する、所謂ファンタジー世界だった。


 この村に住む人々は、 神に愛された種族(マナエルフ)と呼ばれている。


 マナエルフは木々の葉を思わせる緑色の髪を持ち、自然界に満ちる“マナ”を吸収し蓄えることのできる特別な石を右手の甲に宿している。


 マナはすべてのモノに存在するエネルギー。

 魔法の素だ。


 人間などの知的種族は体内に存在するマナを消費して魔法を使うが、

 マナエルフは石に蓄えたマナを使う。


 魔法には適性があるように、神の石にも色によって使える種類が限られるが、石に蓄えられるマナの量は体内に存在するマナの何倍も多く、空になることはほとんどない。


 彼らは神から与えられたこの石を“神の石”と――そしてこの力を魔法ではなく“加護”と呼んだ。



 オリビアは視線を手の甲に埋まる神の石に向ける。


 八芒星の形をした、宝石のような輝きを放つ神の石。


 オリビアの持つその神の石は、風と水と地――そして植物の加護が使える特別な力を宿していた。


 植物を操る事ができるのはとても珍しく、村人達は大いに喜んだ。

 本人も最初こそ喜んでいたが――



「よし、大丈夫そうね。もう無茶しちゃダメよ? あなたの神の石は特別なんだから」


「特別って言っても、家事にしか使えないんだから意味ないわ」


「風や水が操れれば洗濯も料理も掃除も楽で植物が操れれば食料だって困らないわ! まさに最高の加護じゃない!」


「……」


「オリビアだっていつか嫁ぐのよ? 未来の旦那の為に今から練習しておかないと――」


「私も狩りに行きたい! なんで男の人だけ……」


「男は村の為に戦い、家族を養う。

 女は家を守り、子供を産み育てる。

 女が戦いに出たり狩りを行うのは許されない。……村の掟、前から言ってるでしょ……? オリビアが思っている以上に村の外は危険なのよ」


 特別な力を持っているのに――


 不満が喉を這い上がってきたタイミングで、家の扉が開かれた。


「ただいま」


「あら! おかえりなさい! 早かったのね?」


 父親が帰ってくると助かったと言わんばかりに母親は駆け寄って行った。


 構わずまた不満をぶつけようと口を開きかけたが、父親の深刻そうな顔に、思わず口を噤んだ。


「オリビア、少し席を外してくれるか?母さんと話さないといけない事があるんだ」


「……わかった」


 オリビアは不満を抱えたまま渋々と家を出ると、気持ちを解消するために、畑へ向かう事にした。



「いいぞローレル! もう一度だ!」

「あっ……」


 まるで地面を踏みつけるような足取りで畑に向かっていると、幼馴染の“ローレル”が剣の稽古をつけてもらっている姿が視界に入る。


 この村では12歳になると男は剣や弓、そして加護での狩りを覚え、女は家事を覚える。


 オリビアは家事しかさせてもらえない現状に不満を溜めていた。


 そのせいでいつしかローレルを避けるようになってしまっていた。

 ――そして、彼を避ける理由は、もう一つある。


「あっ! オリビアー!」


 慌てて来た道を戻ろうとしたオリビアだったが見つかってしまった。

 ばつが悪そうに歪ませた顔を、両手でほぐしながら振り向く。

 ローレルは気にする様子もなく、笑顔で手を振っていた。


「……ろ、ローレルおはよ」


「おはよ! どっか行くのか?」


「ローレルはオリビアの事が気になってしょうがねぇんだなぁ〜」


「なっ……! やめろよとーちゃん!」


「……あっ、家に忘れ物しちゃった! またねローレル!」


「あ、ああ! ……とーちゃん余計な事言うなよ!」

「照れんなよ! 早く孫の顔が見てぇなぁ〜」


「とーちゃん‼︎」



 彼を避ける理由――

 それは村中が特別な加護を受けたオリビアと、若く才能のあるローレルを夫婦にして、多くの子供を作らせようとしていることを、偶然耳にしてしまったことが原因だった。



「(ホント、デリカシーが無い……)」


 視線を落としつつ来た道を戻るオリビアは、前世の記憶が戻ってから以前よりも溜息の数が増えた事に気付いていなかった。




 ――――



「明日、村の男衆を連れて捜索と調査をする事になった」


 両親の声がまだ続いている。

 家に入る事ができず、オリビアは窓の近くに寄って、そっと聞き耳を立てた。


「“モドキ”の仕業かしら……? 最近よく見るって聞いたけど…」


「いや、その可能性は低いな。何年も山を降りて物資を調達してる奴らだ。とろくて頭の悪いモドキに今更やられるはずはない。おばばは人間の仕業じゃないかと……」


「人間が……」


「もしかしたら俺達の存在に気付いたかもしれない。ここはおばばの水の加護の結界で隠されているから安全だとは思うが……」


「……」



 人間が…?


 小さな頃から聞かされていたマナエルフを狙う人間の存在。

 少しだけ恐怖心が湧いたオリビアだったが、慌ててそれを払うように頭を振ると、ぐっと拳を握った。


「(もし悪い人間が村に来たら、私の加護の力でぶっ飛ばしてやるわ……)」


「オリビアが男だったら――」



 父親の一言に握っていた拳の力がすっと抜けた。


 オリビアがそっと中を覗き込むと、そこには泣いて謝る母親と慰める父親の姿があった。


 その様子に呆然と立ち尽くしていると、2人はオリビアに気付いて驚いた後――ばつが悪そうに視線を逸らした。



「……わ、私……戦えるわ……!」


 オリビアは勢いよく部屋の中に飛び込むと、震える手を握り締めながら両親の前に立った。


「わ、私の加護の力はすごいんでしょ⁉︎ 男じゃなくたって役に立てるわ……‼︎」


「オリビア、ごめんなさい……さっきの言葉で傷付けてしまったわよね……ごめんね……もう少しだけ外で待っててくれる……?」


「女だからって、戦えないなんて言わないで、……私……」


「オリビア……」


「皆の為に戦うわ…! だからお父さ――」

「女が生意気言うんじゃない‼︎」



 家が僅かに軋んだ。


 オリビアは耳の奥がキーンと痛むのを感じながら、初めて聞いた父親の怒鳴り声に、体が固まってしまった。


 少ししてから鼻の奥がつんっと痛み、涙で視界がぼやける。


 それを見た父親は追い討ちをかけるように「このぐらいで泣くようなやつが……戦えるなんてよく言えたモノだ」と溜息を吐いた。



「っ……お父さんのバカ‼︎」



 オリビアは涙を隠すように背を向けると、自分の部屋に飛び込んで乱暴にドアを閉めた。



「っなんで……」


 私には力がある。

 なんで、女だから戦ってはいけないのか


「……前世の記憶がなかったら、納得してたのかな……」


 オリビアはその場に座り込み必死に涙を拭った。



 ――――


 ――次の日


「オリビアはまだ部屋から出てこないのか……?」


「ええ……」


 オリビアの父親は行方不明となってしまった村人達の捜索に向かうべく、装備の最終確認を行っていた。

 彼が矢筒に入った矢を数えるのはこれで3度目だ。


「……言い過ぎた」


「私もひどいことを聞かせてしまったわ……帰って来たら皆で話をしましょ」


「……ああ、オリビアを頼む」


「必ず帰って来て」



 父親が家を出る頃、オリビアはベッドの上で蹲っていた。


「オリビア……」


 扉の向こうから母親の声が聞こえると、少しだけ肩が跳ねる。


「昨日は本当にごめんなさい。私もお父さんも本当に申し訳なく思ってるわ……」


「……」


「……あなたが戦うって言った時、お父さんとても怖かったんだと思う。人間は本当に恐ろしい存在だから……

 お父さん今から調査に出かけるって……今ならまだ話せると思うけど、会わなくて大丈夫……?」



『おばばは人間の仕業じゃないかと……』



「……お父さん……!」


 オリビアは慌てて家から飛び出すと、少し遠くに父親の背中が見えた。


 まだ腹が立ってるし納得もいってない、だけど――



「お父さん‼︎」


 大きな声で呼びかけた。

 父親は声に気付いて振り向くと、オリビアの元に駆け寄って、涙を堪える彼女を力強く抱き締めた。


「……オリビア、昨日はすまなかった。

 だが、お前を連れて行くわけにはいかない。危険だ」


「……分かってる…」


「……問題が解決したら、一緒に狩りに行こう」


「えっ! ホントに……?」


「ああ。……実は父さんがまだ幼い時、狩りよりも料理に興味があったんだ」


「そうなの……?」


「ああ、それを知った親父に、男が女の仕事をするなと叱られたんだが……

 お前を見て思い出したよ。

 その時すごく悲しくて悔しい気持ちになったことを。そして、俺の気持ちを察してこっそり俺に料理を教えてくれた母さんの事を」


「おばあちゃんが……」


「そろそろ行かなきゃな。この話は皆には内緒だぞ」


「うん‼︎ ……お父さん、必ず無事で帰ってきてね……」


「ああ、約束だ」



 父はオリビアの頭を優しく撫でると、荷物を背負い直して、村の外へと出て行った。

 オリビアはその背中に向かって、残った村人達と姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


「お父さん! 早く帰ってきてねー!」

 



 ――しかし、父は帰って来なかった。

少し改稿しました。

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