after story:新たな火種
ep.2-50から数ヶ月後の話。
「……おかえりっ……オリビア……」
2人の奇跡のような再会に、世界には歓喜の声が溢れた。
「まるで物語を見ているようだったわ……」
「2人には幸せになって欲しいよ」
多くの人々が2人の幸せを願い、祝福した。
「いつ結婚するんだろうな?」
「赤髪の勇者様の結婚式か……盛大なものになりそうだ!」
「どこで式を挙げられるのかしら?」
しかし、彼らは知らない。
祝福に満ちた世界の裏で、
新たな争いの火種が燻り始めていることを――
――――
オリビアが帰還してから早数ヶ月。
セコイアの王城では、
“ある件”を巡り、会議が行われていた。
「いい加減しろ」
会議に参加する者は、
セコイアの王女カトレア、王配のロータス。
「いい加減にするのは貴殿らの方だ」
エボニーの王グラジオラスと、息子のシャガ。
「……イベリス、やっぱりさ……」
「四葉は黙っててください」
アールダの王女イベリスと、王配であり元勇者の四葉。
「くだらねぇ、話し合う必要ねぇだろ」
シュバルツの魔王ナスタチウムと、部下のアジアンタム。
「……」
「……」
そして、
殺気が飛び交い、息をすることさえ憚られる空気の中、げんなりとした表情でそれを見つめるオリビアとカクタス。
会議は既に3日目。
それでも一向に結論が出る気配はない。
この地獄のような空気を生み出している議題、
それは――
「オリビアはこのセコイアで赤髪の勇者と出会ったのだ。当然セコイアで式を挙げるべきだ」
「勇者殿とエルフ殿はエボニーの英雄だ! エボニーで式を挙げるべきだ!」
「カクタスさんはアールダの出身です! アールダで挙げるべきです!」
「オリビアは魔王だ。シュバルツで式をする」
「今はそなたが魔王だろう‼︎ 私はオリビアを養子にするつもりだ‼︎ 諦めよ‼︎」
「カトレア様には既に息子さんがいるじゃないですか! オリビアさんを養子になんてしたら――」
「黙れ‼︎ アールダでは既にそなた達が式を挙げたではないか‼︎」
彼らが殺気を飛ばし合い、声を荒げる理由――それは2人の結婚式に関してだった。
オリビアとカクタスに、彼らを止める気力は残されていない。
何故ならば――
『結婚だと⁉︎ 帰って来たばかりの娘を私から奪うつもりか⁉︎』
『師匠……私はいつから師匠の娘になったんですか……』
『俺だって許しませんよ‼︎』
『キャット⁉︎』
『うちの息子をそう簡単に婿に出すわけには――』
『黙れ‼︎ 余計なことを言ったら殺す‼︎』
『うぇぇん‼︎』
『ちょ、カクタス急にどうしたのよ⁉︎』
『オリビア、俺も反対だ』
『な、ナチまで……‼︎』
結婚を認めてもらうために、
保護者達の説得と、反対する魔族達の制圧に3ヶ月。
やっと納得してもらえたかと思えば、この状況――
2人は疲労困憊していた。
「……オリビアは、どこで式を挙げたい?」
「私は――」
「セコイア‼︎」
「エボニー‼︎」
「アールダ‼︎」
「シュバルツ」
「貴様ら‼︎ いい加減にしろ‼︎」
「そっちこそいい加減にしろ‼︎」
「…………」
下手に選べば面倒なことになる。
オリビアは静かに口を閉ざした。
王を除き、会議に参加する者達はみんな、気まずそうに視線を彷徨わせている。
この不毛な争いはいつまで続くのだろう――
白熱する彼らをぼんやり眺めていると、
突然、会議室の扉が勢いよく開かれた。
「……教皇様?」
現れたのは神聖国パロサントの教皇と、付き人であろう白魔法士。
彼らの表情は非常に険しい。
オリビアはじわりと背中を這う嫌な予感に、顔を強張らせながらカクタスの方へ視線を向ける。
彼も同じく、何かを察して顔を強張らせた。
「教皇、何事だ? 我々は今大事な会議の――」
「2人の挙式はパロサントで行います‼︎」
嫌な予感は的中した。
新たな参戦者に、会議室には再び多くの怒号が飛び交った。
「今更なんのつもりだ‼︎」
「そうだそうだ‼︎」
「パロサントで挙げる必要あります⁉︎」
「うるさい‼︎」
空気を震わせるような怒声に、声はぴたりと止んだ。
とても穏やかで、物静かなはずの教皇は、
怒りに顔を歪ませ、硬く握られた手をぶるぶると震わせている。
まるで別人だ。
「き、教皇様……なにかあったんですか?」
オリビアが恐る恐る問いかけると、教皇は吊り上げていた眉を落とし、涙を滲ませながら口を開いた。
「シオン様が……神が……パロサントで式を挙げさせろと……」
「えっ」
「最初は、それは御二方が決めることだと、お伝えしたのですが……毎晩枕元に現れては――」
教皇の頭の中に記憶が蘇る。
『し、シオン様……⁉︎』
『パロサントで式をさせろ』
『いや……以前も申し上げたように……』
『パロサントで式をさせろ』
『あの……』
『パ ロ サ ン ト で 式 を さ せ ろ』
『……』
夜中に鳴り響く鐘の音を思い出しながら、教皇は体を震わせた。
「……うぅっ……そのせいで私は3日も眠れず……お願いです……どうかパロサントで式を挙げていただけませんか……?」
「3日ぐらいで……」
「そうだぞ教皇、俺なんか……」
「か弱いジジイ相手にマウント取るんじゃねぇ‼︎」
「教皇様どうか落ち着いて……」
「シオン……」
オリビアはズキズキと痛む頭を抱えた。
「こればかりは譲れん‼︎」
「神の意志に背くつもりか‼︎」
「神出せば引き下がると思うなよ‼︎」
「四葉‼︎ シオンさんに干渉するなと伝えてください‼︎」
「俺⁉︎」
「おいシオン、四葉がクソジジイは黙ってろだと」
「ちょっと‼︎」
「……」
「……」
言い争う彼らの目に、オリビアとカクタスは映されていない。
2人は目で合図すると、こっそりと会議室を抜け出した。
――――
「……まさか、こんなことになるとは」
廊下の壁にぐったりと凭れかかると、2人は大きな溜息を吐き出した。
「ごめんねカクタス……」
「なんでオリビアが謝るの……」
カクタスは困ったように笑うと、オリビアの頬に軽く触れた。
カトレアやナスタチウムから結婚するまで自制しろと釘を刺され、触れ合える時間どころか、会える時間さえも大きく減った。
久しぶりに2人きり。
カクタスは周りに人がいない事を確認すると、緊張に顔を強張らせながら、向き合うようにオリビアの前に立った。
「ん?」
「えーっと……最近、デイジーさんの所に通ってるんだけど……」
「槍のメンテナンス?」
「い、いや……違くて……その……
……いや……えーっと……ちょっと待ってね……」
「?」
カクタスは何かを伝えようとしている。
しかし、もごもごとするばかりで、なかなか本題に入らない。
不思議に思いながら見つめていると、カクタスは覚悟を決めたようにぐっと口を横に引き締めて、静かにオリビアの前に膝をついた。
そして、ポケットから小さな箱を取り出し、視線を彷徨わせながら口を開いた。
「……これ、デイジーさんに頼んで作ってもらったんだ」
カクタスは深呼吸すると、ゆっくりと言葉を続けた。
「婚約指輪、なんだけど……受け取ってくれる?」
開かれた箱の中には、宝石のついた指輪。
「……」
オリビアは指輪を凝視したまま、固まってしまった。
「あー……えーっと……プロポーズはしてもらっちゃったから……せめて、これだけは、と思って……ごめん……本当はもっと色々言葉を考えてきたんだけど……全部飛んじゃって……その……」
「……」
「…………必ず幸せにする……だから――」
反応のないオリビアに、焦りが止まらない。
額に汗を滲ませ、言葉が纏まらないまま口を開きかけたその時、
「カクタス」
名前を呼ぶオリビアの声に、びくっと肩が跳ねた。
カクタスが恐る恐る顔を上げると――
「……こ、この場合って、指輪だけ受け取ればいいの……? それとも箱ごと……?」
顔を真っ赤にして、動揺するオリビアの姿が飛び込んできた。
「……」
「カクタス……? ちょ、ちょっと! もしかして笑ってるの⁉︎」
「ご、ごめん……っ」
カクタスは堪え切れず口元に笑みを浮かべると、優しくオリビアの手を取った。
「受け取ってくれるんだよね?」
「……もちろん」
カクタスは短く息を吐き、指輪をそっと薬指に滑らせた。
指輪に触れながら、オリビアは笑みを溢れさせた。
花のように暖かく、愛らしい笑顔。
この笑顔を見ることができるのは、きっとこの先――自分一人だけだ。
愛しさを感じたカクタスが、オリビアを抱き締めようと手を伸ばすと、彼女は顔を引き締めて会議室のドアノブに手をかけた。
「オリビア?」
「元気が出たわ。いい加減この不毛な戦いを終わらせなきゃね」
「……そうだね」
「あっ、それと」
振り向いたオリビアはカクタスの額を小突いた。
「幸せにする、じゃなくて……一緒に幸せになりましょ」
オリビアはそう言って笑った。
――――
「パロサントで式を挙げます」
オリビアの決定に、王達は納得いかない様子だったが、
「誰の結婚式だと思ってるんですか‼︎ いい加減にしてください‼︎」
オリビアの剣幕に口を閉ざし、教皇だけが両手を上げて喜んだ。
「シオン、次干渉したら許さないからね」
弱々しい鐘の音が聞こえて来ると、オリビアは溜息を吐き出して、カクタスの手を握った。
「カクタス、ごめんね」
「全然、逆に何もできなくてごめん……」
2人は顔を見合わせると笑みを溢した。
これで、やっと――
「会議は終わったでありんすかー?」
元気な声と共に会議室の扉が開かれる。
そこにはサクラの国の王とパルマエ連邦チモシーの王、そしてサロウ国の王の姿。
オリビアは再び嫌な予感を感じ取り、青ざめた。
「あ、あの……もう結婚式の場所は……」
「いやいや、我々は2人の新婚旅行のお話を――」
落胆していた王達の瞳がギラリと光る。
――――
「いやいやだから‼︎」
「いい加減にしないか‼︎」
会議室は騒がしさを取り戻し、
2人はぐったりとソファー沈み込んだ。
薬指に嵌められた指輪は、まるで2人を慰めるように、暖かな光を揺らしていた。




