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epilogue


 “それ”は、自身の体が()()無事であることに安堵した。


『半年ぶりだねぇ』


 ――だが、

 核に刻まれたあの“悪魔”の声が呼び起こされると、安堵は一瞬で掻き消える。


 “それ”はその場から逃げ出すように、無様に地面を這った。



 何度も何度も何度も、卵から生まれ――

 何度も何度も何度も、また卵に戻された。



『ボクをコケにしたお前のために、色々考えたんだぁ』



 甚振られることによって精神は摩耗し、



『スライムの体っておもしろいねぇ』



 体を自由に変えることもできなくなり、



『すぐ死なないでよぉ?……あっ、死ねないんだったねぇ』



 あれだけ盗んだ(あった)スキルは、強制的に逃げ延びるだけのものを残して、消えていった。



『また、半年後に会おうねぇ』


 スキルは成長することなく、半年経てば必ずこの地獄に引き摺り出される。


 もう、何度繰り返したか、覚えていない。


 これ以上、この地獄が繰り返されるのは嫌だ。

 嫌だ、嫌だ嫌だ、

 嫌――



「君がスロウスおじちゃんの言ってたスライム?」


「ッ‼︎」


 不意にかかった声に体が跳ねる。


 振り返ると、岩に座ってこちらを見下ろす子供の姿――逆光で顔はよく見えない。


 位置の定まらない目玉を動かしながら、“それ”は困惑に体を震わせた。


 この子供はなんだ?

 何者なんだ?

 あの“(あくま)”の知り合い?


「僕さ、君に会いに来たんだ!」


 はしゃぐ子供の声は、“それ”には届かない。


 目玉を忙しなく動かし、

 他に気配がないことを確認すると――視線はやっと、子供に向けられた。



「……」


「……もしかして怖がってる?」


 心にじわりと、ある感情が広がる。


 もう死んでしまいたいのだと、

 そう思っていた。


 違う、違った。

 自分は死にたくない。

 生きたい。



 この地獄を終わらせたいだけだ。



 張りのなかった体は弾力を取り戻し、

 “それ”の目はゆっくりと歪に――弧を描いた。


 

 こいつの体を奪って、この地獄を終わらせる。



 子供が警戒する様子もなく近付いて来ると、“それ”は躊躇なく触手を伸ばした。



「安心して」


 ――だがそれは、子供に届く前に弾かれた。


 太陽が雲に隠れ、影が薄まると、ようやく子供の姿がはっきりと視界に映される。


 長い耳と緑の髪。

 そして、目の前に突き出されたのは柄の赤い槍。

 それらには見覚えがある――“それ”の体はぴたりと動きを止め、触手をどろりと崩れさせた。


「君をいじめたりしないよ、おじちゃんみたいにね」


 子供はにっこりと笑って、視線を移す。


 視線を追った先には、岩の影に横たわる熊の姿――


「穏便に済ませたかったのに、おじちゃん引いてくれないんだもんなぁ」


 熊はぴくりとも動かない。


 いくら年を取り、昔ほどのキレはなくなっていても、熊は圧倒的強者だった。

 そんな熊が、こんな子供に――


 子供の視線が、ゆっくりと“それ”に戻ると――体は恐怖に震え上がった。


(嫌や……‼︎)


 “それ”は子供から逃げるように、必死に地面を這った。


 このままでは、また卵に戻されてしまう。


 それは嫌だ……嫌だ……まだ――



『おい! ――!』



(俺は……!)




「ま、待ってよ!いじめないってば!」


 子供は慌てて“それ”の前に回り込んだ。

 逃げ道を探すようにギョロギョロと目玉を動かす様子を見て、子供は安心させるように両手を上げて見せた。


「落ち着いて!」


「ッ……」


「〜〜話を聞いてよ!君をいじめるために来たんじゃない!スカウトしに来たの!」


 “それ”の警戒を少しでも解こうと、子供はその場に膝をつき、視線を低くして説明を始めた。


「僕魔王になりたいのに、みんながおばあちゃん倒さないと認めないって言うんだ!」


 体を震わせる“それ”の顔を覗き込んで、子供は言葉を続けた。


「だから、君に協力してほしいんだ!」


「……」


 “それ”は、思わず動きを止めた。


 差し出された子供の手に、思い出の中の――


『俺に協力しろ』


 唯一“それ”の野心に気付き、手を差し出した()の記憶が蘇る。



『うるさい‼︎』


 彼はすぐ怒り、


『……ぐすっ……』


 すぐに泣き、


『ほんま、しゃーない人やね』

『なんだと⁉︎』


 1人で戦うこともできない。


 目の前にいる子供とは、何もかも違う。


 それなのに、


「もちろんタダでとは言わないよ!ご飯だってあげるし、おやつも分けてあげる!あとは……そうだな……」


 差し出された手に――


「君に――」

『お前に――』


 向けられた眼差しに――


「強者の世界を見せてあげる」

『強者の世界を見せてやる』


 同じ言葉を口にする子供の姿に――彼が重なって見えた。



『待ってや“アカネ”ちゃん!』


 彼の名前を呼ぶ自身の明るい声が頭の中に響くと、“それ”は小さく体を縮こませた。


「…………お前みたいなガキが……何を一丁前に……」


「うわっ‼︎しゃべれるの⁉︎」


「うわってなんやの‼︎失礼なやつやな‼︎ ……クソッ、クソッ……‼︎」


 涙がぽろぽろと零れ落ちると、“それ”は地面に顔を伏せた。


 湧き上がる感情は、ずっと胸の中にあった濁りの正体を突き付けた。


 濁りは、約束を破っていなくなった彼へ対する“憎しみ”だと思っていた。


 しかし、それは違った。


 元から彼に期待などしていなかった。


 この濁りの正体、それは――



「クソッ……俺は……見せてもらいたかったんやない……あんたをそこに、連れて行ってやりたかったんや……!」



 自分へ向けられた怒り、後悔、未練、

 そして――



『アカネちゃんは寂しがりやで俺が側におってやらんとね〜』


『はぁ⁉︎殺されたいのか⁉︎』



「……寂しがりはどっちや……っ‼︎」



 雨がぱらぱらと降り注ぐ。


 雨粒が体に触れる度に、

 押し込んでいた感情は溢れ、

 何度も色を変え、

 涙や、声となって、零れ落ち――



 やがて、残った感情が、“それ”の涙を止めた。



「…………はーあ、しょーもな……」


「……情緒どうなってんの?」


「やかましいぞガキ‼︎」


 “それ”は顔を引き攣らせる子供に向かって怒鳴ると、瞳に溜まった涙を振り払った。

 そして、


「……ええよ、協力したる」


 “それ”は差し出された子供の手に、触手を絡ませた。


「でもお前のためやない」


 もう彼はここにいない。

 そして、彼が望んだ世界も、願いも、なくなった。


 それでも――


「上で見てんのやろ」


 “それ”は空を見上げながら声を張った。


「自己満足言われても、次こそは叶えたる!土産話待っとってや!」


 空に向かって、にっと目を細めて笑うと、

 雨が止み、雲の隙間から光が静かに差し込む。


 “それ”は触手を、手を振るように小さく動かした。



「これで魔法もスキルの対策もバッチリ……これでついに僕も魔王……くっくっくっ!」


「雰囲気ぶち壊しや」


 “それ”はぬるりと体を捻って振り返る。

 何かを企むようにニヤニヤと笑う子供の姿を見つけると、“それ”は呆れたように溜息を吐き出した。

 

「……言っとくけど、今の俺に戦いに役立つスキルや魔法は残ってないからね」


「…………へぇっ⁉︎」


 “それ”の言葉に、子供は素っ頓狂な声を上げた。


「ま、“魔法とかスキルを遮断するスキル”を持ってるって聞いたんだけど……」


「今はない。熊からなんも聞いてへんの?」


 子供はギョッとした後、大袈裟に肩を落とした。

 唇を尖らせて“それ”を見る目は不服そうだ。


「おいガキ‼︎なんやその目は‼︎」


「だってぇ……これじゃあ、おばあちゃんどころか、ナチおじさんやチューちゃんだって倒せないよ……」


 “それ”はぽよんぽよんと飛び跳ねて不満を露わにした。


「魔王になりたいんやったら人に頼らずもっと自分で頑張れや‼︎」


「だってみんなスキルとか魔法が強すぎるんだもん‼︎だから君をスカウトしに来たのに‼︎」


「ほんでも熊は倒せたやん‼︎」


「倒したっていうか……差し入れに渡した飲み物に、痺れ薬と睡眠薬混ぜて飲ませただけだし……」


「はぁ⁉︎倒したんやないんかい‼︎」



 しばらく沈黙が流れた後、両者は同じタイミングで溜息を吐き出した。



「騙された……」


「こっちのセリフやわ‼︎痺れ薬に睡眠薬って、お前ほんまに()()()()の血筋か⁉︎何が強者の世界を見せたるや‼︎」


「強者っていうのは、ただ力が強いだけの人のことを言うんじゃないと、僕は思うんだよねー!強者っていうのは、力もあって、賢くて、人を惹きつけるような魅力もあって……」


「やかまし――ちょぉ待て」


 “それ”は、得意げに持論を語る子供の言葉を遮った。

 不服そうに下唇を突き出した子供だったが、“それ”の体が震えていることに気付くと、頭を横にこてんと傾けた。



「……なに?」


「熊には、そういう類のもんは効かへんはずやぞ……」


「なにが――」



「何を企んでるのかと思ったらぁ……」



 気の抜けた声が頭上から降りてきた。

 空気が一瞬でピリつき、悪寒が走る。

 

 子供は“それ”を掴んでその場から飛び退き、槍を構えた。



「まさか、ボクからオモチャを取ろうなんてねぇ」


 声の主――肩に白い熊の毛皮をかけた初老の男は、浮遊しながら子供と“それ”を見下ろしていた。


 ――“それ”を地獄に縛り付けた男。


 “それ”は子供の肩に移動すると、染み付いた恐怖に体を震わせる。

 初老の男は笑っているように見えていても、殺気は隠し切れていない。



「…………さっきの続きだけど」


「?」


「僕が思う強者っていうのはね、力もあって、賢くて、人を惹きつけるような魅力もあって――」


 子供は一度言葉を切り、


「口がよく回る人だと思ってる」


 緊張に汗を滲ませながら、口元に笑みを浮かばせた。



「スロウスおじちゃん、僕とゲームをしよう」


「……ゲーム?」


 初老の男はぴくりと眉を動かした。


「僕は今から城まで全力で逃げる、おじちゃんは僕が城に辿り着く前に捕まえる。鬼ごっこだ」


「まったく……ボクがなんでそんなこと……」


「僕が勝ったらこのスライムをちょうだい。おじちゃんが勝ったら――おじちゃんがみんなに隠れてこのスライムにしてたこと、黙っててあげる」



 子供は深呼吸すると、言葉を続けた。



「おじちゃんの大好きなお嬢様達が知ったら、幻滅するだろうなぁ」


「……覚悟はできてるんだよねぇ、クソガキ」


 殺気が強まった事を感じとると、“それ”は不安げに子供を見つめた。

 子供は初老の男を見つめたまま、笑顔を崩さない。



「ふっ……いいよぉ。すぐに終わったらつまらないからぁ、5分だけハンデをあげる」


「やった〜!スロウスおじちゃん大好き!」


「ただし、ボクが勝ったら、2度と生意気言えないように喉を潰すからねぇ」


「うぐっ……」


「じゃ、始めようかぁ」


 初老の男が指を鳴らすと、横に数字が映し出される。

 その数字が変化すると同時に、子供は勢いよく地面を蹴った。




「おい‼︎あいつ転移使えるんやぞ‼︎敵うわけないやろ‼︎」


「大丈夫、負けないよ」


 子供は風属性魔法を使って急加速した。

 飛ばされないよう必死にしがみ付きながら、“それ”は子供の顔を覗き込む。


 子供の顔は、どこかこの状況を楽しんでいるように見えた。


「あっ、そういえば君の名前ってなんて言うの?」


「こんな状況で……お前余裕か」


 “それ”は呆れたように溜息を吐き出すと、自身の中の恐怖が薄れ――代わりに心が熱を帯びていることに気付く。


「今日は気分忙しないわ……」


「え?なに?」


「ホリ……」


「ん?」


 “それ”は触手で頭を掻きながら、少し照れくさそうに、()から与えられた名前を口にした。


「……俺はホリホック、ホリって呼んでや」


「ホリね!僕はオリバー!オリーって呼んで!」



 笑いかけるオリーに釣られて、ホリはほんの少しだけ笑みを浮かべると、空を見上げる。


「……見とってや」


 空に薄くかかった虹は、誰かからの祝福のようだった。




本編完結です。

ありがとうございました。

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