ep.2-47 サボテン
シオンによって傷は塞がれた。
しかし、オリビアは指先一つ動かさない。
徐々に冷たくなっていく頬を温めるように手で包み込んだ。
大丈夫、きっと、きっとなんとかなる――
「しっかりしなオリビア‼︎」
突然、聞き覚えのある声がカクタスの耳に響く。
視線は無意識にそちらへと向けられた。
「……母さん……?」
そこには、必死にオリビアに呼びかけるラナンの姿。
――彼女だけではない。
オリビアを囲うように多くのゴースト達が姿を現すと、その場にいた者達の目は大きく見開かれた。
――――
「お父さん……?お母さん見て!お父さんが帰ってきた!」
「何を――……嘘……ッあなた‼︎」
――その光景は、
「ローレル‼︎」
「父ちゃん、母ちゃん……?な、なんで……」
「オリビアが……‼︎」
ヴァイスやシュバルツ――世界中全ての場所で起こっていた。
死んだはずの人間がゴーストとなって姿を現した。
二度と会えない――そう思っていた家族や友人、恋人が目の前にいる。
世界には歓喜の声が溢れた。そして――
「勇者様が――」
「オリビアちゃんが魔族と一緒に――」
「お姉ちゃんが――」
ゴースト達は大切な人との再会を喜んだ後、シュバルツで何が起こっていたのかを人々に伝えた。
「我々が証人だ!」
カトレアや貴族の前に現れたのは、亡くなったはずの前王族や当主達。
「げ、幻影の可能性は――」
「なんだと⁉︎お前が幼き頃にカトレアを想って書いた詩集を読み上げてやってもいいんだぞ⁉︎」
「な、なぜそれを……!」
「なんてことだ……と、とにかく状況の確認を――カトレア‼︎」
彼らの話を聞いたカトレアは、自身が国王である事も忘れ部屋から飛び出した。
「カトレア‼︎待つんだ‼︎」
「あの子の所に行かなくては……あの子に会わなければ‼︎」
「カトレア様……‼︎」
カトレアが足を縺れさせると、人間の姿をしたヘリーがそれを受け止めた。
「ヘリー……?なぜここに……」
「っ……お伝えしなければならないことが――」
ヘリーから告げられた戦いの結末に、カトレアは声を上げて泣いた。
――彼女の名前を、何度も呼びながら。
――――
シオンはゆっくりとオリビアの手を離した。
「続けろ……」
「……もう、オリビアの魂はここにない。これ以上は――」
「いいから続けろ‼︎」
カクタスは槍をシオンの肩目掛けて突き出した。
しかしそれは刺さることなく弾かれ、横たわるオリビアの側へと転がった。
――受け入れたくない。
ぴくりとも動かないオリビアの姿に、堪らず視線を逸らす。
そして、シオンの腕に抱かれるアカネが視界に入ると、カクタスは再び声を荒げた。
「お前が‼︎お前がそいつさえ諦めていれば‼︎オリビアは‼︎オリビアは……‼︎」
何度殴りつけてもシオンには傷一つつかない。
ただただ、拳が自身の血で赤く染まるばかりだった。
やがて解消することのできない怒りは虚しさに変わり、カクタスはその場に崩れるように膝をついた。
「……すまない」
「……」
その言葉は再びカクタスに槍を握らせた。
「もういい……」
彼女がいないなら、
彼女がいる場所に行けばいい。
槍先は迷いなくカクタスの首へと向かった。
「カクタス‼︎」
しかし――槍はキャットによって蹴り飛ばされ、乾いた音を立てて地面へと転がった。
「……親の前でやめな」
「偉そうなことを言うな‼︎俺は――」
声を荒げたカクタスの視界にラナンとキャットの姿が映る。
今にも泣き出しそうな母親、切断された腕から血を滴らせながら悔しげに唇を噛む父親――それは途端に喉を締め付け、カクタスから生を手放す選択肢を奪い取った。
「……オリビアのいない世界で……どうやって生きていけって言うんだよ……」
震える唇から漏れ出た言葉は、涙を溢れさせた。
――世界よりも自分を取って欲しかった。
カクタスは縋るようにシオンの裾を掴むと、声を絞り出した。
「……頼む……俺はどうなってもいいから……オリビアを生き返らせてくれ……」
「……すまない」
彼女はもう助からない。
彼女のいる所にもいけない。
彼女を生き返らせることもできない。
カクタスはオリビアの体を抱き上げると彼らに背を向けた。
まだ彼女を諦めきれない体は、行先を決めないまま動いた。
「――その願いは、既に別の者から受けている」
シオンの言葉はカクタスの歩みを止め、絶望した心に光を灯した。
シオンの瞳に映る時計の針が淡く光る。
「お前は――」
シオンの言葉に涙が零れ落ちる。
カクタスは涙を拭うことなく、強く頷いた。
――――
見慣れない部屋、そこで“私”は目が覚めた。
――私、何してたんだっけ……?
吊り下がる点滴をぼんやりと見つめていると、少しだけ思い出した。
「(ああ……そうか……終わったんだ……全部……)」
ほっと安堵の息が漏れる。
鉛のように重たい腕を上げると、枝のように細い――神の石のない腕が映った。
「お姉ちゃん……?」
懐かしい声が耳に届く。
視線だけをそちらに向けると、そこには大人びた姿をした“妹”が目を丸くしてこちらを見つめていた。
口元に少しだけ笑みを浮かべると、妹は私の側に駆け寄って大声で泣いた。
「お姉ちゃん‼︎よかった、よかった……‼︎」
「嘘……ああ神様‼︎」
続けて部屋に飛び込んできた母も、目が覚めた私を見て子供のようにわんわんと泣き始めた。
母は事故に遭う前よりも皺が増えて、白髪が目立った。
「ただいま……」
ぽつりと呟いた言葉は、静かに部屋に響いて消えた。
――――
あれから私はリハビリに励みながら穏やかな日々を過ごした。
何年も入院していた事で母や妹には苦労をかけた。
その恩を返す為、退院した後は家でもできる仕事を探して働いた。
妹や母には大人しくしていろと叱られたが、じっとはしていられなかった。
「お姉ちゃんが寝てる間に色々変わったんだよ!家の近くにでっかいデパートができたんだー!今度家族で行こうよ!」
「いいわね」
「コラ!お姉ちゃんまだそんなに動けないんだから!」
「平気よ、体動かさなきゃ」
「いけません!もう……あんたってそんなに動くような子だった?」
「なんか事故に遭う前より活発だよね〜口調もなんか……お姉ちゃん?」
視界の端に映ったそれに気付くと、一瞬音が遠くに感じた。
あれは――
「ああ、これ?」
妹は私の視線を追って窓枠に置かれた“サボテン”の鉢を見ると、手に取って笑みを浮かべた。
「最近観葉植物育てるのにハマってるんだ〜!欲しいならお姉ちゃんにあげるよ!」
「いいの?……ありがとう」
「このサボテン、赤い花をつけるんだって!」
「きっと……綺麗な赤なんでしょうね」
サボテンの鉢を手で包み込むと、陽にあたっていたからか温かく、つい彼を思い出して笑みが溢れた。
「観葉植物はいいよ〜!」
「あんた、この前始めたネイルはどうしたのよ」
「うっ……」
「まったく、すぐ飽きるくせに次から次へと……趣味っていうのはねぇ――」
「あっ!趣味といえば!」
妹は母の説教が始まる気配を察知して遮るように声を上げると、私にタブレットを手渡してきた。
そこに映し出されていたのは、誰でも小説を投稿し、読む事のできる――事故に遭う前、暇つぶしに利用していたサイトだった。
「お姉ちゃんこのサイトよく見てたよね!」
「懐かしいわね。へぇ……今はこういう話が人気あるんだ……」
「今結構話題になってるよ!仕事ばっかしてないでさ、また前みたいに小説読んで息抜きを――」
「この子ったらこのサイトで小説投稿して小説家になるって言って1話も書けずにほっぽりだしたのよ!」
「ちょっとやめてよお母さん!」
何年経っても騒がしさは変わらない。
じゃれ合う2人に苦笑を浮かべながら、タブレットに視線を落とした。
「……」
ジャンルの項目にあるファンタジーの文字。
指先は、無意識にそこに向かっていた。
――――
私はあれから時間を見つけては縋るようにファンタジー小説を読んだ。
あの世界に行く前よりも、ファンタジー小説は楽しく読むことができたが――転生や転移の話は少しだけ辛かった。
彼らは必ずその世界で、パートナーと幸せなエンディングを迎えていたから。
「……ハーレムものは苦手だったのに、誰かさんのせいで楽しめるようになっちゃった」
その誰かさんの顔も、今ではぼんやりとしか思い出せない。
「他に更新は……」
「お姉ちゃん!」
更新の知らせがないか確認していると、ノックの音の後に、額に青筋を立てた妹が何かを探すようにキョロキョロと部屋の中を見回した。
彼女の目的は分かっている。
「ここにはいないわよ」
「もう!どこ行ったの!」
妹がぷりぷりと怒りながら部屋から出て行くと、ベッドの下から妹の子供――私の姪っ子が顔を出した。
「ママもういない?」
「いないわよ。まったく、今度はどんなイタズラをしたんだか……お姉ちゃん達と違ってお転婆ね」
私の膝によじ登る姪っ子の餅のような頬を撫でると、彼女は甘えるように擦り寄った。
この愛らしさに敵わずいつも匿ってしまう。
後から妹になんと言われるか――
「……ねぇねぇ!おばさんは結婚しないの?」
愛らしいばかりではないことを忘れてはいけない。
子供というのはデリカシーのない生き物だ。
私が困ったように笑うのを見ても、姪っ子は構わず言葉を続けた。
「結婚しなよ!私みたいな子供ができたらきっと幸せだよ!」
「ふっ……そうね……でも結婚はしないわ」
「なんで?」
私は部屋の隅に置かれたサボテンに視線を向けた。
何度も植え替えて大きく成長し、赤い花をつけたサボテン。
それに笑みを向けると、緩く首を振った。
「好きな人がいるの」
「その人と結婚しないの?」
「できないの」
「ふーん?どんな人?」
「……」
『オリビア』
彼の笑みが、
彼との思い出が、
ぼんやりと滲むと――涙が溢れた。
日に日に、まるで夢だったかのように、思い出が薄れていく。
「あっ!見つけた!」
「わっ!ママだ!」
姪っ子は楽しげな声を上げて部屋を飛び出し、妹は慌ててそれを追いかけた。
私は涙を拭うと、薄れてしまった記憶を取り戻すように、タブレットを手に取って小説を探した。
「ん?」
“小説を書く”
ぼんやりと作品のタイトルを眺めていると、サイトの上部にあるその文字が目に入った。
「……そういえば、このサイトは小説も書けるんだったわね」
私は静かにその文字をタップした。




