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ep.2-46 勇者としての選択を

 

 カクタスに助けられた時、つい安心して、

 声に騙された時、思い知らされた。


 それでもなんとか即死だけは回避した。

 満足したのか気配は消えた。


 それもそのはず、舞台は整ったのだから。



 オリビアは成長させた枝の形を整えると、カクタスに投げ渡した。

 カクタスが受け取ったそれは、神具を巻き込んで作られた槍。


「今度こそ、終わらせる。……カクタス、前に教えた風に回転を加えて放つ魔法覚えてる?それを今度は突きじゃなく投げでやって欲しいの」


「待って‼︎」


 カクタスはオリビアの肩を掴んだ。


 彼女の顔は青白く、目は虚ろ。


 彼女に何が起こってる。

 何故こんな――


『大丈夫、掠っただけ』


 カクタスははっと気が付いてオリビアの上着を剥ぎ取った。


 ――その下には、腹部に空いた大きな穴を塞ぐように四芒星の水晶が覆い被さっていた。


 一瞬思考が停止する。

 そして、恐怖と不安が心を支配するように広がると、カクタスは堪らず声を上擦らせながらオリビアを怒鳴りつけた。


「なんで隠してた‼︎」

「カクタス」

「ヘリー‼︎パキラさんに連絡を‼︎人魚の歌を‼︎」

「そ、それが……」

「早く‼︎」

「あ、青髪の勇者様が持つ人魚の歌は……瀕死の重傷を負ったビンカさんに……」

「‼︎」


 それを聞いたカクタスは言葉を失うと、必死に頭を働かせた。

 そして、パルマエに連絡するように口を開こうとした時――オリビアは静かにそれを止めた。


「必要ない」

「必要なくない‼︎嫌だ‼︎このままじゃ――」

「ゴホッ……怪我は治っても失った血は戻らない……私はもう助からない」


 オリビアは溢れる血を留める事ができず口から吐き出すと、緩く首を振ってカクタスの手に触れた。


「お願い、私の話を聞いて」

「嫌だ‼︎なんとかする‼︎なんとかするから‼︎」

「カクタス‼︎」


 オリビアが声を荒げると、口から夥しい量の血が溢れ落ちる。


 血を浴びて溶ける雪を見て固まるカクタスに、オリビアは力を振り絞って言葉をかけた。


「時間がないの、お願い」

「……」


「私たちが、あの黒い膜に穴を空ける。そしたら、カクタスはその槍で……花を貫いて欲しい。……マナは、充分あるはず……」


『ダメ‼︎』


 “マナは充分ある”


 彼女の言葉に、オリーが怒ってカクタスを遠ざけようとした時のことを思い出した。

 オリーの表情は怒りと、“不安”に満ちていた。


『エルフ様のマナを、血液を通して勇者様に流し込みます。そうすれば勇者様の治療が可能なはずです。治るまで供給し続けなくてはいけないのですが……エルフ様なら問題ないはずです』


 そして、自分が噛み締めて作ってしまった唇の傷に触れると、あの治療を試してから自分のマナ量が増えた事が続けて頭に浮かぶ。


 答えに辿り着くのに時間はかからなかった。


「まさか……どうして‼︎どうして俺にマナを分けた‼︎最初から……最初からこのつもりで‼︎」


 初めて彼女に対して怒りが湧いた。


 更に言葉をぶつけようと顔を上げると、オリビアの右目が何かを確認するように淡く光っていることに気付く。

 どこか安心するように笑みを浮かべる彼女に、怒りは強まるばかりだった。


「オリビア――」


「“勇者カクタス”と共に紡いだ思い出は、私にとって一番の宝物よ」


「やめて……」


「あなたと一緒にいられて私は幸せだった」


「やめろ‼︎」


 オリビアはカクタスの声など届いていないかのように、眉一つ動かさず言葉を続けた。


「私が従者として尊敬する勇者……そして、恋人として愛してやまないカクタス(あなた)は、きっとやり遂げてくれるって信じてる。この世界の未来を、どうかお願い」


 肩を掴むカクタスの手を払うと、オリビアは空へと飛び上がった。

 そして彼を見下ろすと、


「カクタス、どうか……勇者として、選択を」


 一瞬だけ柔らかな笑みを浮かべ――すぐに顔を引き締めた。


「四葉、魔法の準備を。キャット、行くわよ」


「……はい‼︎」

「……りょーかい」


 “アカネ”は必死に穴をこじ開けているが、限界が近いのかその手は震えている。


 これを逃せばもう手がない。


 オリビアは残ったマナを必死に掻き集めた。


 あとは――




「…………」


 カクタスは槍を握り締める手に力を込める。


 彼にとって旅は、辛く、孤独なものだった。

 剣は、敵ではなく自身の心を切り付けてきた。

 勇者という肩書きは、周りの視線を毒に変え、彼を苦しめてきた。


 そんな彼はオリビアとの出会いで、その苦しみから解放された。


 彼にとっての旅は、楽しく、幸せなものになった。

 槍は、人々を守る為の力を与えてくれた。

 勇者と呼び、向けられる目は暖かくて、何より――


『カクタス!』


 “勇者”という肩書きは、彼女との繋がりを強くしてくれた。


 全てを与えてくれた彼女が望むなら、どんな願いだって叶えてあげたかった。

 神を殺す事だとしても、世界を敵に回す事だとしても――


『カクタス、どうか……勇者として、選択を』


 そんな彼女は最後に、勇者として選択する事を望んだ。



「――っ!」


「……ありがとう、カクタス」


 カクタスは怒りに歯を食い縛りながら、槍に風を纏わせる。


 いくら流し込んでも、マナが底をつく感覚はない。


 それは余計にカクタスの怒りを強くさせた。


 全身に浮かび上がった模様が眩い光を放ち、風が渦を巻き、空気が大きく震える。


「オリビアさん‼︎準備オッケーです‼︎」

「分かったわ……さぁ、終わらせましょう」



「アカネ‼︎」


 シオンの呼びかける声に、再びアカネが腕に力を込める。


 黒い棘は何度もアカネの腕を貫いた。

 しかし、どれだけ傷付けられても手が離れることはなかった。


「いきます‼︎」


 四葉が傷口を覆う黒い膜に向かって火属性魔法を放ち、オリビアとキャットはそれに合わせるように風属性魔法を放つ。


 炎が威力を増して傷口に向かうと、黒い棘はアカネのもう一方の足を切り落とし体勢を崩させた。


「痛いと思うけど我慢してね」


 キャットは再び姿を魔物に変えてアカネの顎を蹴り上げ転倒を阻止すると、四葉の炎が傷口に命中する。


「届けーー‼︎」


 四葉はマナを絞り出し炎の威力を上げ、オリビアも続けて風を強める。


「カクタス‼︎」


 炎の隙間から花びらが見えた。


 オリビアの声にカクタスは槍に力を込めると――強風を纏った槍を花に向かって投げた。


 それは炎の中を通り、花を貫いた。





 ――――


『産んでやった恩を忘れて‼︎』


『なんで私を殺したの⁉︎』


『バケモノめ‼︎』


 暗闇の中で多くの花が、アカネのよく知る人間の声を真似て責め立てる。


 耳を塞ぐこともできず、ただただその言葉を身に受けながら、アカネはその場に蹲った。


『ごめん……ごめんなさい……』


『アカネ‼︎』


『俺は……このまま死んじゃった方がいいんだ……』


『アカネ‼︎』



 花が炎に包まれ、風に切り刻まれると、目の前に光が差し込んだ。


 そこから伸ばされた2つの手は、アカネの腕を掴んだ。



 ――――


 シオンは崩壊するアカネの体から零れ落ちた神の石を掴み取る。

 それは体に沈み込み、額に姿を現した。


 全ての神の力を得ると、アカネの魂に手を伸ばして力を注ぎ込む。


「アカネ……‼︎」


 魂は消えかけた輝きを取り戻し、シオンの腕の中に収まった。


「……償おう、僕たち3人で」


 腕の中でそれに応えるように光る魂と、それに寄り添うもう一つの魂。

 シオンは彼らを静かに抱き締め、その暖かさに涙を溢れさせた。




 ――見届けたオリビアはゆっくりと落ちるように降下した。


「オリビア‼︎」


 カクタスは体を滑り込ませてオリビアを抱き止めた。


 傷を覆っていた四芒星の水晶が消え、堰き止められていた血が大量に流れ出すと、カクタスはそれを押し戻すように傷口を押さえた。


 意味がないことは分かっている。

 それでも――


「オリビアちゃんしっかりしろ‼︎」

「死ぬなオリビア‼︎」

「諦めないで‼︎私――」


 オリビアの体からオリーとライラック、そしてナスタチウムが飛び出すと、彼らはオリビアを囲んで涙を流した。


 彼らも触れられない事を分かっていながら傷口を押さえ、必死に声をかけた。


「……」


 オリビアは霞む視界にそんな彼らを、両親やキュー、そして多くのゴーストの姿を映すと、薄く口を開いた。


「……する……全員、応え……」

「オリビアもう喋らないで‼︎」


 植物のような痣がオリビアの皮膚を這うように広がると、カクタスはオリビアに向かって声を荒げた。


 彼女の意識はどこか違うところに向いている。


 こんな時まで彼女は、誰かの為に――



「いやだ、オリビア……オリビア‼︎」


 何かに集中するオリビアを止めるように必死に声をかけた。


 そしてやっとオリビアの視線がカクタスへと向けられると、


「ごめんね」


 彼女はそう言って、力なく笑った。


「オリビア‼︎」


 シオンはオリビアの側に駆け寄り、手を握り締めて力を注いだ。

 それを見たカクタスは希望を抱き、オリビアに視線を戻したが――彼女が再び笑みを見せることはなかった。

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