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ep.2-45 運命は決して彼女を逃さない

 


「みんな、お願いね!」


 カクタス達が武器を振るって道を作ると、3人は体に模様を浮かばせ怪物へと向かった。


 神具を怪物の皮膚に当てると、高い音を響かせ弾かれる。


 予想していたよりも硬度が高い。


「硬すぎますって‼︎」


「やるしかない‼︎」


 オリビアとキャットは風属性魔法で飛び上がり、四葉は体を駆け上がると、何度も何度も、怪物の腰に向かってひたすら神具を叩きつける。

 腕が痺れ、手のひらに血が滲む。

 そして何百と当てて、ようやく亀裂が入った。


 首を刎ねる方が簡単などと――


 護衛の男の言葉を思い出して苛立つと、それをぶつけるように更に神具を叩きつける。


「はぁっ‼︎」


 四葉の振り下ろした剣が傷口に深く刺さる。


 硬いのは表面だけなのか――

 オリビアとキャットが追撃の為に神具を構えた次の瞬間、突然傷口が大きく開かれた。


 目の前には唇を歪ませて笑う邪悪な花。


「キャット‼︎」


「‼︎」


 オリビアは全身を駆け巡る嫌な気配に四葉を抱えて飛び退き、キャットもすぐに距離を取ると、開いた傷口からは黒い棘が飛び出した。


 追うように伸ばされるそれを避けながら、四葉が傷口に向かって爆発属性魔法を飛ばすと黒い棘が吹き飛び、再び花が露出する。


 どこか悔しそうに歪むその唇はぶつぶつと何かを呟き、身を隠すように黒い液体を蠢かせた。


「またやり直しはごめんだね」


 キャットとオリビアが風属性魔法の斬撃を、四葉が爆発属性魔法を飛ばして接近する。


 花には魔法が通った。

 花びらを焦がしながら悲痛な声を上げて傷口から垂れ下がる花は、まるで怪物の尾のようだった。


「終わらせる‼︎」


 目の前にこの戦いを終わらせる為の鍵が、無防備な姿を晒している。


 オリビアは勢いよく神具を振るう――花は簡単に切り落とされた。


 神の一部である花に、何故魔法が通じたのか。


 その疑問が遅れてやってくると、切り落とされた花にあの恐ろしい唇がない事に気付く。

 開いた傷口の奥で唇がゆっくりと弧を描く――それを見た3人はすぐに距離を取った。


 切り落とされた花が泥のように崩れた瞬間、そこから黒い棘が弾けるように飛び出す。


 オリビアは目を凝らし、最小限の動きで棘を全てを避けた。

 そして再び神具を構えて攻撃を再開しようとした時、



「カクタス危ない‼︎」



 彼の危険を知らせる声が耳に届く。


 オリビアの視線は瞬時にカクタスへと向けられた。


 難なく棘を避け、黒い兵士に槍を振るうカクタスの姿に、安堵すると同時に血の気が引いた。



 ――今のは、誰の声だ?


「ッ‼︎」


 オリビアは咄嗟に体を捻った。



「オリビア‼︎」


 カクタスは血を飛び散らせながら落下するオリビアを見て慌てて走り出した。

 その声にハッと意識を戻し、オリビアは地面に向かって風属性魔法を使い、ゆっくりと着地する。

 そして傷口を塞ぐように上着を脱いで巻き付けると、駆け寄って来たカクタスを見てばつが悪い表情を一瞬だけ浮かべ、ふっと短く息を吐き出した。


「大丈夫、掠っただけ」

「本当に⁉︎」

「本当よ、出血も大した事ない」


 服には少し血が滲んでいたが、それ以上広がる様子はない。

 安堵に胸を撫で下ろすカクタスに、オリビアは苦笑を浮かべながら怪物を見上げた。


『カクタス危ない‼︎』


 あの声はきっと花が発したものだ。

 まさかあんな方法で意識を逸らしてくるとは――


 花はオリビアを嘲笑うように口を歪ませると、ゆっくりと傷口を塞いだ。


 ――最悪だ。


 オリビアは唇を噛み締め、上着を握り締めた。


「……キャット、四葉、もう一度よ」


「明日は筋肉痛だね」


「キャットさん余裕そうですね……」


 カクタスは上空から伸びる紐を薙ぎ払い、黒い兵士を蹴り飛ばすと、槍を握り締めて悔しさに顔を歪ませた。


「俺にも対抗できる神具があれば……」


「カクタス大丈夫よ。……こいつらの相手、引き続きよろしくね」


 オリビアはカクタスの肩を優しく叩いてぎこちなく笑みを浮かべると、神具を構えて飛び上がった。

 キャットは魔物化するとその後を追って飛び上がり、四葉は体を駆け上がる。



「……今」


「勇者様‼︎」


「‼︎」


 フォティニアの声に意識を戻すと、カクタスは黒い兵士を貫いた。


「勇者様‼︎しっかりしてください‼︎」


「フォティニア、左」


「はい‼︎」


 考える事を阻むように襲い来る黒い兵士や無数の紐に苛立ちながら、カクタスは嫌な予感に顔を歪ませた。




 オリビア達は再び神具を怪物の腰に叩きつける。


 先程よりも速く、強く、何度も――


「オリー‼︎私の中へ‼︎」


「待って‼︎あんた今ナチもライラックも憑依させてるの⁉︎」


「……」


「このままじゃ(うつわ)が壊れちゃう‼︎」


「いいから入って‼︎」


 オリビアが声を荒げると、オリーは強引に体の中へと引き込まれた。


 視界にちらつく髪が枯れ葉のように茶色く染まっていく。


 腕をドラゴン化して筋力を上げ、加護を使って神具を手に固定し、オリビアはがむしゃらに神具を振るった。


 傷が広がると、再生する為に皮膚が蠢く。


 その再生を上回るように何度も神具を振るう。


 早く終わらせないと――


 傷口からまた黒い棘が飛び出す。

 それを避けると攻撃の手が一瞬止まる。

 その一瞬で傷口はほとんど塞がってしまう。


 またやり直し。


 このままでは体力が保たない。

 負ける。


 早く、早く終わらせないと、どうしたら――



『俺は……なんて事を……この世界は俺の……俺たちの――』


 その時、アカネの言葉を思い出した。


 怪物になる前――彼は根を張る植物を引き抜こうとしていた。


「クソッ……もう一度……」


「キャット、シオンを呼んで」


「何を――」


「“彼”に声をかけるようシオンに伝えて。四葉、少しだけ1人で頑張ってくれる?」


「分かりました!」


 オリビアは怪物の顔まで勢いよく飛び上がった。


 視界に捕らえるのは怪物の耳を塞ぐ手。

 その派手な爪をした手は、彼のものではない。


 オリビアがその腕に向かって神具を振るうと、すぐに傷がついた。


「(よかった、強化されてるのは腰だけ……‼︎)」


 それを確認して何度も斬りつけると、腕は簡単に切り落とされた。


「アカネ‼︎」


 怪物の耳が露わになった時――シオンの声に、怪物は初めて反応を見せた。


 指先をぴくりと震わせ、シオンを探すように顔を左右に振る。

 それを見たシオンは更に声を張った。


「アカネ‼︎しっかりしろ‼︎」


「っ‼︎」


 怪物はシオンの声に再び反応すると――


「アカネ……‼︎」


 四葉が引き続き神具を振って作った小さな傷に爪を立てた。

 傷を広げるように引っ掻くと、派手な爪を持つ腕がそれを止めるように絡み、傷口を隠すように手を重ねる。


 オリビア達は即座に腕へと標的を変えて神具を振い、邪魔をする腕を全て切り落とす。


 傷口が大きく開かれると、四葉は強力な火属性魔法を放ち黒い液体の壁に穴を開けた。


 歯を食い縛る花が姿を見せる。



「これで――」



 キャットが腕を伸ばし、花の茎に神具をかけた時――黒い液体が蠢き、キャットの右腕を切り落とした。

 そして、それと同時に怪物の片足を切断し体勢を崩させると、オリビアの追撃を避ける。


「キャットさん‼︎」


 キャットはすぐに止血すると、怪物の傷口に視線を向ける。

 怪物の傷口は広げられたままだが、花は奥に移動し、再び黒い膜が張られてしまった。


「キャット‼︎」

「おじいちゃん下がってて、大丈夫だから」


 駆け寄るシオンに向かって人差し指を立てると、キャットはいつもと変わらない笑みを浮かべた。


「……四葉くん、ごめんだけど神具借りていい?俺のは中に置いて来ちゃってさ」


「えっ……」


「中に飛び込んで今度こそ終わらせる。また魔法で穴あけてくれる?今度はもっと強いのでお願い」


「飛び込むって……危険です……‼︎」


 四葉はキャットの腕を見て肩を震わせた。


「大丈夫大丈夫、半身になっても魔物状態なら少しは動ける。一曲踊る事だってできるよ。だから――」


「こんな時に冗談はやめてください‼︎……それに俺のマナ、残り少ないです……さっき以上の威力はもう……」


「マジかー……」


 キャットの笑みに僅かに焦りが混じる。

 不用意に近付けばあの棘に貫かれる。

 しかもあの膜――皮膚ほどではないにせよ、確実に強度が上がっている。

 穴を開けるには先程以上の威力が必要だ。


「……オリビアちゃんはまだマナ残ってるよね?風属性魔法で威力を――オリビアちゃん?」


 キャットは先ほどから一言も発しないオリビアに気付いて眉をぴくりと動かした。


 不思議に思ってそちらに視線を向けると、


「…………」


 オリビアは崩れるようにその場に膝をついた。


「オリビアちゃん⁉︎」


「……大丈夫」


 オリビアは口に溢れるものを無理矢理飲み込むと、体をふらつかせながら再び立ち上がった。


 ――気を抜いてしまった。

 先程まで思うように動いていた体は突然鉛のように重い。

 呼吸する事も辛くなってきた。


「……私のマナは、まだ残ってる。でも、それまで保つか分からない。もしものために、キャットは私と一緒に四葉のフォローに回って欲しい」


「でもそれだと――待って、保つか分からないってなに?」



「オリビアお願い‼︎もうやめて‼︎」

「オリビア‼︎」


 駆けつけた両親の悲痛な叫びが心をひどく締め付ける。


「オリビアやめろ‼︎」

「オリビア‼︎もうこれ以上はダメよ‼︎」

「オリビアちゃんパキラを呼ぼう‼︎彼なら――」


 内にいるオリー達の騒ぐ声に目頭が熱くなる。


 彼らの声はオリビアにしか届かない。

 しかしどの声にも、オリビアは答えなかった。


「せっかく、カクタスがチャンスをくれたのに――大馬鹿だわ」


 自身の間抜けさに乾いた笑いが漏れる。

 オリビアは木の枝を手に取るとマナを流し込んだ。


「四葉、カクタスを呼んで」

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