ep.2-32 赤の装飾
城の中へ迎え入れると、シャナはシオンの前に膝をついて祈るように手を組んだ。
「や、やめてくれ…………僕は今、神であって神ではない」
「存じております。――しかし、あなたは私達の希望なのです」
「いいから立て……」
シオンに手を引かれ立ち上がると、シャナはオロオロとしながら頭を下げた。
女神が憑依していた時とは違ってとてもしおらしい。
中身が別人なのだから当たり前だが――
「見て!幽霊がいますわ!幽霊!」
「わーお!僕初めて見ました!握手してください!」
「うるせーな……大人しくしてろ……」
オリビアはシャナの護衛と名乗る2人に視線を向けた。
ナスタチウムを見てはしゃぐ2人は、存在を無理矢理貼り付けたかのように浮いて感じる。一体何者なのか――オリビアは目を細めるとステータスを確認した。
「!」
「エッチなお嬢さんですね」
内容に驚いて目を見開くと、それに気付いた護衛の男はオリビアに向かって“銃”を突き付け口元に薄らと笑みを浮かべた。
パキラ達は反射的に構えたが、銃を見て激しく動揺したのはオリビアと四葉、そしてシオンだけだった。
「うちの旦那をエッチな目で見ないでくださる⁉︎」
女が猫のように毛を逆立てて威嚇すると、オリビアは更に困惑して男の方を見た。
「あんた――」
「あなたには赤が良く映えそうですね、どう思います?」
殺気は感じない。しかし、答えを間違えれば確実に引き金を引くだろう。
額に汗を滲ませると、オリビアの視界を“赤”が覆った。
「おや?」
「カクタス……」
オリビアを守るようにカクタスが間に入ると、男はきょとんとした後、楽しげに笑い声を上げた。
「既に“赤の装飾”をお持ちで」
「…………」
「色男ですねーあなたがどんな声で善がるのか、強く興味をそそられます」
「待ってカクタス‼︎」
カクタスの殺気を感じ取ったオリビアはそれを止めるように手に触れると、男の方へ視線を向けて静かに首を振った。
「…………何も見てない」
「ふむ……」
その言葉に男は満足したのか笑みを濃くして銃を懐にしまった。
「賢い選択です」
「賢い⁉︎なんの話ですの⁉︎」
「あはは!ヤキモチ妬いてるんですか?」
護衛の男は女を宥めるように抱き締めた。
これ以上は危険だと判断して視線を外したオリビアに、男は肩を竦めてシオンの方へ向き直った。
「僕らはただの護衛です。用が終われば帰りますのでお気になさらず。……さて、シオンさん人払いをお願いできますか?シャナさんと僕はあなたにお話があって来たんです」
「それはできない」
キャットはシオンの横に立ち、威圧するように男を見下ろす。
男はサングラスについたチェーンを指に絡ませながら、態とらしく首を傾げた。
「別に構いませんよ?シオンさんが後悔しないのであれば」
「…………」
キャットが苛立っているのを感じ、シオンは溜息を吐くと指を鳴らした。
「……シオン‼︎」
気付けばシオンは窓際に移動し、シャナ達は扉の前に立っていた。
時を止めて話をした事に気付くと、キャットは責めるような目でシオンを睨み付けた。
「それでは僕らは失礼しますねー。また、後日お会いしましょう」
「ここに泊まらせてもらいましょうよ!またあのオンボロ小屋に戻るのいやですわー!」
「そうなりますと夜はお預けになりますが――」
「さっさと帰りますわよー!」
「わーお!欲に忠実で素晴らしい!愛してますよ!」
「シオン様……どうか……よろしくお願いします」
護衛2人がさっさと部屋から出て行くと、シャナはシオンの方を振り返って深く頭を下げ、続いて退室した。
扉が閉まるとキャットとオリビアはシオンを問い詰めようと側に寄ったが、彼の頬に乾きかけた涙の跡があることに気付き――喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「シオン……」
「すまない。会議は後日改めて……」
シオンの弱々しい声に、彼らはそれ以上触れる事はできなかった。
――――
「こっちの都合で振り回して悪いわね、また声をかけるわ」
「気にすんな。まだ時間はある」
シオンを残し部屋から出ると、オリビアは仲間達に頭を下げた。
不服そうにする者達もいたが、パキラがそれを宥めその日は解散する事に。
「……ナチ、シャナさん達がどこに向かったか確認して来て」
「分かった」
「ヘリー、ヴァイスの状況を教えて」
「は、はい‼︎お任せください‼︎」
ヘリーはその場でぴょんぴょんと跳ねた後、オリビアの肩に飛び乗った。
嬉しそうにするヘリーに苦笑を浮かべると、オリビアはキャットに声をかけた。
「次の会議までに情報の整理を済ませる。手伝って」
「……分かった」
キャットはまだシオンの行動に腹を立てている様子だ。
何事もなかったから良かったものの、危険な行動だった――オリビアは扉の方を向いて溜息を吐いた。
「落ち着いたら説教してやろうぜ!」
「私も一緒に説教するわ!ゲンコツよ!」
「ふっ……そうだね」
ライラックとオリーの言葉に少しだけ笑みを見せたキャットにホッとすると、オリビアは彼らと共に部屋へ移動した。
――――
ヘリーから話を聞くと、
シュバルツに残された勇者達の状況が分からない事、シュバルツへ渡る手段が海路だけになってしまった事、魔法陣の盗用など――ヴァイスは様々な問題が噴き出し手が回っていないようだった。
再び海路でシュバルツに向かうつもりのようだが、なかなか話が進んでいないらしい。
「成功って事で良さそうね」
「そうだね。ヘリーくん、しばらくしたら俺の組織の子達が接触してくると思う。その時はあの子達の集めた情報も一緒に伝達してくれると助かる」
「分かりました!」
「帰ったぞオリビア」
「おかえり」
部屋で3人が資料の整理をしていると、ナスタチウムが戻って来た。
壁をすり抜けて現れたナスタチウムにギョッとしてオリビアの後ろに隠れるヘリーに、ナスタチウムはニヤリと笑った。
オリビアはさらに怖がらせようとするナスタチウムを呆れ顔で止めて話を振った。
「シャナさん達はどこに?」
「バークビートルに」
「えっ……」
バークビートルまでは何日かかかるはず――眉を寄せてナスタチウムを見ると、彼は火のついていない煙草をぶらぶらと揺らして話を続けた。
「見た事のない馬車で移動してたぞ。あいつら何者だ?」
「…………別の世界から来たみたい。私や四葉のいた世界とはまた違うみたいだけど」
「あの男がヨツヤ カズマ?」
「ううん、違う。ヨツヤ カズマはシオンのクラスメイト――別世界の神の名前だと思うけど…………ヘリーは本当に何も知らないの?」
「はい……必要時しか意識を繋がないよう言われていて……」
結局目的は分からなかった。
後日と言っていたから、また会う事になるだろうが――
「ゴーストを何人か置いて来た。何かあれば教えてくれるだろう」
ナスタチウムがヘリーを気にしながら耳元に口を寄せて伝えると、オリビアは小さく頷いた。
「ああ、それと」
「なに?」
「子うさぎがうろちょろしてたぞ」
「子うさぎ?」
「おっ、いたいた!オリビアちゃん!」
オリビアが情報を書き込む手を止めて首を傾げると、ライラックが壁をすり抜けて顔を覗かせた。
まさか、“子うさぎ”とはライラックの事かと顔を引き攣らせてナスタチウムを見ると、彼は顔を顰めて首を振った。
「こいつじゃねぇよ」
「…………ライラック、どうしたの?」
「少女と少年が探してたぞ!」
「少女と少年?」
キャットは時計を見て苦笑を浮かべ、散らばった資料を集めるとオリビアの肩を軽く叩いた。
「今日はこれぐらいにしよう」
「でも……」
「皆オリビアちゃんと話がしたいんだよ。行っておいで、俺もそろそろ休みたいと思ってたし」
キャットは手をひらつかせて部屋から出て行った。
「…………少女と少年……もしかして」
頭に浮かんだ2人の姿に、オリビアは少しだけ頬を緩ませる。
そして、上着を羽織るとライラックに案内を頼み、部屋から出た。




