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ep.13 黒魔法

 


『黒魔法と白魔法?』


 オリビアは用意された書物に気になる項目を見つけ、首を傾げた。

 ロータスは神話に関する書物を取り出し、オリビアの前に開いて置くと、文章を指でなぞりながら読み上げた。


『神から加護を賜ったのは勇者や魔王だけではない――

 人々は黒い神からの祝福を黒魔法、白い神からの祝福を白魔法と呼んだ。

 その祝福の形は――』


 目を輝かせるオリビアに、

 ロータスはくすりと笑って続きを読み上げた。


『その祝福の形は、黒と白で大きく異なっていた。黒の神が授けしは、己を欺き魂を燃やして力を手にする呪詛の魔法。

 そして、白の神が授けしは、己を立ち上がらせる為の奇跡の魔法』


『……つまり?』


『簡単に言えば、黒魔法は自身に催眠をかけて一時的に力を飛躍させる魔法。白魔法は自己治癒力を上げる魔法……白魔法はどちらかと言えば常時発動型のスキルみたいなものかな』


『……』


『ん? どうしたの?』


 説明を聞いたオリビアは、大きく肩を落とした。


『……思ってたのと違う』


『こ、こら! なんて事言うんだ! すごいことなんだよ⁉︎』


『人の怪我を治したりできるのかと思ったんだもん……』


『できるよ――信仰の強さ次第ではね』


『どういうこと?』


『本来、白魔法は自己治癒の力に留まるのだけど――神を強く信じて、祈りを捧げ続けた者には、更なる恩恵が授けられるんだ。

 例えば、神聖国パロサントのように“信仰に生きる人々”の中には、軽い怪我を癒したり、痛みを和らげたりできる人が多い。聖職者になると骨折みたいな重傷でも癒せるようになるんだよ』


『信仰心が強ければ……じゃあ、黒の神への信仰心が強いとどうなるの?』


『他者に催眠をかけられるようになる』


 ロータスがゆっくりとページをめくると、泣き叫ぶ人々を見下ろす大きな目が、見開き一面に描かれていた。


 オリビアはぞわりと背筋を震わせた。


『少し怖がらせちゃったかな……大丈夫、催眠をかけるには色々と条件があって――』

『オリビア、鍛錬を再開するぞ』

『うわっ! まだ色々聞きたいことがあるのに!』



 ――――



「あの子らが催眠にかかっているじゃと?」


 オリビアの言葉に、王は驚きと困惑の表情を浮かべた。


「そんな筈はありません! 黒魔法は強力故、永続的なものではない……黒魔法をかけ直す為には接触しなければなりませんが彼等に接触できる者は限られて……」

「まさか、裏切り者が……?」


「彼らのうちの1人だけ――」


 オリビアは未だ困惑する王を真っ直ぐ見据え、静かに言葉を続けた。


「寄生状態の人がいました」

「寄生じゃと……?」



 少し前――

 オリビアは負傷した魚人たちから異様な空気を感じ取り、フードを軽く押さえながらこっそりと神の目を使った。


 見えたのは、恐ろしい真相だった。


 王が額を押さえゆらりと体を倒すと、燕尾服の魚人――カンパニュラは若干潰されつつも、慌ててそれを受け止めた。


「……ああ……どうなっておるのじゃ……」

「お、王よ……気を確かに……!」


「彼等の1人に寄生して黒魔法をかけ続けていたのか……黒魔法による催眠は恐怖の感情が大きければ大きい程催眠が強くかかる……彼等のあの傷はチモシーによるものではなく、寄生体の仕業じゃ……」

「外道め……っ!」


 王は怒りに体を震わせ、その横でカンパニュラは額を押さえて何か考え込んでいた。

 ――そして何かに気付いたのかはっと顔を上げた。


「……狙いはジャイアントケルプの制圧……そして人魚の歌では……?」


「人魚の歌?」


「はい、人魚の歌はジャイアントケルプの民に伝わる神より賜りし秘薬です。

 ジャイアントケルプの民は四芒星の勇者とその背後にいた神に深く感謝し、

 一年に一度、全ての民が四芒星の勇者と神へ、祈りの歌を捧げるようになりました。

 その祈りは神へと届き――

 ある時、王城にある四芒星の勇者の石像の足元に、美しい花が咲いたのです。

 海の中では決して見られない陸地の花――それはどんな病や傷も癒す“奇跡の蜜”を宿す花でした。

 それこそが“人魚の歌”なのです」


「此度の戦争で勇者へ渡す予定であったが、チモシーとの衝突でまだこの城に……盗られる前になんとかせねば……!」


 王が体を勢いよく浮き上がらせると、アクアボートが激しく揺れた。

 投げ出されそうになったカクタス達は慌ててボートの縁に掴まると、カンパニュラが王に向かって声をかけた。


「人魚の歌は厳重に保管してあります! まずは催眠状態の彼らを寄生体から離しましょう! このまま側に置いておくのは危険です!」

「そ、そうじゃな……妾が取り乱してどうする……まずは寄生体を確保しチモシーと話をして誤解を解かねば……」


 王は少しずつ落ち着きを取り戻し、またカクタスたちの前へと降りてきた。


「……協力を頼みたい」

「もちろんです」


 カクタスは王の言葉に力強く頷き、オリビアの方を向いた。

 オリビアは口元に笑みを浮かべて頷くと、2人は改めて王に向き直った。


「すまん……助かるのじゃ……! カンパニュラ、勇者達を彼らの部屋へ! 寄生体を隔離せよ!」

「かしこまりました」


 カンパニュラは深く頭を下げると、アクアボートを引いて怪我人を保護している部屋へと向かった。


「被害なく捕えられれば良いが……そうじゃ! チモシーから回収した“アレ”をここへ!」




 ――――


 部屋の前には2人の兵士が立っていた。

 カンパニュラは中の寄生体に悟られぬよう、詳細は話さず面会したいとだけ伝えると、

 兵士は顔を見合わせた後、ゆっくりと扉を開けた。


 中には怪我をした魚人達が、まるで一人の魚人を守るように肩を寄せ合い固まっていた。


「お話を聞かせていただきたいので同行願います」


 ――勘づいている。

 カンパニュラは、彼らの表情から察した。

 後ろに回した手に針を構えると、カクタスたちは表情を強張らせた。


 カンパニュラの言葉に魚人達はゆっくりと首を振る。


「いや……連れて行かないで……彼女を連れて行かないで……」

「……連れて行かないで……」

「お願い……連れて行かないで……」


 魚人達が“連れて行かないで”と繰り返す中、

 寄生された魚人は、濁った瞳でカンパニュラではなくカクタスを見つめていた。


「王命です」

「……」

「失礼します」


「……あー……あっ、あああっ、ぅが……オゴッ、オエッ……!」

「っ!」


 寄生された魚人が突然痙攣を起こしながら嘔吐き始めると、他の魚人が一斉に襲いかかってきた。

 カンパニュラが針に結ばれた紐を操り彼等を拘束すると、寄生された魚人の口から“それ”は現れた。


「オリビア‼︎」

「‼︎」


 強い殺気を感じた次の瞬間、

 半透明の物体がカンパニュラを殴りつけた。


 その衝撃でアクアボートがひっくり返ると、オリビア達は膜外へと放り出された。


 オリビアはカクタスの声で、ギリギリ息を止める事ができたが、水中に投げ出された事でアクアボートにいた時には感じなかった水温の低さに、強い危険を感じた。


 2人は視線を合わせ、慌ててアクアボートに戻ろうとするが、突然現れた大きな手がアクアボートを破壊した。


「あーーーーもーーーーなにもかもうまくいかないーーーー!」


 声した方へ視線を向けると、半透明の膜に包まれた魚人が、こちらを見下ろしていた。


「俺のほうがーーーーうまくやれるはずだったのにーーーー!」


 魚人は膜でできた大きな腕を振り回すと、ただでさえ水中で身動きの取れないオリビア達は、なす術もなく左右に大きく揺らされた。


(このままじゃ息が……!)


「勇者様少々お待ちを‼︎」


 カンパニュラは紐を操り魚人を捕え、それに繋がった大きな針を壁に突き刺して動きを封じた。

 そして、オリビア達に紐を巻き付けると、自身の下半身を魚の姿へ変えて、部屋から飛び出した。


「待てこらーーーーーー!」


「もう少し時間がかかると思ったんですが……!」


 破壊音と共に拘束を解いた魚人が後を追って部屋を飛び出してくると、カンパニュラは更にスピードを上げた。


 追いかけてくる魚人をよく見ると、膜でできた尾鰭が、先程までの丸く広がった形状と違い、カンパニュラの物と近い――三日月形に変化していた。


 一体何者なのか――オリビアは神の目を使おうとしたが、余りの速さにうまく作動しない。

 所持していた種は海水に浸ってしまった為か、うまく成長できず役に立たない。


(うっ……息が……風の魔法で空気を……ダメだ……移動が早すぎてうまく固定できない……!)


 オリビアは自身の能力が活かせないことと、息が限界な状況に焦りが止まらなかった。


 あれだけ鍛錬を積み、必ず役に立つと言って――

 何もできない自身に悔しさが込み上げる。


「ゴホッ‼︎」

「‼︎」


 オリビアは限界を迎え、口の中の空気を吐き出してしまった。


(何もできなかった……こんなはずじゃ……)


 意識が朦朧としてくると、それに気付いたカクタスがオリビアの腕を引いて顔を近付けた。


 彼女が意識を手放してしまいそうになったその時―――


「勇者様方衝撃に備えてください‼︎」


 カンパニュラが紐を勢いよく引き、前方にあったアクアボートに2人を投げ込んだ。

 オリビアは力を振り絞ってアクアボートにマナを流し込むと、アクアボートに膜が張られた。


「ゲホッ‼︎ ゲホゲホッ‼︎」

「大丈夫⁉︎」


 助かった――


 一気に肺へ空気が送り込まれ、オリビアが激しく咳き込むと、カクタスは心配そうにオリビアの顔を覗き込みながら背中を摩った。


「やーーーーと、止まったーーーー」


 追いついた魚人は、半透明な膜を触手のようにして広げた。

 カクタスが槍を構えると、左目を閉じたオリビアが彼のズボンを掴み声をかけた。


「カク、タス……っ……あいつの、正体が分かったわ……っ」


「勇者様! 私が時間を稼ぎます!」


 カンパニュラが再び魚人を拘束すると、カクタスはオリビアの声に耳を傾けた。


 これ以上足を引っ張るわけにはいかない――

 オリビアは驕っていた事を反省し、

 まだ息が整わぬ中、寄生体の正体を伝えた。


「……寄生体は、魔造スライム……ステータスにはそう書いてある……」


 スライムの姿が出てきた事でオリビアの瞳に映るステータスに本体の情報が追加されていた。


「スライムは知能が低くて力も強くないはず……寄生体の声を真似る事はあるけど、あんな風に喋る事ができるなんて……」

「ホントなの……ステータスには、スライムだって……」

「大丈夫、疑ってるわけじゃないよ。魔造……恐らくなんらかの方法で改造されたスライムだ。でも、スライムなら核があるはず……オリビア、核の場所を特定できる?」

「やってみる……!」


「勇者様‼︎」


 頷き合ったタイミングで、カクタスを呼ぶ声がかかる。

 慌てた様子で側に来たのは魚人の兵士。彼はスライムの姿を見て顔を強張らせた。


「なんですかあれは……‼︎」

「スライムです! 襲われた魚人の体に寄生していたんです!」

「お、おのれ低脳な魔族風情が……‼︎ ……ハッ!いかんいかん! 勇者様これを!」

「これは?」

「王から頼まれました! これがあれば陸地のようにとは言いませんが、呼吸を気にせず戦えるはずです!」



「はーーーーははは!」

「くっ……!」


 スライムは核以外にダメージが入らない。

 カンパニュラの紐や針は、細さゆえにスライムの体を貫通するだけで動きを止めることも難しい。


 相性が悪く、苦戦を強いられるカンパニュラに、スライムは愉快そうに笑い声を上げた。


「油断するなって言われてたけどーーーーなぁんだーーーー全然楽勝じゃーーーーん!

 チモシーがいなきゃジャイアントケルプなんてーーーーっえ?」


 突然目の前に飛んできた槍。

 スライムは慌てて体を逸らして避けたが、すぐにそれを追うように槍が横に振られると、そのまま吹き飛び壁に激突した。


「……っ……クソ……何が……魚人の兵士……?」


 鰭のある影。

 スライムは油断してしまったことに舌打ちすると、ゆっくりと体を起こした。


 立ち上がった砂埃から槍が突き出され、スライムの横を掠めると、スライムはすぐに距離を取った。


 そして、晴れた砂埃から姿を現した影の正体に目を開いた後、大きく声を張り上げた。


「勇者ーーーーッ!」


 そこには、動物の鼻口部のような形をしたマスク、そして魚の鰭のような形をした足の装備をつけたカクタスの姿があった。


 それはチモシーの戦士が使う対肉食魚人用装備だった。

 マスクは内側に魔法陣が刻まれており、水中でも呼吸が可能だが、使える時間は一時間程度に限られている。

 カクタスは兵士から聞いた説明を思い出し、オリビアに視線を向けた。

 オリビアはそれに対し頷くと、神の目を使ってスライムの核を探す事に集中した。


(核を早く見つけなきゃ……!)


 カクタスは中の魚人を傷付けないように避けつつ、刃先でスライムの肉を少しずつ削いでいく。

 しかし、すぐに再生するスライム。

 そして陸とは違い、

 刃先は重く、足による踏ん張りもきかない――カクタスは十分な力を発揮できずにいた。


「カクタス‼︎」

「!」


「核は魚人の中よ‼︎」


「……やっぱりそうか……」


 カクタスが時間を稼いでいる間にオリビアはスライムの核の場所を突き止めた。

 しかし、それはスライムが寄生した魚人の中――カクタスが顔を顰めると、スライムは笑い声を上げた。


「そうだーーーー俺を殺すにはこの魚人ごと貫かなきゃならないーーーー! 勇者様にそれはできるのかなーーーー?」

「っ!」


 迷いが生じたカクタスに、スライムは攻勢に転じた。

 魚人はまだ生きている。カクタスは彼女を見捨てることはできなかった。

 慌ててカンパニュラが援護に向かうと、

 残されたオリビアは、必死に解決策を探した。


 一体どうすれば――


「!」


 オリビアの前を海藻がゆっくりと揺られながら落ちてくる。

 それを見た彼女はある考えが浮かんだ。

 もう一つ用意されたマスクを着用すると、彼女はアクアボートから飛び出し、海藻を手に取った。


「海藻も、植物よね……お願い……!」


 オリビアが祈りながら海藻にマナを流し込むと、それに答えるように海藻は大きく成長した。

 オリビアは戦える術を見つけると、海藻に一気にマナを流し込む。

 勢いよく伸びた海藻はスライムの体を貫通し、寄生された魚人の体に巻きついた。

 海藻を引っ張ると魚人の口が大きく開き、カクタスが喉の奥に核があるのに気付き槍を構えた。


「何してんだお前ーーーー!」

「!」


 焦ったスライムがオリビアを払い飛ばす。

 スライムは飛んで行ったオリビアに笑い声を上げたが、すぐに自分のしでかした事に気付いて顔を引き攣らせた。


「ケホッ……もう遅いわよ」


 オリビアの手はしっかりと海藻を握り締めたまま。

 海藻が体をきつく締め付け魚人の口から核が飛び出すと、

 カクタスは槍を構え、スライムを見下ろした。



「ありがとう、オリビア」


「ぁ……ああ……嫌だぁーーーーーーーーーーっ‼︎」


 スライムが声を荒げ腕を鞭のように振るい攻撃を仕掛けるが、

 それが届く前に、カクタスの槍がスライムの核を貫いた。




 ――――


「勇者様はどこへ行ってしまったんだ?」

「さあな……おい、あいつ……」

「なっ……お、おい……部屋から出て大丈夫なのか?」

「ジャイアントケルプが……」

「安心しろ、勇者様が来てくださったんだ! もうジャイアントケルプに怯える心配は――」


「ああそうか、勇者か」


少し改稿しました。

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