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ep.2-22 パキラの勘

 


「久しぶりだな、青髪の勇者」


 シオンとキャットの後ろにいたのはナスタチウム。

 ――オリビアの姿はなかった。


 淡く発光し、透けて見えるナスタチウムの姿に、パキラは眉間に深く皺を寄せて椅子に座り直した。


「アニキ……!」


「……お前ら、全員武器下ろせ」


「しかし……」


「不利だ」


 彼ら相手では勝ち目がない。

 そして、自分達以外の時が止まった異常な空間で下手な事はできない。


 パキラは静かにカクタスを睨んだ後、シオンへと目を向ける。

 シオンは対面に座ると、手袋を外して彼に手の甲を見せた。

 そこに女神と同じ石が埋まっている事に気付くと、パキラは考えを巡らせるように視線を逸らし、少し間を置いてから口を開いた。


「……あんた一体何者だ」


「この世界を創り出した三神の一人じゃ」


「な、何言ってんだこいつ…………」


「三神ってなんだよ…………」


 シオンの言葉に仲間達は驚きの声を上げた。

 パキラは彼らを黙らせるように軽く手を上げて首を振り、痛む額を押さえて息を吐き出した。


 そんな彼の様子にシオンは眉を寄せ、薄く口を開いて続けた。


「全てを話す為にここに来た」


「そりゃ楽しみだ……」


 そんな軽口を叩きながらも、パキラの表情は険しく歪められたままだった。


 シオンの口から語られたのは、

 今の神が自分達の未来を望まない形に歪めようとしているというモノだった。

 そして、それを阻止する為に、協力して欲しいと――


 黒の神から話を聞かされていたナスタチウムもシオンをフォローするようにその話が本当であると説明するが――パキラは馬鹿にするように鼻を鳴らして、カクタスと四葉を睨むように視線を向けた。


「お前らこの話信じたのか?」


「はい。女神と会ったあの日、確信しました」


 四葉はそれに臆する事なく返事をした。

 その表情にパキラは机を指でとんとんと叩きながら不満そうに口を曲げて、シオンに視線を戻す。


 その目は、まだ信用できないと語っていた。


「あんたが神なら、洗脳だって簡単だろ」


「俺達洗脳なんかされてませんよ‼︎」


「うるせぇ‼︎今はこいつと話してんだ‼︎」


 パキラの声がドームの中に響き渡る。

 ピリピリと肌を痺れさせるような怒声に、そこにいた者達は顔を強張らせた。


 シオンは眉を寄せると椅子に軽く凭れかかりながら、首を振った。


「……洗脳はしていない。できるならこんなやり方はしない」


「だとしても、そう簡単に信じるわけにはいかない。……嬢ちゃん使ってうまい事2人を納得させたみたいだが、馬鹿げた話だ。お前も、何納得してんだ?馬鹿しかいねぇのか?」


 パキラがナスタチウムを睨みつけると、彼は肩を竦めて煙草に火をつけた。


「納得できねぇって喚いた方がよかったか?それこそ馬鹿げてるな」


「あぁ⁉︎」


「ナチ、煽らないで」


 パキラが勢いよく椅子から立ち上がった時――聞き覚えのある声が彼らの耳に届いた。


 その声のした方へ視線が一斉に向けられる。


「遅くなってごめん」


 そこには、黒髪姿のオリビアが立っていた。




 ――――


 話し合いが行われる少し前。


 準備を終えたオリビア達は、勇者達がドームの中に入って行くのを確認して茂みから出た。


「オリビア、大丈夫か?」


 そのまま勇者達の元へ向かおうとした時、シオンはオリビアの顔色が悪い事に気付いて足を止めた。


 先程まで平気そうな顔をしていた彼女だったが、俯かせた顔は青白く、指先が微かに震えている。


「…………大丈夫」


「ちょっと待って!」


 オリビアの中からオリーが飛び出すと、彼女の髪は黒色へと変わり、余計に青白さが目立った。


「オリビア体調良くないみたいだから、シオン達は先に行ってて!」


「…………分かった」


 シオンとキャットは彼女の様子に罪悪感を滲ませながら頷いた。


 カクタスはオリビアをまだ大切に思っている。

 しかし、それは自分の口で伝えたいと彼は言った。

 彼女にとってもその方がいいだろうと思い黙っていたが――まだ赤さの残る頬を押さえながら2人は気まずそうに視線を逸らした。


「俺も残るか?」


「説得するならお前もいた方がいいだろ?俺とオリーちゃんが側にいる」


 ナスタチウムはオリビアの顔を覗き込み眉を寄せて尋ねたが、ライラックの言葉に渋々頷いてシオン達と共に勇者の元へと向かった。


「オリビア大丈夫…………?」


「吐き気がする…………」


 ドームへと入って行くカクタスを見た時、麻痺させいたはずの心が強く鼓動を打った。

 そして、不安と恐怖でいっぱいになると、それは吐き気や震えとなってオリビアを襲った。


 数多くの殺意を前にしても決して砕ける事のなかった心は、彼の事を考えると一瞬でひび割れ、ボロボロと崩れ――

 必死に押さえても、指の隙間から零れ落ちてしまうような、脆いモノに変わる。


「…………オリビアちゃん、帰ろう。それかクロッカスの所へ行こう」


「そうね…………このままじゃオリビア倒れちゃうわ」


 オリビアの逃げ出したい気持ちを察して2人はそう声をかけたが――パキラの怒声が聞こえると、オリビアの震えが止まった。



「交渉決裂か…………?」


 ライラックは眉を寄せ、オリーは心配そうにドームの方に視線を向ける。



『交渉が最悪の形で終わった時の事を考えて、こちら側の最大戦力である2人にはついて来てもらいたい』


 その時思い出したのは、シオンの言葉だった。


 もし、交渉がうまくいかなかったのであれば、パキラ達と戦闘になる。


 キャットだけでなく四葉やカクタスもいるが、それでもパキラやその仲間達は強い。


 無事では済まされないかもしれない。


 オリビアは慌ててドームへと駆けた。

 シオン達の背中が見えるのと同時に、その向こう側に赤髪が見え、足が止まる。


 オリビアは再び襲って来た吐き気を抑えるように胸に手を当てて深呼吸すると、聞こえて来たナスタチウムの嫌味に溜息を吐いて、足を前に出した。


「ナチ、煽らないで」


 声が震えなくてよかった。

 ただ、視界にカクタスを入れないように、真っ直ぐパキラを見つめる。

 彼はオリビアとライラックの姿を見て片目を大きく開いて固まっていた。


「遅くなってごめん」


 一度視線をシオンの方に向けると、彼は心配そうに大丈夫かと声をかけてきた。

 それに対してしっかり頷いて、再びパキラを見る。

 パキラは怒りが引いたようで、顔の険しさが和らいでいた。


「…………協力はまだ、得られてないみたいね」


「証拠が何もないからな」


「…………嬢ちゃんは…………なんでそいつの話を信じた?なんで、俺様達に隠して…………こんな事を…………」


 先程までの勢いはどこへ行ったのか、パキラは気まずそうに、どこか言葉を選ぶようにゆっくりとオリビアに問いかけた。


 シオンが代わりに口を開こうとした時、オリビアはそれを止めた。


「それは、私が憑依者だからよ」


「オリビア…………」


「いいの、これは…………話した方がいい事だわ」


 憑依者というワードに、彼らは意味が分からず困惑している。

 オリビアは再度深呼吸するとオリーを呼び出した。


「…………見間違いじゃなかったんだな……」


 オリーがオリビアの後ろから少しだけ顔を出して彼らを見回す。

 あれだけ任せてと胸を張っていたオリーだったが、空気の重さに気圧されているようだった。


「彼女はこの体の本当の主よ。私は、本来なら四葉と同じ…………転移者としてこの世界に来るはずだった」


 オリビアは彼らに全てを打ち明けた。


 死んで転移させられるはずが、黒の神の介入で生き延びてしまい――魂だけがこの世界へと引き寄せられ、オリーの体に無理矢理憑依させられた事。


 戦いが終われば元の世界へ帰すと女神に突き付けられた時、シオンが手を差し伸べてくれた事。


 大切な存在が多くできたこの世界で生きていきたいと強く望み、それと同時に女神の企みを知って、その大切な存在を、世界を救いたいと思った事――


 そこまで話すと、オリビアは女神に関しての問いをパキラに投げかけた。


「あんたは女神を守ってはいたけど、言動や行動に違和感を持っていたはず…………あの女神が導く先に、世界が望む未来があるのか……ずっと考えていたんじゃないの?」


「……買い被りだ。俺様は――」


 パキラはなんとか言い訳を探した。


 自分の選択には、仲間達だけではなく、世界の人々の命がかかっている。


 こうして四葉やカクタスはうまく丸め込まれたのだとしたら――


「あんたは神の手がヴァイスの人間に及ばないように“勇者”としての選択した。今も自分の選択が、世界を危険に晒すかもしれないって考えてる」


「…………」


 パキラは完全に主導権を握られてしまった事に、額を押さえて眉を寄せる。


 シオンという神を語る男の話と、オリビアの話だけで決めていい事じゃない。

 自分は今何を迷ってる。

 言葉がすぐに出ない。


 しっかりしなければ――


「……俺も、最初は断りましたよ」


「へ……?」


 四葉は苦悩するパキラの姿に、過去の自分の姿を重ねて口を開いた。


「それが嘘だった時、何もかも失うのが怖くて…………協力を断りました。でも、オリビアさんの話を聞いて、シオンさんと接して、考えを改めました。…………後で、女神に会った時に思いました。その判断は間違ってなかったって」


 四葉は自分の思想に同調しない魔族の命をなんの躊躇もなく奪った女神を思い出して目を伏せた。

 怒りに歪んだあの女神の顔が、今でも鮮明に思い出される。


 オリビアは四葉の方をちらりと見て、小さく息を吐き出す。

 そして、パキラの目を見つめた。


「…………あんたは勘がいい」


「……?」


「“パキラ”の勘は、なんて言ってる?」



 オリビアにそう問われると、パキラはハッと顔を上げる。


 青髪の勇者ではなく、パキラに投げかけられた問い。

 その問いかけに、すっと心が軽くなるのを感じた。



「俺様は――」


少し改稿しました。

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