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ep.11 チモシーとジャイアントケルプ

 



 カクタスとオリビアは宿を見て驚いた。

 案内されたのは観光客向けの大きな宿で、制服を着た獣人たちが丁寧に出迎えてくれた。

 本来であれば観光客で賑わっているであろうロビーには、多くのテーブルとソファーが並んでいたが、客の姿はない。

 お土産のスペースには、人が入らないようにチェーンが張られていた。

 陽が落ちてロビーが夕焼け色に染まると、寂しさが色を濃くした。


「オリビア、気がかりだけど今日はもう休もう」

「……わかったわ」


 二人はそれぞれの部屋へと移動した。

 大きなベッドやくつろげるソファー、そしてシャワーもついた快適な部屋だったが、彼らの話を思い出すと素直に喜ぶことはできなかった。

 シャワーを浴びて、食事を済ませると2人は次の日の為に早々に横になった。





 次の日の朝、

 2人は準備を済ませると、調査をする為街へと向かった。


「……カクタスは王様の話、どう思う?」

「ジャイアントケルプが魔王側についたって断定するには早い気がする」

「うん……襲われたって人、勇者になら何か話してくれるんじゃない?」

「少し気が引けるけど……そうだね、後で面会を頼もう」


 2人が浜の方へ向かうと、チモシーの人々が隔てるように塀を立てているのが目に入った。

 その光景にオリビアは顎に手を添えながら体を軽く傾けて唸り声を上げた。


「ジャイアントケルプにも話を聞きに行きたいけど難しそうね……」

「もう少しチモシーの人達に少し話を聞いてみようか」


 塀を作る獣人に声をかけると、人々は作業の手を止めてカクタスたちに跪き頭を下げた。

 話を聞くとチモシーの王から聞いていた内容とほとんど同じで新しく得られた情報はなし。

 2人がどうするか話していると、ラークが子供達を集め何か話しているのが視界に入った。



「勇者様!」

「おはようございます。何をしてるんですか?」

「子供達に避難経路を教えておりました」

「勇者様だー本物ー?」

「コラ!お前たち!」


 2人の周りを跳ね回りはしゃぐ獣人の子供達にラークが声を上げると、カクタスは穏やかな笑みを浮かべた。


「申し訳ありません勇者様……」

「大丈夫ですよ」

「もう飽きた!勇者様と遊びたい!」


 1人の子供がそう言うと、周りにいた子供達もそうだそうだとラークの足元に集まり、ぽかぽかと彼の足を叩きながら訴えかけるが、ラークは腰に手を当てて大きく首を振った。


「ダメだダメだ!魚人がお前達を攫いにきたらどうする!遊んでいる時間などない!」

「堅物!」

「怒りん坊!」

「猫舌!」

「勇者様の前でやめんか‼︎」


 ラークが怒声を上げると、子供達は慣れているのか笑いながらオリビアとカクタスの後ろへ隠れ、それにまたラークが怒ると、カクタスは慌てて話題を振った。


「そう言えば子供を攫うって言ってましたね……でも魚人である彼らが陸地まで上がって来られるとは……」

「勇者様!僕たち見たんだよー!」

「友達を連れて行っちゃうところを見たんだよー!」

「ゲンペイのおじちゃんだよー!」

「ゲンペイ?」

「コラ‼︎大人しくしなさい‼︎勇者様によじ登るな‼︎」


 ラークがまた怒号を上げると子供達は笑いながら駆けて行った。

 無邪気な子供達にラークは困ったように頭を掻いて溜息を吐き出した。


「ラークさん、子供達が言っていたのは……」

「ああ……子供を攫っていったのは甲殻類の特徴を持つ魚人のゲンペイいうやつで……この種の魚人は陸地で活動が可能なんですよ……気さくな奴でしたがまさかこんな事をするとは……」


 ラークは子供たちの背中を見つめながら拳を握り締め、悲しみを滲ませた声で言った。


「……そうだったんですね……浜に出て調査がしたいんですけど……」

「お2人だけでですか?それは危険です‼︎浜へ調査に出るのなら兵を連れて行ってください‼︎」

「海には入らないわ、兵は必要ないわよ」

「そういう訳にはいきません!俺がついて行ければよかったのですが……まだ避難訓練の途中ですので……それでは失礼します!」


 ラークが再度頭を下げて子供たちの方へと向かうと、カクタスは海の方を見て悩ましげに唸った。


「やっぱり何かおかしい。その魚人を見たっていう子供達も怖がっている感じはなかったし……」

「……やっぱりジャイアントケルプ側の状況が知りたいわ。カクタス、浜辺に出ましょう」

「そうだね、王様に話をして……うわっ!」


 オリビアは辺りを見回し人がいないことを確認すると、加護の力を使って塀の上に蔓を巻き付けた。

 カクタスの腰に腕を回してマナで蔓を操作すると、それは勢いよく塀の向こうへと二人を飛ばした。



「オリビア……」

「えへへ……ごめん」


 オリビアの突然の行動に砂まみれとなったカクタスは眉を下げ呆れたように溜息を漏らすと、髪についた砂を払うように軽く頭を振って視線を海へ向ける。そこには魚が見えるほど青く澄んだ綺麗な海が広がっていた――


 しかし、街へと繋がる魚人専用の水路はしっかり閉じられ、アクアボート専用と書かれた看板が置かれた防波堤の船乗り場には船は一艘もなく、どこか寂しさを漂わせていた。


「勝手に浜に出たらまずいんじゃ……」

「チモシー側の兵を連れてたら顔を見せてくれないかもしれないじゃない」

「それはそうなんだけど……そうじゃなくてもどうやって……」


 塀の向こうにはチモシーの人々がいるため、大きな声は出せない。

 波打ち際まで近付いて、海を覗き込むも手掛かりは見つけられなさそうだ。

 気付いて顔を出してくれないだろうかと、オリビアは海面を見つめた。


「せめてアクアボートがあればね……ジャイアントケルプまで泳いで行くわけにはいかないし……」

「アクアボート……実物見たかったなぁ……」

「やっぱり魔法使いは“導きの勇者”に惹かれる?」

「まあね」


 カクタスの言った“導きの勇者”とは、チモシーとジャイアントケルプを救った“四芒星の勇者様“と同じ代の勇者だ。

 導きの勇者はレイピアを使った剣術もそうだが、特に”魔道具“を生み出した事で有名だった。


 魔道具とは、マナを流すだけで属性を問わず、魔法を行使できる道具のことだ。

 導きの勇者は魔道具の技術を独占する事なく、多くを後の世に残した。

 魔法の未来を切り開いた彼女は、今も魔法使いたちの尊敬を集めている。


 アクアボートはその導きの勇者が作ったとされる魔道具の一つだった。


「確か風の魔法陣と水の魔法陣が刻まれてるんだっけ?」

「よく知ってるのね」

「パルマエの名物だったし、本で色々勉強したからね。俺も実物見てみたかったな」


 アクアボートや一部の魔道具を除き、導きの勇者のオリジナルの魔道具はほとんどが国で保管され、普通に生活していてはそう簡単に目にかかることはない。


 カクタスが海を眺めながら残念そうにぽつりと呟く。

 しかし、彼女はある一点を凝視しカクタスの話を聞いていなかった。

 そんなオリビアに気付かず、カクタスは更に言葉を続けた。


「俺が読んだ本にアクアボートの絵が描かれてたんだけど、それがすごく綺麗で……」

「カクタス」

「知ってる?アクアボートに使われている塗料は特別で、この世で一番美しいと言われている青を……」

「カクタス」

「そうそうちょうどあそこに浮いてきた船みたいな――」


 カクタスはオリビアが指差した先、浅瀬の岩陰から静かに浮かび上がった青い船を見つけると笑顔のまま固まった。


 よく見るとその船の側には大きなヤドカリのようなモノがいた。

 ラークが言っていた甲殻類の魚人か――しかし、それには人間に似た特徴は見当たらない。



 カクタスが槍を構えると、オリビアも慌ててポーチから植物の種を取り出し戦闘態勢を取った。

 すると大きなヤドカリは岩陰から少しだけ身を乗り出し、背負っていた巻貝をハサミで持ち上げ2人に声をかけてきた。


「お前さん達、ここは危ねぇから早いとこ避難しれ!」


 巻貝の隙間から望遠鏡の様な眼鏡をかけた中年の男性が顔を覗かせると、2人に向かってしっしっとハサミを動かした。

 ――どうやら魚人で間違いなさそうだ。


 二人は顔を見合わせた後、慌ててそちらに駆け寄ると、ヤドカリの魚人は大きなため息を吐いた。


「観光客か?こんな大変な時期に……」

「もしかしてジャイアントケルプの方ですか?」

「そうだよ!いいからさっさと避難しねぇか!チモシーの奴らに見つかったらどうすんだ!」

「どういうことです?」


「あーもー!忙しいってのに!チモシーの奴らが魔王の下についたんだ!わかったらさっさと――」



 沢山の脚をバタバタさせながら怒るヤドカリの魚人はカクタスの腕の刻印に気付くと、ぴたりと動きを止めた。



「……お前さん……その腕の……まさか勇者様か?」



 ヤドカリの魚人はまるでカメラのレンズのようにぎゅんっと眼鏡を伸ばしてカクタスを見る。

 カクタスが若干引き気味で頷くと、ヤドカリの魚人は放心した後、眼鏡の先からぼろぼろと涙の様なものを流し始めた。



「勇者様……来てくださったのですね……!」

「な、泣いてるのよね……?」

「……たぶん」


 2人は彼の眼鏡の仕組みに疑問を持ちながら、泣き出してしまったヤドカリの魚人を宥めると、魚人は涙を拭って2人に頭を下げた。


「先程の無礼を許してくだせぇ……勇者様が……ホントに……うぐぅっ……勇者様‼︎どうかジャイアントケルプを……パルマエをお助けください‼︎」


「おい‼︎浜から声がするぞ‼︎ジャイアントケルプのやつか⁉︎」


 ヤドカリの魚人とのやりとりにどこか既視感を感じていると、塀の向こうでチモシーの人々が騒ぎ始めた。

 ヤドカリの魚人は慌てて巻貝を被り直すと、アクアボートを2人の前につけた。


「勇者様方‼︎こいつに乗ってくだせぇ‼︎詳しい事はジャイアントケルプに向かいながらお話ししますんで‼︎」

「こっちだ‼︎こっちの方で声がする‼︎」

「ほら早く‼︎塀を退けろ‼︎」


 カクタスとオリビアは視線を合わせこくりと頷くと、アクアボートに飛び乗った。

 ヤドカリの魚人はボートに繋がれたロープを引くと勢いよく海へと潜った。




 ――――


「すごい……これがアクアボート……」


 ヤドカリの魚人がアクアボートにマナを流し込むと、底に刻まれた魔法陣が反応して光を放つ。

 そして、シャボン玉のような膜が広がると船を包み込んだ。


 周りを泳いでいる魚達に日の光が反射してキラキラと輝いている姿に、カクタスは感動の声を漏らした。


「ここが水の記号で……風の記号が……」


 しかし、オリビアは魔法陣に釘付けであった。


 彼女は魔法陣に強い興味と憧れがあり、ロータスに頼んで魔道具に魔法陣を施す学習の機会を得たことがあった。

 しかし彼女は魔法の図形変換を理解しても、それを描写する才能がなかった。

 時間の無駄だとカトレアに吐き捨てられ、泣く泣く諦めたが、未だ魔法陣への憧れを捨てきれず、こうして魔道具に施された魔法陣を見ると、つい見いってしまう癖があった。


 その様子にカクタスは苦笑を浮かべていると、ヤドカリの魚人が2人に声をかけた。


「いきなり海に連れ込んじまって申し訳ねぇ……」

「大丈夫です。それよりさっきの話は……」

「はい……チモシーの奴らは……俺達を……勇者様を裏切ったんだ!」



 ヤドカリの魚人は悲しみを滲ませた声でそう言うと、ハサミで巻貝に着いた苔をがりがりと削った。

 そして海底に辿り着くと、船に繋がれた紐を引っぱり砂の上を走りながら語り始めた。



「四芒星の勇者様のお導きでジャイアントケルプとチモシーは一つの国となり勇者様の支援国として共に戦い、支え合って来た仲だったのですが……今回の魔王復活の際……やつらは俺達の仲間を……‼︎」

「……まさか殺された……?」

「その通りです‼︎しかも奴らはそれだけに飽き足らず、仲間のヒレをズタズタに裂き……魔王の刻印が描かれた紙を咥えさせ、同じ刻印の入った斧を胸に叩き込み海に投げ込んだのです‼︎」


「チモシーと同じね」

「……はい?」


 オリビアがカクタスの方を向くと、彼は眉を寄せて頷いた。

 そしてヤドカリの魚人にチモシーで聞いた話を伝えた。





「そんなはずは……‼︎ジャイアントケルプは魔王の配下なんかになってねぇ‼︎勇者様を裏切ることなんか……‼︎」

「チモシーも同じ気持ちです。なんでこんなすれ違いが……」

「なんで情報共有しなかったの?」

「チモシーの奴らに話を聞こうとした仲間が怪我をして帰って来たんだ‼︎チモシーにやられたって‼︎裏切り者だって‼︎チモシーが嘘をついてんだ‼︎」

「……チモシー側も同じことを言ってたわ」

「どうなってんだ…………」


 頭を抱えて唸るヤドカリの魚人は困惑にハサミを震わせていた。


「……ジャイアントケルプの王に謁見を求めよう」


 2人はこの事態を重く捉え、表情を険しくした。

 このままでは更に取り返しのつかないことになる――そんな嫌な予感を抱えながらヤドカリの魚人に城への案内を頼むと、魚人は静かに頷きハサミを前に出した。


 その先には、とても巨大な岩が聳え立っていた。


「あそこがジャイアントケルプです!すぐに王城に案内しましょう!」


少し改稿しました。

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