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星々の残響  作者: ナイヤ
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第五話 沈黙する亡霊



 戦闘が終わった宙域には、奇妙な静寂が流れていた。

 機体を損傷したことによって、機内の循環装置からは焦げたような匂いが漏れ出し、コックピット内に漂っている。

 機内のディスプレイモニターにはCAUTION!の文字と警告灯が赤色で淡く発光し、物分かりの悪い操縦者へ何度も知らせるようにして、それを点滅させていた。


 クラウは握っていた操縦桿をゆっくりと離し、汗でべっとり張り付いた背中をシートへと預けた。


 一度、目を閉じて長く息を吸って、肺の中に酸素をできる限り取り込む。


 肩が上がるほどに力強く吸い込んだ酸素を、今度は力が抜けるようにしてゆっくりと吐いた。

 これは士官学校時代に、クラウに教官が教えてくれた、落ち着くための動作だ。

 そしてクラウは、如何なる作戦を行うする場合でも、要所で必ず行うようにしていた。

 

 自分の鼓動に耳を澄ましてみる。

 クラウは妙にズレているように感じられるほど、自分の鼓動が速くなっていることに気づく。


 クラウはもう一度、前方へと目を向けて暗闇の中で鈍く反射する、冷たくなった鉄塊を見つめた。


 「……なんだったんだ、お前は……」


 独り言のようにそう呟くと、クラウはディスプレイモニターの下に張り付いている黒色のデバイスを取り出した。

 

  「この機体を解析してくれ」


 黒色のデバイスが少し光った。

 

 液晶にALICEと表示されているそれは、少しの時間を置いて音声を発した。


 「この機体に該当、または関連すると考えられるデータを見つけることができませんでした。」


 「やっぱりね」


 このデバイスはとても高性能であり、その機能は多岐にわたる。

 中でも、宇宙中央情報機関のデータベースへと侵入することができる点は、この時代においても隔絶した処理能力と高度なシステムが必要で、オーパーツとも言えるものだった。


 クラウは、黒いデバイスを再びヴァルチャーに接続して、敵機の残骸らしき光点をズームした。


 敵機──正体不明。

 

 その輪郭は滑らかすぎるほどの曲面で構成され、無骨な外装を一切感じさせない。

 装甲材には通常の熱波を拡散するコーティングが見られず、複数の曲線が機体の表面を走っていた。

 

 (まるで人間の脈だな.......)


 クラウは眉をひそめる。


 戦闘中、その機体は一度も明確な推進噴射を見せることがなかった。

 宇宙空間を直角に、時には曲線を描いて動いていたそれは、機体後部などの一部からではなく、機体全体で軌道を変えるような挙動を見せていた。

 まるで宇宙空間を生きる生き物のように、日差しを避けて潮流を不自由なく泳ぐ魚のように、重力や慣性を無視しているような、そんな感覚があった。


 「人が、あれを動かしてるって感じじゃなかった……。もしそうなら反応が速すぎる。予測だって通じなかった。なのに……」


 クラウは少し視線を伏せる。


 こちらがロックオンされたとき、なぜか確かに敵機の動きが止まった。

 まるで、こちらの反応を待つように。


 (撃たなかった?いや、撃てなかった、のか?)





_____________________






  ヴァルチャーの補助アームを操作し、正体不明機の残骸を宙域に浮かぶ中で、最も巨大なデブリに慎重に固定した。

 エネルギーフックを回収する作動音と共に、小さい金属音が鼓膜を少し揺らす。

 クラウは、機体のコックピット付近を敵機へ近づくよう調整すると、ヴァルチャーもデブリへとがっちりと縛り付けた。



 「……やれやれ、こいつは一体なんだったんだ....」


 クラウはシートから立ち上がると、パイロットスーツを装着した。酸素供給パックのノズルを背中側から接続しつつも、彼はモニター越しに敵機の残骸を睨み続ける。


 まるで人間がその場で動いているかのような、反射に近いような反応速度。


 直角、曲線と自由自在に動き回り、先読みしているかのような回避軌道。


 しかし、これだけの高性能機。

 本気で殺しに来ていれば、最初にロックオンされた時点でやられていた。

 そしてその後も何度か、ロックオンしても撃たない場面があった。


 クラウの中では、言いようのない何かが引っかかっていた。


 スーツの最終チェックを終え、付いてる埃を軽く払ったクラウは、コックピットのハッチを開放した。

 コックピット内に圧縮された空気が一気に吐き出され、ヘルメットの中で真空の静寂が彼を包む。


 敵機のもとへ向かう途中、背後を振り返ればヴァルチャーがまるで忠実な鷲のようにして、その場に佇んでいた。



 クラウは敵機の真上へと、手元の小型スラスターを吹かしながら浮かび上がった。

 HMDに映し出される各種情報を読み取りながら、敵機の残骸へと慎重に接近する。


 間近で見るそれは、やはり不気味だった。


 ──なめらかすぎる。


 機体の表面には継ぎ目がなかった。

 溶接痕もなく、それはまるで一つの有機体のような一体構造になっていた。

 素材は見たことのないもので、クラウの考えではこれはおそらく金属合成体だった。


 クラウはHMDのシステムを操作し、より詳細な情報を得ることができるよう、頭をさらに近づけた。

 通常のセンサーでは検出不能な金属密度を持ち、それでいて重さを感じさせない異様な存在感。


 そして──


「……あった。これか……」


 クラウは機体の表面を観察して、極小の楕円形の噴射孔を見つけた。ほんの数ミリ。視認するために高倍率モードを使ったがそれでもなお微細で、よほどの至近距離でなければ気づきもしなかっただろう。

 その極小の噴射孔は一つや二つではなかった。機体の表面に沿って目を運ぶと、噴射孔がびっしりと隙間なく全体に散りばめられていることがわかった。


「こいつ……機体の全身が推進器かよ。こりゃ……やりづらいわけだ」


 憶測だが、軌道の制御が精緻であり、機体の全方位にベクトルを持つことができる構造。

 生きているかのようなので滑らかなあの不可解な動きも、撃った弾を意志を持ったようにして避けられた理由も、すべてこれが成せる技だろう。


 だが、それは同時に──


「人が操縦するには無理がある」


 クラウはそう呟いて、ヘルメット越しに表情を強張らせた。


 手や操縦桿を媒介としていたら、あの動きは実現しない。

 あの動きには一切のタイムラグもなく、意思をそのまま反映させているように感じた。

 クラウは機体をくまなく観察し、あるはずのコックピットを探した。

 だが、どこにもそれは見当たらなかった。

 

 中には誰も、いない?


 直感が、冷ややかな息を吹き込んだ。


 クラウは機体の頭部付近へと移動し、通常キャノピーがあるとされる部分を小突いた。

 重い感触が返ってくる。


 クラウは黒いデバイスを取り出すと、その機体に押しつけた。

 ディスプレイにALICEの文字が淡く光る。


 「アリス、この機体を解析してくれ」


 ヘルメットの中でそう呟くと、ALICEが目の前の鉄塊を解析し始めた。

 

 「……データ解析中……予測不能な構成要素が検出されました。再解析を推奨──」


 いつもなら、瞬時に終わるはずのALICEが何度も解析を試行している。

 一瞬、ALICEの声にノイズが走った気がした。

 

 やがて、目の前に解析された情報が広がる。


 クラウはその情報を見て驚愕した。


 「……これは」


 ──内部構造がない。


 操縦席も、シートも、計器すらない。


 彼が知るどの兵器とも異なっていた。

 ALICEの分析では、この機体の様々な機構に心臓や神経、脊髄など有機物の残滓を残している。

 そして、機体の表面にあった脈のような複数の線。

 

 「アリス、ここについて詳細を頼む」

 

 クラウがトントンと脈状の膨らみを叩く。

 すると、ALICEによって解析された、詳細な分析ログが表示された。


 「内部構造、機械構成要素少数──中空領域なし。内部に検出される微量反応:

>ヘモグロビン分子残留反応:濃度0.43μmol/L

>血清タンパク質:アルブミン比率76%

>電解質パターン、ナトリウム:カリウム比正常範囲内

 結果、人間の血液に対する98.7%の一致を確認しました。」


 そこには、人間の血液が詰まっていた。

 

 「付加報告。機体表面に沿って走る32本の脈状構造から、同様の血液成分が検出。減衰傾向にあるものの、微細ながら脈動性を確認。

 これらは機体全体に流動構造を形成し、動的応答と推進制御の連動が推測されます。」


  「流れてるのか?血が、、、、」


 クラウの脳裏には、先の戦闘で見た異次元の滑らかな軌道が蘇る。

 あれは明らかに機械の動きではなかった。

 限りなく「生き物」に近い、動的かつ本能的な軌道だった。


 ALICEの分析結果は、それを兵器というより生き物、否、何かもっと別の「もの」だということを表していた。


 「アリス、何かジャズをかけてくれ」


 強烈な恐怖と、違和感から心を落ち着かせるため、クラウはALICEにそう頼んだ。


 数秒の間を置いて、ヘルメットの中にくぐもったサックスの音色が流れ始めた。

 クールなテンポで、わずかに湿り気を帯びた旋律。無重力の静けさを裂くかのように、やるせないアドリブがヘルメットの中を反響した。

 

 心を落ち着かせたクラウは小さく息を吐き、デバイスをしまうとヴァルチャーのコックピットへと戻り始めた。


 だがこのとき、彼の背後で敵機の残骸内部に、小さく発光する青い光が一瞬灯った。

 

 それは、何かに呼応するようにして、何度も何度も点滅を繰り返している。


 クラウは、それに気がついていなかった。

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