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ベランダに一人座する  作者: 桜木恵
24/25

バカ

 実家の玄関を開けたときの空気感は、今まで味わったことのない、重々しいものだった。


 私は前回同様、靴を脱いでモモとともに廊下からリビングを覗いた。

 リビングには両親と姉がいて、まるで葬式のような物々しい雰囲気を醸し出していた。


「ヒマリ......」


 私を捉えた母が名前を呼んだ。

 電話越しに感じた元気さはかけらもなく、まるで別人のようにさえ感じる。


「サトキなら部屋にいるよ」


 姉が携帯を弄りながら言った。

 一見興味のないような態度だが、明らかにいつもと違うことが分かった。

 ショックを受けているというより、憤っているように思う。


 私はそんな姉には触れず、階段横の廊下を進んだ。

 キッチンとお風呂場を左手に、突き当たりにある扉の前に立った。

 隙間なくピッタリと閉じられたその扉は、兄の心情を体現しているように感じる。


「サト兄、ヒマリだけど」


 私は無機質な木製の扉に言葉を放った。

 目の前の部屋からは何も聞こえず、ただの静寂が広がった。


 私は足元にいるモモを見やり、もう一度兄の名前を呼んだ。


「何」


 たった一言、とても小さな声が聞こえた。


「生きててよかった」


 ヒマリも同じくたった一言だけ口にして、そのまま扉の前を離れた。


 言いたいことがないわけではなかった。

 怒鳴って罵って、抱いた感情を全て出すことも考えた。


 しかし、兄のせいで仕事に影響の出た姉が行っただろう。

 黙って慰めるような人ではない。


 きっと家族の分も全部纏めて言ったのだ。

 これ以上、兄を責める必要もないような気がした。


 私はリビングの入り口で三人の顔を眺めてから、静かに実家を後にした。

 私を止める人は誰もいなかった。


「あれでよかったの?」


 私より少し先を歩くモモが、通行人と散歩をしていた犬を見ながら言った。


「うん。今は生きてるだけで十分」

「そう」

「もう少し落ち着いたら、そのときはバカのひとつでも言ってあげる」

「厳しいわね」

「アヤ姉よりは優しいでしょ」

「どうだか。もしかしたらヒマリ方がよっぽど酷いかもしれないわよ」


 モモが笑い混じりにそう言ったので、私は少しだけそんな気がした。

 でもやっぱり姉よりは優しいように感じて、こうあれるのも、おそらくはこの神様のおかげなんじゃないかと、そう勝手に思った。



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