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ベランダに一人座する  作者: 桜木恵
23/25

向き合う

 高天原に来てどれほど経っただろうか。

 日が暮れないこの世界は、時間の感覚がいつもより緩やかになっている気がする。


 体内時計は狂うし、眩しいまでに輝く太陽が僅かばかり嫌いになった。

 おまけに、小さな神様は呼び出しを食らって外出中。

 だだっ広い部屋でポツンと一人。

 前にも似たようなことがあった気がする。


 あいにく、この家には暇を潰すようなものは何ひとつとして存在しない。

 携帯でも持ってくればよかったと、縁側に座りながら後悔した。


「ただいま〜」


 玄関からガラガラという音がして、聞き慣れた声が同時に聞こえた。

 やっと帰ってきたか、と思い玄関の方へ顔を向けると、モモが小走りでこちらに向かって走ってきた。


 小動物が走るようなその様は、誰が見ても愛らしく感じるだろう。


「ヒマリ。帰るわよ」

「突然なに?」

「ヒマリがこっちに居すぎだって怒られちゃったわ」


 モモがため息混じりにそう言った。前にもこんなことがあった気が......。


「それに、私は研修中の身。これじゃ意味がないっていう指摘はもっともだと思うわ」

「そうだったね」


 モモのことを考えていなかった自分に嫌気が刺し、それ以上何かを発することができなかった。


「怖い?」


 モモが私の顔を覗き込んだ。


「うん、怖い」


 怖くないはずがなかった。


 見ず知らずの人が自宅周辺を取り囲み、昼夜問わずインターホンが鳴る。

 ドアの前で話し声がして、隣人に質問をする声が聞こえる。


 今まで経験したことのない、不気味さを混ぜ込んだ見えない恐怖が、いつだって私を取り囲んでいた。


 私は有名人じゃない。

 俳優でもモデルでも、歌手でもない。

 ただ普通に暮らしたいだけの十代だ。

 何もしていないのに、こんな目に遭うのはおかしい。


 だけど、姉兄(きょうだい)が有名人だから許容しないといけない。

 それが、私の運命なのかもしれない。


「でもね、逃げてばかりじゃダメな気がするの」


 家族から逃げ、同級生から逃げ、大学から逃げた。

 散々逃げて、それでも振り切ることができず、結局見ないふりをした。


 今まで、自分の境遇からたくさん目を逸らし続けた。

 もう、そういうのは止めたい。

 ちゃんと向き合うべきだと、私はそう思う。


「そう。じゃあ、準備万端ね!」


 モモがニッコリと笑った。


 私はこの笑顔に何度救われるのだろう。

 これまで幾度となく助けられ、今日もこうして救われる。

 小さな小さな神様が、不出来な私の手をそっと掴み、優しく引いてくれる。


 それがとても嬉しくて、なくてはならない存在だと。

 私はやっと理解した。


「帰ろっか!」

「そうね! 帰るわよ、ヒマリ」


 私はモモを抱き上げて、大きな豪邸を後にする。

 そして、玄関横に停めていた平行電動二輪車に乗り、高天原を疾走する。


 この世界も、私にとって大事な場所。

 なくてはならない、かけがえのない故郷だ。




「ヒマリ〜、帰るの?」

「うずめさん!」


 駄菓子屋を通り過ぎようとしたとき、駄菓子屋にいた天宇受売命に声をかけられた。

 私は電動二輪車から降り、お菓子を手にした天宇受売命に近寄った。


「モモがお叱りを受けちゃって」

「そうだったの。研修って大変よね」


 モモは私の腕の中で、天宇受売命の持つお菓子を凝視していた。

 天宇受売命はそれに気づいたのか、モモにそっとお菓子を差し出す。

 それを目の色を変えて受け取ったモモは、すぐさま包装を剥いで口に運んだ。


「じゃあ、そろそろ行きますね」

「えぇ、またいらして!」


 私は天宇受売命に手を振って、電動平行二輪車を大きな扉の側に置いた。

 そして、細く伸びる光の中に足を踏み入れた。



 目の前に広がった光が消えるのは一瞬で、見慣れた光景を私の視界が捉えた。

 窓の奥には沈みかかった太陽があり、空はピンクと紫のグラデーションで彩られていた。


 この家を後にした明確な日付は覚えていない。

 けれど、床に置かれた携帯電話には、数十件にも及ぶ不在着信が表示されていた。

 メッセージの量は百件を超え、その大半が姉と母からだった。


 心配をかけた事については申し訳ないと思うが、それ以上の感情は出てこなかった。


 私はとりあえず母に電話することにした。

 プルルルルという呼び出し音が数回聞こえたあと、母の慌てるような声が聞こえた。


『ヒマリ!? 何してたの!!』


 耳をつん裂くような大声で、咎められているような気になった。


「普通に生活してただけだよ」

『そう。......そんな事どうでもいいのよ!! サトキが不起訴になって釈放されたの。今うちにいるから!』

「釈放?」


 母の言っていることがすぐには理解できなくて、暫くの間頭の中で考えていた。


 兄は確かに逮捕されて、私が高天原に行くときは勾留されていたはずだ。

 それから何があったかは知らないが、罪には問われなかったということだろうか。

 でも、兄は麻薬所持で逮捕され、使用していたことも検査で証明された。

 それでも不起訴になるのだろうか。


『とりあえず帰って来て!』


 母は一方的にそう告げて、さっさと電話を切ってしまった。

 これも前にあったような気がする。


「行くんでしょう?」

「......行った方がいいかな?」


 実家にはみんないるだろう。

 仲の悪い姉も、もしかしたら旦那だっているかもしれない。


 本音を言えば行きたくはない。

 行ったって兄の事件が無くなるわけじゃないし、好奇の目に晒されなくなるわけでもない。


 でも、またここで逃げるのか、と言う自分もいる。


「行きたくないなら行かなければいいじゃない。別に無理することないわ」


 モモの言う通りだ。

 自分の気持ちに素直であっても、きっと誰も咎めたりしない。

 実家に帰らずとも両親が私を叱咤する事はないし、ニュースで報じられることもない。



でも———



「私は」


 もう逃げたくない。

 いい加減向き合わなければ。


「少しだけ頑張ってみたい」

「そうと決まれば、今すぐにでも行きましょ!」


 誰よりもテンションの高いモモに手を引かれ、私は靴を履いて玄関の扉を開けた。

 鬱陶しいまでに群がっていた記者はひとりとして居らず、「なーんだ」という気持ちになった。


「ヒマリ、日が暮れるわ」


 ピョンピョンと跳ねながら言うモモを抱き上げて、私は扉の鍵を閉めた。

 腕の中の神様は子ども体温で、心身をぽかぽかと温めてくれる。


「ありがとうね、モモ」

「ん? どういたしまして」


 モモはなんのことか分からないとでも言うように首を傾げたけれど、私だけ分かっていればいいや、なんて思った。





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