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ベランダに一人座する  作者: 桜木恵
22/25

平穏

 高天原は少しも変わっておらず、何日ぶりかの安心を手に入れた。


 私とモモは電動平行二輪車に乗って、遠くの家を目指した。

 明るい話し声に笑みが零れ、優しい挨拶に朗らかに応えた。

 私の平穏がここにはあると、そう実感できたことがこの上なく嬉しかった。


 風を切るように進んで、一人暮らしにしては大きすぎるモモの家に到着した。

 生活感のない家の中はまるでモデルハウスのようで、モモがこれまでどうやって生きてきたのか不思議になった。


 けれど、きっと「神様だから」で片付けられそうで、私はあえて聞くのをやめた。


「お菓子でも持ってくればよかったね」

「駄菓子屋があるわよ」

「遠いよ!」

「二輪車で行けばすぐよ」


 そう言うモモは、誰よりも早く靴を脱ぎ居間に向かって行った。

 やっぱり何か持ってくるべきだったと、家具とモモしかいない居間を見てそっと思った。





 高天原には昼夜がない。

 だから、今が昼なのか夜なのかは正直言って分からなかった。

 分かるのは現在時刻と、今がご飯時であることぐらいだ。


 私はそこそこ広い縁側に座り、地上と変わらない青空を眺めていた。

 目の前に広がる空は本物なのか、それともハリボテなのか。

 そんなことはどうでもよかった。

 そこに青空があるという事実が大切なのだ。


「お腹空いたわね」


 居間で寝転んでいたモモは、ゴロゴロと床を転がりながら呟いた。

 たしかにお腹は空いてきたけれど、だからといって何か作れるわけでもない。


 空腹を満たすためには、近所の食卓に上がり込むか自宅に帰るかの二択しかない。

 今自宅に帰るのはなんだか気が引けるけれど、かといって他人の家を訪ねる勇気はない。


 駄菓子屋のお菓子で過ごす手もあるけれど、それはなんだか違う気がする。


「スーパーってないんだよね?」


 私はダメ元で聞いてみる。


「ないわね。神様には人からの供物があるもの」


 モモはなおも床に転がっている。


「だったら、モモ宛の供物もあるんじゃないの?」

「どこかに祀られているわけではないから、そういったものはないのよ」


 神様はみんな祀られているのでは? と思ったが、誕生して間もないのであればあり得ない話ではなさそうだった。


 お供物がないとなると、いよいよどうしたものか。

 頭の中でぐるぐると考えていたとき、玄関をノックする音が聞こえた。


 それを待っていたかのように、モモはスッと立ち上がって玄関の方へ走って行った。

 私もその後を追いかけるように向かうと、扉の先に天宇受売命(あめのうずめのみこと)がいた。


「こっちに来てるって聞いたから!」


 天宇受売命は、そう言いながら明るい笑顔を向けた。


「来たときに伺えばよかったですね」

「そうよ! モモ神の家は遠すぎるんだもの」

「有名じゃないから中心には住めないのよ。なんだったら、天宇受売命の家に住まわせてくれてもいいのよ?」

「いやよ。それに彼が怒るわ」


 玄関で楽しそうに会話をする二人を見ていたら、なんだか微笑ましい気持ちになってきた。

 こういう何気ない日常が、私はこの上なく好きだった。


「それで、有名な神様が辺境の地にどんな御用で?」


 モモは少し捻くれたように聞いた。

 その言葉に、天宇受売命は「そうだった」と言いながら持っていた風呂敷を差し出した。


「食べるものがないだろうと思って持ってきたの」


 風呂敷には小さめの鍋が包まれていて、中には美味しそうな雑炊が入っていた。


「わぁ! 美味しそう」

「お口に合うか分からないけれど、よかったら食べて!」

「ありがとうございます!」


 鍋の中の雑炊を見たモモの目はキラキラと輝いていた。


「ちょっと冷めちゃったから温めて食べてね。それようにお米も少し硬めに炊いたから」

「うずめさんは神様ですか!?」


 私は天宇受売命の手を取り、両手でしっかりと握った。

 神様に向かって「神ですか」なんて無礼極まりないけれど、この時ばかりは大目に見てもらいたい。


「暫くいるの?」

「そのつもりです」

「じゃあまた会いましょ! 彼も喜ぶわ」


 それから少しだけ世間話をして、天宇受売命は嵐のように去って行った。


 私とモモは天宇受売命特製の雑炊を火にかけて温め、青空を眺めながら完食した。

 優しいダシの味に包まれた口の中は、今までで一番の幸福をもたらしてくれた。


 神様は料理の才もあるのだと、満腹になって寝てしまったモモを見ながら静かに思った。




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