第8話 やってきた宮廷魔導士
父に連絡をお願いして三日。
とうとうこの日、動きがあった。
王家から遣いが来たと連絡があったのだ。
(早いよぉぉぉ⋯⋯)
あと二日はのんびりできる予定だったのに。
誰だ、仕事が早いやつは!⋯⋯いや、仕事が早いのはいいことだよね。⋯⋯はぁ。
そう心の中でぼやきながら、廊下をテコテコ歩く。
「お嬢様、頬が膨らんでいますよ」
「だってぇ⋯⋯」
まさか一日に二回しかないおやつタイムを邪魔されるとは思ってもいなかった。
おかげで私のテンションはだだ下がり中なのである。
「もうすぐお部屋に着きますよ。その前にいつもの可愛いお顔に戻りましょうね」
「⋯⋯うん」
そうは言われても簡単に気持ちの切り替えなんてできな――
「それでは午後のおやつはパフェを用意するよう料理長にお願いして⋯⋯」
(パフェ!)
私にとってパフェはご褒美的存在。
ぜひとも苺パフェを所望したい。
「もどった!」
「はい。とても可愛らしいです」
「いちごでおねがい!」
「くすくす⋯⋯。料理長に伝えておきますね」
苺パフェが私を待っている。
さぁさっさと終わらせてしまおう。
そうして意気込んで入った応接室。
そこにいたのは予想外の人物だった。
「こんにちは、エステル嬢」
白灰色の髪に紺色のローブを着た、私が今一番会いたくなかった人物。
(ど、どうしてグレイが?)
宮廷魔導士は幻の花の研究で忙しいはず。それなのに、なぜそのトップであるグレイがここにいるのか。
「グレイさま、こんにちは」
しかし動揺を悟られるわけにはいかない。
私はペコリ、頭を下げた。
「相変わらずしっかりしていますね」
「ありがとうございます」
(中身は三十五歳ですから)
無邪気で奔放な子どもを演じるより、しっかりした子どもを演じる方が楽なのである。
「エステルは私の隣に座りなさい」
「はい」
指示に従い父の隣に座る。そして向かい側に座るグレイを見た。
(本当になんでここにいるの?)
父には王女の病について詳しい人に話を聞きたいとは言った。
だから来るとしたら医官が来ると思っていたのに⋯⋯
「エステル嬢は、私がなぜここにいるか不思議なようですね」
(!)
どうやら思っていたことが、表情に出ていたらしい。
「ごめんなさい⋯⋯」
「いえ。そう思うのは当然ですからお気になさらないでください」
「実はな――」
父の話によれば『魔力結晶化病』は普通の病気とは違い、魔力が原因となるため医官では対応が難しく、宮廷魔導士のトップであるグレイが王女の主治医となっているそうだ。
(なるほど)
言われてみればそうだ。
この世界の人間は誰しも魔力を持っている。けれどだからといって誰もが魔導士になれる素質を持っているわけではない。
病気の原因は魔力。
それなら医官ではなく、魔法のスペシャリストである魔導士が主治医になるのが妥当なのだろう。
さらに王女という身分を考えれば、グレイがその任を任されるのは当然だ。
「グレイさまがおうじょさまのおいしゃさんなんですね」
「そのとおりです」
「それで、エステル。グレイ殿がお前の話を聞きたいそうだ」
これは仕方がない。
グレイは私の話を聞くために忙しい中来てくれたのだ。
オタク気質のあるグレイに秘密を明かすのは少し、いやだいぶ気が重い。
けれど王女を助けたいと決めたのは自分だ。
⋯⋯もしも研究材料にされそうになったら、父に助けてもらおう。
「わかりました」
私が頷き答える。
すると一瞬で部屋の雰囲気が変わった。
私の一言で仕事モードに切り替えたようだ。
(さすが宮廷魔導士のトップ)
仕事のできる人は、プライベートとビジネスの切り替えがうまい。
「では、まず確認させてください」
「はい」
「本当に魔力が見えるのですか?」
グレイの瞳が私をまっすぐに見つめる。
子どもの戯言だ。馬鹿げた話だ。三歳の子どもの言う事など、いちいち真に受けてはいられない。
そう思ってもおかしくはないというのに、父もグレイも、私の言葉を疑うことなく信じてくれているのが分かる。
(グレイの場合は単なる興味もあるだろうけど)
それでも信じてくれている。
ならば私も信じよう。
所属も部署も年齢も関係ない。
「みえます」
父に説明したときと同じように、手を心臓に当てる。
「おうじょさまのここ。まりょくがけんかしてました」
「っ! なんと⋯⋯」
グレイが驚きに声を上げる。
今の反応⋯⋯どうやら心臓に原因があることはトップシークレットだったらしい。
父の顔を見る。その表情に変化はない。
(さすが)
出しておく情報と隠しておく情報。
使い分けがうまいなと、そんなことを考えながら私は話を続けた。
「まりょくはからだをぐるぐるしてます。でもおうじょさまのここ。ちいさいなにかがじゃましてぐるぐるしてません」
「まさか結晶が見えるのですか!?」
グレイが立ち上がり叫ぶ。よほど驚いたらしい。
「はい。おすなみたいにちいさいけど、みえます」
グレイが驚くのも分かる。
私には他の人には見えない魔力が見えるから。
きっとそれを世の中はすごい才能や天才だというのだろう。
でも――
「でもみえるだけです」
「!」
「わたしはまどーしでも、おいしゃさんでもありません」
「それは⋯⋯」
私はちょっと特殊な能力を持っただけの、ただの三歳児。
一人の力でできることなどたかが知れている。
「だからグレイさまのちからがひつようです」
「⋯⋯」
しばしの間沈黙が流れる。
(どうだろう⋯⋯)
こんなに緊張するのはいつぶりだろうか。
ドキドキしながら答えを待つ。
それから少しして、グレイは静かに口を開いた。
「⋯⋯エステル嬢は、王女殿下の病気を治したいのではなく治せる。そう考えているのですか?」
グレイからの問いかけに、私は少しだけ考えた。
『治したい』ではなく『治せる』。
二つの言葉は似ているが、意味は全く違う。
前者は希望。後者は可能性。
グレイの実力をもってしても、未だに王女の病を治すことができていない。
馬鹿げた話だと一蹴されても仕方ない。
それでも私は――
「はい」
王女には、子どもらしく心から笑っていてほしいから。
「グレイさまのちしきとぎじゅつ。そしてわたしののうりょくがあれば、かのうせいはあるとおもっています」
「⋯⋯」
何かを考えるかのように一度目を閉じたグレイ。
けれど次に目を開けると、穏やかに笑った。
「ふっ⋯⋯」
「グレイさま?」
「エステル嬢は本当に不思議な方ですね」
(はて。不思議とは?)
グレイの言葉に首を傾げる。
「あなたの言葉には力がある。不可能なことでさえも可能にしてしまう、そんな力が」
いや、それは勘違いだ。私にそんな力はない。
むしろそんな力はこちらから願い下げである。
(それ、絶対面倒事の方から寄ってくるでしょ)
そう言いたい。
けれど今はグレイの協力を得るのが最優先だ。
「⋯⋯(ニコリ)」
だから黙って微笑む。はいともいいえとも答えない。
これならあとで言い逃れはできる⋯⋯はず。
しかしそんな私の思いなど知らないグレイは、目を輝かせ言った。
「わかりました。私たちは同じ志を持つ仲間⋯⋯。共に協力していきましょう!」
力強く拳を突き上げるグレイ。
(⋯⋯これ、大丈夫だよね?)
同志認定されてしまったことに若干の不安を残しつつも、私はグレイの協力を得ることができたのであった。




