第6話 王女の病
手紙を受け取った翌日。私は父と共に城を訪れた。
案内されたのは前回の謁見の間ではなく応接室。
部屋に入り待つこと数分。
「よく来てくれた」
(⋯⋯できる)
自分で呼んでおきながら、長い時間待たせる上司に何度苛ついたことか。
しかし国王は、たった数分でやってきた。国で一番偉い人間であるにもかかわらずだ。
これは賞賛に値する。
ぜひともあのクソ上司に、国王の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
――カチャ
そんなことを考えていると、目の前に皿が置かれた。
(これは⋯⋯!)
目の前には夢にまで出てきたあの苺ショートが。
「好きなだけ食べてくれ」
国王の言葉にハッとし、視線を横に向ける。
給仕のメイドが立っているその横。そこに堂々と鎮座するホールの苺ショートケーキ。
(た、た、食べ放題!)
なんということか。
まさかホールでやってくるなんて。
(いや、落ち着け⋯⋯)
さすがに三歳児にホールは無理だ。
でもできるなら全部食べたい。それならどうすれば⋯⋯
「残った分は持ち帰れるよう手配しておこう」
「ありがとうございます!」
なんて最高なんだ。
やっぱりこの国王、できる。
「はははっ。素直でよろしい」
「エステル⋯⋯」
隣に座る父から呆れた声が聞こえたが、聞こえないフリをする。
(料理長に研究してもらわなくちゃ!)
一切れは料理長にあげるとして、せっかくならミアにも食べさせてあげたい。
お父様はそこまで甘いものが好きじゃないからいいけど、お母様にはあげないとね。
「ふふふ」
でも今は、目の前のケーキに集中だ。
◇◇◇
「娘は生まれた時から病を抱えていてな」
ケーキに舌鼓を打ったあと、国王が王女について教えてくれた。
王女の病気は生まれつきらしい。
その病気のせいであまり身体を動かすことができず、いつもベッドの上で過ごしているのだそう。
そんな王女には大好きな絵本があった。
『幸せの花』
主人公の少女が幸せを探す物語。
森、湖、洞窟⋯⋯
様々な場所を巡るが、なかなか幸せは見つからない。
もしかしたら見つからないのかもしれない。
そう諦めかけた時、天から声が聞こえる。
『幸せは、あなたのすぐそばにある』
そしてついに少女は幸せを見つけた。
幸せは自分の家の庭で咲いていたのだ。
虹色に光る美しい花。
そうして少女は幸せな人生を送った――
絵本を手渡されページを開いていく。
(おや?)
絵本の最後。そこに描かれている花には見覚えがあった。
花の名前が載っているわけではない。
けれどその花は、王子の言っていたとおりマナリィの花だった。
(まさかこれまで誰も気づかなかったなんてね)
それってどうなのとは思わなくもないが、その言葉は飲み込んでおく。
余計なことは言わない。これ鉄則。
面倒事に巻き込まれる可能性が高いからね。
「つい先日城に来てもらったばかりで申し訳ないとは思ったのだが、私も親だ。普段何も望まない娘の望みをどうしても叶えてやりたくてな。そなたには負担をかけるがどうかよろしく頼む」
国王も一人の親というわけだ。
中には国を治める人間が子どもの事情に振り回されるなんてと非難する人もいるだろう。
でも私はこっちの方が好感を持てる。
どんな立場であれ、子を思う気持ちに身分は関係ない。
そもそも自分の子を蔑ろにする人が、国民を幸せに出来るわけないのだ。
応接室を出て王女の部屋へと向かう。
「王女殿下。ヴィンゼルート公爵令嬢様をお連れしました」
『お通しして』
扉から可憐な声が聞こえた。この声の主が王女なのだろう。
開かれた扉から私は足を踏み入れた。
(あ)
すると部屋の奥。
大きな寝台の上に座る小さな女の子がいた。
「このような姿でごめんなさいね。私はメロディ・ノル・エスペランゼよ。会えてうれしいわ」
白金の髪に紫の瞳。
色は父親譲りだが、顔つきは母親によく似ている。
「はじめまして。エステル・ヴィンゼルートともうします。おあいできてこうえいです」
「まぁ!ふふふ。私より三つも年下なのに、とてもしっかりしているのね」
「ありがとうございます」
王女は六歳ということだが、ベッドでの生活が長いせいか、年齢よりも身体は小さい。
見た目だけなら、私とあまり差がないように感じる。
六歳の子どもなら、たくさん遊び回りたい年頃だろう。
おいしいご飯も甘いお菓子も食べたいはず。
けれど病のせいでそれは叶わない。
そんな王女の姿に、胸がギュッと締め付けられた。
「どうぞおかけになって」
「はい」
王女の侍女が椅子に座らせてくれた。
先ほどよりも近くで見る王女の顔色はすこぶる悪い。
(きっと今も無理してる)
それなのにそんな素振りすら見せず笑顔だ。
「あれを持ってきてくれるかしら」
「かしこまりました」
何かを持ってくるよう指示された侍女が席を外す。
何を持ってくるのだろう。
ケーキだったらいいなと、先ほど食べたケーキに思いを馳せる。
「エステルと呼んでもいいかしら?」
「もちろんです」
「うれしい。私のことはメロディって呼んでね」
「はい」
子ども同士のほのぼのとしたやり取りに、なんだか嬉しくなる。
王子とのやり取りはあったけど、あの時は最初から最後まで慌ただしかったからね。
「王女殿下、お持ちしました」
「ありがとう。そこに置いてくれる?」
「かしこまりました」
ほのぼのしているうちに、侍女が戻ってきた。
(えっ)
そして目の前の光景に驚いた。
「ふふ。驚いたかしら?」
「⋯⋯はい。おどろきました」
まさかあの時の花が、いまだに光り続けているとは。
「だれかがまいにちまりょくをそそいでいるのですか?」
花に水を与えないと枯れてしまうように、光り続けるには魔力を与えないければならないと思っていた。
「いいえ。お水は毎日変えてもらっているけど、それ以外は特に何もしていないわ。でもね、いつももらっていたマナリィの花は水を替えても三日くらいで枯れてしまっていたの。だからこの子は特別とても強い子みたい」
水を交換する以外は何もしていないという。
魔力を注いだことで何かが変わったのだろうか。
(うーん⋯⋯はっ!)
私ったら何を考えているのか。
この花がなぜ光り続けているかは、私が考えることではない。
ここには宮廷魔導士が大勢いるのだ。
そういったことを調べて考えるのは彼らの仕事であって、私の仕事ではない。
(危ない、危ない)
うっかり自分から進んで働いてしまうところだった。
少し落ち着こう。
そう思い虹色に光る花を見つめた。
ぐるぐる、ぐるぐる。
花の内側で、魔力が一糸乱れず循環し続けている。
ぐるぐる、ぐるぐる。
(ねむい⋯⋯)
あまりにも規則正しい魔力の流れに、不思議と瞼が重くなってきた。
先ほどお腹いっぱいにケーキを食べたし、いつもならもう少しでお昼寝の時間だからか余計に眠い。
私は精神は大人だけど身体は子ども。
だからこればかりは仕方ないのだが、さすがにここで寝るわけにはいかない。
(面会時間は十分だったな)
国王から面会時間は十分だけと言われており、まもなくその約束の十分が経つ。
きちんと挨拶をしてから帰ろう。そして馬車の中で寝よう。
そう決め、視線を花から王女へと向けた。
(あ)
先ほどまで魔力の流れを見ていたせいだろうか。視線を移した瞬間、見えてしまったのだ。
王女の身体を巡る魔力の流れが。
魔力は血液と同じで身体中を循環する。
しかし王女の身体では違った。
正常な方向に流れようとする魔力と、逆方向に流れようとする魔力。
それらがぶつかり合っていたのだ。
そのせいで、身体中の魔力の流れが乱れてしまっている。
(これはひどい)
これまでも様々な魔力の流れを見てきたが、ここまで乱れているのは初めて見た。
相当身体に負担がかかっているはず。
それなのに王女は辛そうな素振りを見せず、優しく微笑んでいて。
魔力がぶつかり合っている箇所。そこにじっと目を凝らしてみる。
すると、何かの塊が正常な魔力の流れを遮っているのが見えた。
(あれは⋯⋯魔力の塊?)
魔力の流れる道にある小さな塊。
大きさを表現するのなら砂粒、だろうか。
砂粒程度の塊。しかし魔力の流れる道は細いため、その程度の大きさでも流れを阻害しているのだ。
(どうしよう)
あれが王女の病の原因だと思う。
でももう少し詳しく調べなければ確信は持てない。
ただそのためには、王女に直接触れなければならないのだが――
「王女殿下、お時間です」
(⋯⋯時間切れ)
「そう⋯⋯。楽しい時間はあっという間ね」
寂しそうに笑う王女に、胸がギュッと締め付けられる。
その表情はとても六歳の子どもがする表情ではない。
あと少し時間があれば何か分かるかもしれないが、これ以上は王女の身体に負担がかかる。
それなら次の機会を手に入れよう。
「メロディさま。またあいにきてもいいですか?」
「まぁ本当? ええ。またぜひ会いに来て」
とりあえず次の約束を取り付けることができた。今日はこれでよしとしよう。
王女と別れの挨拶をして部屋を出る。
テコテコ歩きながら考えた。
王女の病に関しては、私一人ではどうにもならない。
魔力の流れが見えると言っても、私に医療の知識はないから。
花を光らせるのとは訳が違う。人の命がかかっている。
だから私一人の判断で勝手なことはできない。
ただそれなら放っておけばいい。
三歳児にできることなんてないのだから。
(でも)
私は王女に元気になってほしい。
さみしい笑顔より、楽しい笑顔が見たい。
これは仕事じゃない。私の願いだ。
その願いのため、多少の面倒事は受け入れようじゃないか。
(とりあえず報連相を⋯⋯)
「ふわぁ⋯⋯」
一生懸命頭を働かせようとしているのだが、まもなくお昼寝の時間。そのせいかうまく考えがまとまらない。
仕方ない。考えるのはお昼寝が終わってからにしよう。
私は眠い目を擦りながら、そう決めたのであった。




