第5話 手紙、再び
城から帰ってきて三日。
私はいつも通りの平穏な生活を送っていた。
「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう」
専属侍女のミアからカップを受け取る。今はお昼寝あとのおやつの時間だ。
温かいミルクに、甘い焼き菓子。
椅子はふかふか。雲はぷかぷか。
小鳥のさえずりが実に心地よい。
(これだよ、これ)
面倒事とは無縁の穏やかな生活。
城に行った日。あの日は大変だった。
国王との謁見まではまぁいい。
もともとそのために城に行ったのだから。
ただ大変だったのはそのあと。
温室で(うっかり)花を虹色に光らせてしまってからが本当に大変だった。
グレイに捕まった私は、あーでもないこーでもないと、長時間魔法議論に巻き込まれてしまった。
グレイが熱く語っていたが、虹色に光る花はこれまではただの伝承だと思われていたそう。
しかしその伝承が突如として現れたのだから城は騒然。
一体何をしたのかと、散々問い詰められた。
最初から私が原因だと考えるグレイの思考はどうなっているのか。
内心プンプンしていた私だったが、実際やらかしてしまっているので文句は言えず。
ニコニコして流していたのだが、なかなか話が終わらず面倒になった私は、
『クリスさまが、にじいろにひかるっていったから⋯⋯』
と、王子のせいにしてなんとか逃げ帰ってきたのである。
王子、ごめんね。
マナリィの花が伝承の花であるとは知らなかった。
それに花に魔力を流してみようと思う人間は誰もいなかったそう。
絵本に載ってるのに?と疑問に思ったが、余計なことを言うのはやめておいた。
そのあたりは王子に聞いてくれと、投げた。
今頃世紀の大発見に、宮廷魔導士たちは大忙しだろう。
きっとグレイもしばらくは研究やらなんやらで忙しく、私に構う暇などないはずだ。
その証拠に、この三日は静かに過ごせている。
(ちょっと大変だったけど、結果よければすべてよしだよね)
できることならこのままずっと放っておいてほしい。
三歳児に面倒事は不要なのである。
しかし私の願いも虚しく、この平穏は長く続かなかった。
◇◇◇
その日の夕食の時間。
デザートのプリンを食べようとした時だった。
「エステルに陛下から手紙が来ている」
「へ?」
――ベチャッ
口に入れ損ねたプリンがテーブルの上に落ちる。
すぐさま給仕のメイドが片付けてくれたから問題はない。
「⋯⋯」
問題はないが、なぜ今なのか。
私のプリンを一口無駄にした父の罪は重い。
「エ、エステル?」
「⋯⋯なんですか」
「その、怒ってるのか?」
「⋯⋯おこってないです」
嘘です。すごく怒ってます。
プリンは苺ショートの次に大好物なのだ。
その貴重なプリンが一口減ってしまっただなんて⋯⋯
「料理長! 急ぎ新しいプリンを持ってくるんだ!」
「か、かしこまりました!」
(!)
そうして猛ダッシュで出ていった料理長が、すぐさま新しいプリンを持ってやってきた。
「こちらを。⋯⋯お嬢様の好きなクリームを多めにしておきました」
(なんと!)
「りょうりちょう、ありがとう!」
「どうぞごゆっくりお楽しみください」
さすが料理長だ。私の好みを完璧に把握している。
目の前にはプリンが二つ。最高だ。
鼻歌でも歌いたい気分である。
「⋯⋯機嫌は直ったかい?」
「なおりました」
減ったプリンが補填されたのだから文句はない。ただ、
「そうか。⋯⋯それで手紙の件なんだが」
「おとうさま」
これはいただけない。
父は効率を重視する傾向にある。もちろん効率を重視するのは悪いことではない。
けれど今は食事中。楽しい時間を楽しまないでどうするのだ。
前世のランチミーティングほど、苦痛な時間はなかった。
なにが悲しくて、食事中まで仕事をしないといけないのか。
たしかに効率はいいのかもしれない。
それでも食事の時間は楽しむ時間だ。
仕事や面倒事は論外。
何ものにも邪魔させるものか。
「そのはなしはあとにしてください」
「だが、陛下からの手紙⋯⋯」
「しょくじちゅうはめっ!です」
つい勢いで『めっ!』なんて言ってしまったが、今の私は三歳児だから大丈夫だよね?
「す、すまん」
「ふふっ。あなたがエステルに叱られる日が来るなんてね」
焦る父に、微笑ましそうに笑う母。
どうやら大丈夫そうだ。
そのあと私はプリン二つをペロリと完食し、一時の幸せを噛み締めた。
◇◇◇
「実はな、折りいって頼みがあるそうだ」
食後、父の執務室へと移動して話を聞くことになった。
できれば『陛下からの手紙』などという不穏な言葉は聞かなかったことにしたい。
けれどそれができないのは分かっている。
「たのみ、ですか?」
「ああ」
「おうめいではなくて?」
頼みと聞けばこちらに選択肢があるように思うが、それは違う。
相手は国王。
国王からの頼みなど、王命と何ら変わりない。
「それは⋯⋯」
返事を濁す父。
国王からの頼みなど面倒事に決まっている。
そもそも大の大人が三歳児に頼み事とは、これいかに?
(はぁ⋯⋯)
散々脳内で文句を言ってはいるが、父が悪いわけではないことは分かっている。
父は国に忠誠を誓う貴族。国王の言葉を無視することなどできやしない。
そして私は、そんな父の娘だ。
(仕方ない)
城から帰ってきて三日。
ずいぶんと短い平穏だった。
「わかりました」
「エステル!」
「それで、どのようなたのみごとなのですか?」
普通三歳児はまだ字が読めない。
だからたとえ私宛の手紙だとしても、父に内容を尋ねるしかない。
(字、読めるんだけどね)
けれどそれを言えば面倒事に巻き込まれる確信があるので、絶対に言わない。
(天才なんて持ち上げられても困るし)
私は前世の記憶があるせいか、この世界の普通とはどこかズレている自覚はある。
でもその自覚があるからこそ、私は平穏を望まずにはいられない。
「それがな、一度、王女様に会ってほしいそうだ」
「⋯⋯おうじょさま?」
私は思わず首を傾げる。
三日前の謁見で会ったのは、国王に王妃、それに王子の三人だけ。
王女には会っていない。
それなのになぜ国王は会ってほしいと言うのだろうか。
「ああ。どうやらエステルにお礼を言いたいらしい」
「おれい⋯⋯」
王女にお礼を言われることなんてあった?
どうしよう。思い当たることがない。
それなのにお礼なんて言われても困る。
そんな私の感情が表情に出ていたのだろう。
父が少し気まずそうに言った。
「⋯⋯花の礼、だそうだ」
「はな⋯⋯あっ!」
父に言われようやく理解した。
王女は、クリス王子の妹だ。
(たしかメロディ、だっけ?)
父から詳しく話を聞いた。
なんでもメロディ王女が、虹色の花を大層喜んだそう。
そこまでなら微笑ましいエピソードだろう。
だけどそのあと王子が『エステルのおかげだ』と、余計なこと言ってくれたらしい。
結果、王女が直接会ってお礼を言いたいので城に来てほしいと、陛下から手紙が来たわけである。
「できるだけ早く来てほしいそうだ」
「⋯⋯」
(行きたくない)
きっと王女は、優しく可愛い子に違いない。だから会ってみたいなとは思う。
でもできれば城には行きたくない。
花の件は『王子の願いが叶ったから』で押し通すつもりだ。
決して私がやらかしたわけではない。
けれど、今城に行けば絶対グレイに捕まる。
面倒事に自分から巻き込まれに行くつもりはさらさらない。
(どうにかして断らないと⋯⋯)
「おとうさま。その、おことわりを⋯⋯」
「苺のショートケーキをたくさん用意して待ってると」
「いきます」
あの絶品ケーキが私を待っている。
城に行かなければ、ケーキに失礼だ。
「エステル⋯⋯」
父は何か言いたげだが、気にしない。
(ふんふ、ふんふ、ふーん)
おいしいケーキを食べて、可愛い王女様に会う。それだけ。
それ以外の用は存在しない。
グレイの相手は父にお願いしよう、そうしよう。
そうしてその翌日。
私は二度目の城へと向かったのだった。




