第4話 温室の花
「エステル、こっち!」
私は王子に手を引っぱられ、城の廊下を懸命に歩いていた。
「はぁ、はぁ⋯⋯」
(歩くの速いよぉ!)
息を切らし何とかついていくが、ひと括りに子どもと言っても、王子は少年。私は幼女。
歩幅が全然違うのである。
先ほどまで国王と謁見していたのに、なぜこんな状況になっているのか。
それは王子が『遊びに行こう!』と言って私の手を引っ張ったから。
推定七、八歳の力に三歳児が敵うわけもなく。
あっという間に謁見の場から連れて行かれてしまった。
ただ国王も王妃も無理に止めなかったことから、私と王子が仲良くなることを望んでいるのだろう。
膨大な魔力を持つ公爵家の令嬢。
きっと色んな使い道があるはずだ。
王子を支える側近にしてもいいし、少し年齢は離れているが結婚相手だってアリだろう。
(はぁ⋯⋯)
王子の友達という役職はヤバいなと、遠い目をしながら引っ張られていく。
そうしていつしか城内から出て、たどり着いたのは温室。
「ここ、僕のお気に入りなんだ!」
どうやら小さな王子様は、友達にお気に入りの場所を見せたかったらしい。
「きれい⋯⋯」
前世も今世も花にあまり興味はない。
しかしそんな私でも純粋に綺麗だと思うほど、この場所には色とりどりの花が咲き誇っていた。
「だろう?」
そう言って王子はにっと笑った。その姿は普通の男の子となんら変わらない。
(王子か⋯⋯)
きっとこの国の誰よりも恵まれている存在。
けれど、この国の誰よりも責任を背負わなければならない存在でもある。
(……大変そうだな)
こうしていられるのも今のうちだけ。
それなら少しの間くらい、王子の遊び相手になってもいいだろう。
(昼寝とおやつは死守するけど!)
「エステル、こっち!」
「わぁ⋯⋯」
王子に呼ばれ、そちらへ向かう。するとそこには淡く光を放つ花があった。
「ひかってる⋯⋯」
「これはマナリィの花って言うんだ」
「まなりぃのはな?」
初めて聞く名前だが、見た目は前世の世界に存在していたスズランによく似ている。
ただ大きく違うのは、花が光っているということ。
「魔力に反応して光るんだって」
「へぇ」
淡く光っているのは、温室の管理に魔力が使われているからだろうか。
さすがファンタジーな世界である。
「クリスさまは、このはながすきなんですか?」
活発な彼と花の組み合わせがなんとなく不思議だったので質問してみた。
「メロディが好きな花なんだ」
「めろでぃ?」
「メロディは僕の妹だよ」
(妹)
国王と王妃の子なら間違いなく可愛いだろう。王子も可愛らしいし。
どんな子だろう。ちょっと会ってみたいなと思っていると、王子がいつの間にか庭師を呼んできていた。
「いつもどおり頼む」
「かしこまりました」
庭師がパチンと一本花を切ると、それを王子に手渡した。
「それはどうするのですか?」
不思議に思い聞いてみる。
すると王子から返ってきた答えは予想していないものだった。
「これはメロディにあげるんだ」
「いもうとさんに?」
「うん。メロディは病気でここにこれないから」
「えっ」
驚いた。まさか国王の娘が病気だとは。
国王がずいぶんと私に好意的だったのは、もしかしたら自分の娘と重ねていたのかもしれない。
城の中にある温室にも来られないのであれば、おそらくあまり状態はよくないのではないだろうか。
「この花を持っていくと、メロディが喜ぶんだ」
なんて妹思いの優しい子なのか。
私にも何かできることがあればいいのだが⋯⋯
そんなことを考えていると、ついさっきまでニコニコしていたはずの王子の顔が突然曇った。
「ただ、どうしても花が虹色に光らなくて⋯⋯」
「にじいろ?」
「うん。絵本にね書いてあったんだ。『花が虹色に光りました』って。その絵がマナリィの花だったんだ」
「なるほど」
絵本だから作り話の可能性が高いだろう。
虹色に輝く花⋯⋯子どもが喜びそうだ。
(うーん⋯⋯あ)
でもたしかさっき、マナリィの花は魔力に反応して光るって王子が言っていた。
現に今も温室管理の魔力に反応してなのか、淡く光っている。
それなら花に直接魔力を流せば、もっと明るく光るかもしれない。
(虹色になるかは分からないけど、やる価値はあるよね?)
今より光れば、王子も王女もきっと喜んでくれるはず。
「クリスさま。はなをかしてもらってもいいですか?」
これは仕事じゃない。
純粋に何かしてあげたいと思っただけ。
「いいけど、何をするの?」
「うまくいくかはわからないけど⋯⋯」
たった一本の花だが、子どもの希望が込められた花だ。
間違っても、魔力測定器のように壊してしまうわけにはいかない。
だから少しずつ、慎重に魔力を花へ流していく。
(うわっ。この花、すごく魔力吸うな)
もっとちょうだいと言わんばかりに、流した魔力を次から次へと吸収していく。
私は魔力量が多いからまったく問題ないけど、他の人だったら一人じゃ難しいかもしれない。
(まだ?)
魔力を流し続けるも、花に変化は見られない。
一体いつまで魔力を流せばいいのか。
終わりの見えない作業に、一瞬残業という言葉が頭にちらついた、その時だった。
ピタリと魔力の吸収が止まったのは。
「おわったぁ⋯⋯え?」
「エステル!?」
しかしホッとしたのも束の間。突如として眩い光が辺り一帯を覆った。
(あ。これやっちゃったかも⋯⋯)
ただそう思う時は大体手遅れで。
「何事だ!」
そりゃあ王子様だもんね?護衛、大勢いるよね?
⋯⋯ああ、今すぐ帰りたい。
「王子、ご無事で⋯⋯えっ?」
「あれは⋯⋯」
「幻の花⋯⋯」
しかしどうしてだか、護衛たちは護衛対象を前にして、立ち止まってしまった。
(幻の花?)
仕事をしないで何をしているのかと護衛たちを見てみると、全員、何かに視線を向けている。
一体何に?
そう思ったところで、隣にいた王子がポツリとつぶやいた。
「⋯⋯虹色」
「え?」
私は思わず自分の手にある花に視線を向けた。
するとそこにあったのは、虹色に輝くマナリィの花。
(本当に光ってる⋯⋯)
キラキラと虹色に輝く花。すごく幻想的で美しい。
しかしどうしてか。この花からは面倒事の匂いがプンプンする。
一刻も早く、この花から離れないと危険だ。
「⋯⋯どうぞ」
私はさっさと王子へ花を差し出すことにした。
「クリスさまのねがいがかなってよかったですね」
コテンと首を傾げ、ニコッと笑う。
これは私がやったんじゃない。王子の純粋な思いがこうさせただけ。
だから、さぁ!早く受け取ってくれ!
「本当に虹色だ⋯⋯! これならメロディも喜ぶよ! エステル。悪いけどメロディのところに行ってもいい?早くこの花を見せてあげたいんだ!」
私の切なる想いが届いたのか、王子は嬉しそうに花を受け取った。
「はい。いいですよ」
「ありがとう! それじゃあまたね!」
元気に手を振り、駆け出す王子。
王子の護衛もようやく我に返ったようで、王子のあとをせわしなく追っていく。
「これでだいじょうぶ、だよね⋯⋯?」
一人になった温室で独りごちる。
なんとなくやらかした感はあるが、気にしたら負けである。
「⋯⋯かえろう」
早く家に帰って休みたい。ふかふかのベッドで心ゆくまでゴロゴロしたい。
だから帰るんだ、そう思ったのに⋯⋯
「どうやってかえるの⋯⋯?」
悲しいことに、王子に引っ張られて来たせいで道が全く分からなかったのである。
結局、虹色の花の話をどこかで耳にしたグレイに捕まり、根掘り葉掘り話を聞かれることになったのだった。
(おうちに帰りたいよぉぉぉ!)




