第3話 初めての謁見
部屋の中は驚くほど静かだった。
(面接会場みたい)
人の気配はあるのに恐ろしいほどの静けさ。
けれど視線だけは嫌というほど感じる。まるで入室態度を見ている面接官のよう。
歩くたびに擦れる布の音がやけに大きく聞こえる。
そして赤い絨毯の先にある、一段高くなった場所。
そこから二人の人物が座ったままこちらを見ていた。
私から見て左に座るのは、白金の髪に紫の瞳の男性。年齢は三十代半ばほどだろうか。
その姿は威厳がありつつも、どこか柔らかな雰囲気を纏っている。
そしてその隣に座るのは、若草色の髪を結い上げた青い瞳の女性。
穏やかそうな笑みを浮かべ、こちらを見つめていた。
(国王と王妃だ)
私をこの場へと呼び出した張本人。
たしかに優しそうではある。でも油断禁物だ。
(あ)
視線を戻すと、そこには見覚えのある人物がいた。
紺色のローブを羽織った白灰色の髪の男性。宮廷魔導士、グレイ・アドスタークだ。
あの日、彼がもっと丈夫な測定器を持ってきてくれていれば、こんなことにならなかったのに。
⋯⋯いや、それは八つ当たりか。ごめんね、グレイ。
この場の状況把握が終わったところで父が跪いた。
「レオン・ヴィンゼルート。陛下のお召しにより参上いたしました」
母も父に続き跪く。私も慌てて跪いた。
(ちゃんと報連相してくれぇ⋯⋯)
跪くなんて聞いてない。三歳児にこの体勢はきつすぎるんですが。
ぷるぷるしながら国王からの言葉を待つ。
「面を上げよ」
声が静かなこの場に響く。
「遠いところご苦労だった」
国王が穏やかに、けれど威厳のある声で言った。
「はっ。ありがたき幸せ」
そう言って父が立ち上がる。母に続き私も立つ。
(うぅ。まだぷるぷるする⋯⋯)
三歳児に身体を酷使させるなど労基違反⋯⋯いや違うか。
「君がエステル嬢かな?」
そんなことを考えていると、国王が私に声をかけてきた。
私はハッとして、急いで頭を下げる。
「はい。エステル・ヴィンゼルートです」
ペコリ。
さすがにカーテシーはまだ無理なので、丁寧に頭を下げた。ただ子どもらしさを忘れないように気をつけなければ。
「ふふっ。可愛らしい子ですね」
国王の隣に座る王妃が微笑む。
どうやら王妃にはちゃんと私が三歳児に見えたようだ。
(よし)
前世で何度も頭を下げた経験が活きた。素直には喜べないけど。
「ありがとうございます」
ここで相手が好印象を抱くように、ニコリと笑っておく。
「ほう。しっかりした娘だな、公爵」
「恐れいります」
「さぁ、エステル嬢。楽にしてくれ」
「はい」
(いよいよか)
何のために城へ呼んだのかは書状に記されていなかった。
けれどグレイがこの場にいることから、魔力量についてであるのは簡単に想像できる。
私は警戒レベルを一段階引き上げた。
「それでな、エステル嬢」
「はい、へいか」
「先日の魔力測定。これについて話を聞かせてもらえるかな?」
(やっぱり)
予想通りというか、当然というか。
そりゃあ魔力測定器を割る子どもなんて、そんなホイホイ存在しないはず。
ただ『これは転生特典なんです!』なんて言っても、おかしな目で見られるだけ。
ここはどう答えるべきか。
少し思案した後、私はなるべく悲しそうな顔を浮かべ言った。
「ごめんなさい⋯⋯」
「!」
「こわれるなんておもわなかったんです」
私の言葉で部屋の空気が少し変わった。
きっと今の私は、すごく可哀想な子どもに見えるだろう。
前世の私には許されなかった『可愛い子』だけが使える秘技。
私はある時のことを思い出す。
『ごめんなさい。私がちゃんとできなかったせいで⋯⋯ぐすっ』
『いや、君のせいじゃない。フォローすべき先輩が至らなかったせいだ。⋯⋯鳴沢くん。しっかり頼むよ』
『⋯⋯申し訳ございません』
ええ。なぜか後輩のミスをなぜか私が謝る羽目になりましたよ。
可愛いければなんでも許されるのかと、腹立たしく思ったものだ。
でも今の私は本当に可憐な三歳児。
自分で言うのも何だが、今世の私は非常に整った容姿をしている。喋らなければまるでお人形のよう。
それならそんな私が悲しそうに謝れば、皆の心に罪悪感が生まれ、話の流れを変えることができるかもしれない。
(さぁ、どうだ)
私はチラリと国王を見た。国王は何とも言えない表情を浮かべている。
これならさっさと話が終わるかもしれない。
そう期待した私だったが、残念ながらその考えは甘かったようだ。
「⋯⋯くく」
(ん?)
「ははは!」
国王が豪快に笑う。
(あ⋯⋯)
前世で何度も見たことがある。
無理難題を持って来た時の、社長の笑い方にあまりにもそっくりで。
その笑い方に背筋がぞくりとした。
このあと国王は何を言うのか。
耳の奥でドクンドクンと、嫌にうるさい鼓動の音を聞きながら待つ。
そして国王はひとしきり笑ったあと、言った。
「道具が壊れたくらいで、そなたを責めたりはしないぞ」
(!)
「⋯⋯ほんとう、ですか?」
発言の真偽を問うなど失礼であることは理解している。
けれどどうしても確認せずにはいられなかった。
はたして国王の答えは⋯⋯
「ああ。約束しよう」
穏やかな声と表情で国王はそう言った。
身体から力が抜けていくのがわかる。
ずいぶんと気を張っていたようだ。どうりで三歳なのに肩が痛いわけである。
「安心したかな」
「⋯⋯はい」
「それならばよかった」
くつくつと、国王は小さく笑った。
(この国王、できる)
これは国王への評価を上方修正しなければいけないだろう。
そんなことを考えていると、国王は何かをひらめいたように言った。
「立ったままでは疲れるだろう? 椅子を持ってきてくれ」
(え?)
国王の一言で、すぐさま使用人が椅子を持って来たかと思うと、あっという間に椅子に乗せられた。
「甘い物でも用意してくれ」
(甘い物?)
そして気づけば目の前には、苺の乗ったケーキとミルクが置かれていて。
(苺ショート⋯⋯)
――ゴクリ
どうしよう。これは罠かもしれない。
けれどこのふわふわなクリームとピカピカ輝く苺の誘惑に勝てるはずもなく。
私はぱくりとケーキを口に入れた。
(はわわ⋯⋯最っ高)
さすが王城というべきか。
もちろん公爵邸のケーキも美味しいが、また違った美味しさがこのケーキにはある。
私は幸せな気持ちで、次から次へとケーキを食べ進めていく。
「どうだ? ここのケーキはおいしいだろう?」
(はっ!)
一瞬たりとも気を抜いてはいけないのに、あまりにもケーキがおいしくて、国王との謁見中だったことをすっかり忘れていた。
「⋯⋯おいしいです」
ただケーキに罪はないので、素直に感想は伝える。
「気に入ってもらえたようでよかった」
「ありがとうございます」
そうだ。謁見はまだ終わっていなかった。
私は空になった皿を見つめ、改めて決意する。
(⋯⋯しっかりしないと)
ちょっと釣られてしまったが、なんの意図もなくケーキが出てくるわけがない。
緊張を解す目的もあったと思うが、それ以外にも何か目的があるはず。
「さて、エステル嬢」
ミルクのカップを置いたところで、国王が私の名前を呼んだ。
(きた)
私は背筋を伸ばし、次の言葉を待つ。
「測定器の件だが、どうだろう。よければこの場でもう一度測定してみてはもらえないかな」
「もういちど⋯⋯?」
「グレイ」
「はっ」
先ほどまでただ立っていたはずのグレイが、見覚えのあるものを持ってこちらへとやってくる。
目の前に置かれたもの。それはこの間使ったものと同じ魔力測定器だった。
「私もこの目で直接たしかめてみたくてね」
どうやら国王は自分の目で確認したいらしい。
報告書を信じていないわけではないが、魔力測定器が割れるなんて珍事はそう滅多にあることではない。だからこそ自分の目で見てみたいと。
まぁ国王の言うことも理解できる。
(でも)
私はそんな目立つようなことを、わざわざもう一度起こすつもりはない。
「エステル嬢。どうだろうか」
「⋯⋯できません」
「⋯⋯なぜか聞いても?」
周囲が息を呑んだのが分かる。
いくら三歳児とはいえ、国王の頼みを断るなど、命知らずにもほどがあるだろう。
でも私は引かない。
ここで引いたら、待っているのは望んでいない未来に違いないから。
「だって⋯⋯もったいないから」
けれどそんなことを馬鹿正直に言う必要はない。
私は子どもらしく振る舞う。それだけだ。
「わざわざこわすひつようはないとおもいます」
おそらく壊れるのは確定だ。自分でもそれは分かっている。
でもそれなら、わざわざもう一つ壊す必要ある?
答えは『ない!』
私の発言に場が静まり返る。みな戸惑っているようだ。
しかしやはりあの人だけは違った。
「⋯⋯くく、はははっ!」
国王の楽しそうな笑い声が部屋中に響く。
「たしかにエステル嬢の言うとおりだな。壊れると分かっていて使うのはもったいない」
(ふぅ。よかった)
この国王、意外と話が通じる。
そう少しだけ安心した、その時だった。
――バン!
閉ざされていた扉から、勢いよく人が飛び込んできたのは。
(え?)
私は思わず後ろを振り返る。
するとそこには白金の髪の少年が立っていた。
「父上!」
元気いっぱいの声の持ち主は、青い瞳をきらきら輝かせている。
「⋯⋯はぁ」
国王は額に手を当てている。
どうやら国王にとっても、予想外の出来事らしい。
「クリス」
「はい!」
「なぜここへ来た」
「え?」
クリスと呼ばれた少年は、国王の問いにきょとんとしている。
「なぜかと聞いているのだ」
「えっと、それは⋯⋯」
ようやく今になって自分がいけないことをしてしまったと気づいたらしい。
声が徐々に小さくなっていく。
「⋯⋯すごいやつが来てるって聞いたから、どんなやつか見てみたくて⋯⋯」
最後の方はなんて言っているかよく聞こえなかった。
ただずいぶんと目に見えて落ち込んでいるのは分かる。
(なんかかわいそうかも)
急な乱入には驚いたが、相手は小さな子どもだ。
一度くらい許してあげてほしい。
だから助け舟を出すことにした。
「クリス。お前はいつになったら落ち着いて⋯⋯」
「へいか」
「⋯⋯どうかしたかな」
「このこはだれですか?」
私は首を傾げ言う。
「ああ、紹介がまだだったな。この子はクリス。私の子だ」
「くりすさま?」
「そうだ」
予想通り、白金の髪の少年は国王の息子だった。
歳は七、八歳だろうか。
私の中で王子様といえば理知的で落ち着いているイメージだが、目の前の王子様はずいぶんと活発そうだ。
「父上。この女の子は誰ですか?」
「彼女はヴィンゼルート公爵令嬢だ」
「クリスさま、はじめまして。エステル・ヴィンゼルートともうします」
椅子から降り、ペコリと頭を下げる。
「エステル?」
「はい」
「父上!この子すっごくかわいい!」
「こら。お前もしっかり挨拶しなさい」
「あっ、そうだった!」
王子がタタタッと駆け寄ってくる。
「僕はクリス・ノル・エスペランゼ」
ニコッと太陽のように笑う王子。
(かわいい)
男の子にかわいいは失礼かもしれないが、心のなかで思う分には問題ないだろう。
しかし王子相手にそんなことを思ったのがいけなかったのか。
次の王子の発言に、私は恐れおののくことになる。
「ねぇ、エステル」
「はい。なんでしょうか」
「僕と友達になろうよ!」
(え)
差し出された手。
私はその手を愕然と見つめた。
(ど、どうしよう)
この手を取れば私は王子と友達になってしまう。
王子と友達だなんて、面倒ごとのオンパレードではないだろうか。
しかし相手は王子である。前世風に言えば社長の息子。要するに対応を間違えるとやばい。
それに王子も子ども。先ほどのように子どもらしく対応しても効果はない。
「⋯⋯よろしくおねがいします」
王子の手をキュッと握る。
残念ながら私にはこの選択肢以外存在しなかった。
「やった!」
(のぉぉぉ!)
王子の満面の笑みとは反対に、私は心の中で一人頭を抱えるのであった。




