第2話 城へ
王都へ向かう馬車の中。
私は窓の外をぼんやり眺めながら、小さくため息をついた。
「はぁ⋯⋯」
外から見えるのどかな風景。今はそれがひどく恨めしい。
雲ひとつない青空に、そよそよと気持ちよさそうな風が吹き木々を揺らしている。
小鳥は歌い、人々は笑い合っている。
外は平和なのに、どうして私だけがこんな目に遭っているのか。
帰りたい。公爵家の屋敷へ。ふかふかのベッドへ。
そしてのんびりゴロゴロが許されていたあの生活へ。
どうして私は城へ行かなければならないのか。
(まだ三歳なのに)
いや、原因は分かっている。
はじまりはあの魔力炉の件だ。
もし私が口を出さなければ、屋敷が吹き飛んでいた。
だからこれは仕方ないとは思う。それに魔力測定器の件も。
だけど結果として、王家に目を付けられてしまった。
本当についていない。
(ほっといてほしい)
どうせ出張手当が出るわけでもないんだから。
「はぁ⋯⋯」
もう一度ため息をつく。
「エステル」
すると向かいに座る父から声を掛けられた。
「⋯⋯なんでしょうか」
父が宮廷魔導士なんて呼ばなければこんなことにはならなかったのに。
そう思うと、自然と冷たい反応になってしまう。
「怒っているのか?」
「いいえ」
「いや、怒っているだろう?」
(しつこい)
怒るようなことをしたと自覚があるのなら反省してほしい。
三歳児だからと、私の意思を無視するのはいただけない。
私はツン、とそっぽを向いた。
「エステル。怒っていると可愛い顔が台無しよ」
「⋯⋯おかあさま」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。陛下はお優しい方だから」
そう言って、私の隣に座る母が優しく頭を撫でた。
「⋯⋯」
(優しいねぇ⋯⋯)
母には国王がそのように見えているのかもしれないが、国のトップに立つ人間が優しいだけの人であるはずがない。
ただそう思っても、空気を読める私は何も言わないが。でも、
(優しい上司ほど仕事を振ってくるんだよ……)
それで前世、何度痛い目を見てきたことか。
優しい上司でよかったなんて思ったのがそもそもの間違いだったのだ。
『いつも悪いね』
『鳴沢君がいて助かるよ』
『今回もお願いできるかな?』
言い方は非常に優しい。だからこそ嫌だと言いにくい。
でも受け入れたら最後。待っているのは大量の仕事。
ほんとあの上司、許すまじ。
(今回は優しさに絆されてなるものか)
何を言われようとも絶対に断ろう。
たとえ私に利益がある話でも、いつかその利益に対し恩着せがましく面倒事を押し付けてくる可能性だってある。
私の目標は働かないこと。
それを忘れてはならない。
◇◇◇
しばらくして馬車が止まった。
「着いたようだな」
父の言葉に窓の外を見る。
目の前には巨大な門に高い城壁。そしてその奥には壮大な城があった。
(でか)
公爵家の屋敷もかなり大きい。
だけどそれすらも比べ物にならないほど、王の住む城はでかかった。
門の前で騎士たちが整列し、私たちを待っている。
「ヴィンゼルート公爵閣下、ならびに公爵夫人様、ご令嬢様。ご到着をお待ちしておりました。中で陛下がお待ちです」
門がゆっくりと開いた。そのまま馬車は城内へと進んでいく。
私はちらりと窓を見た。
忙しそうに歩く使用人。
書類を抱え走る文官。
眠そうに目をこする医官。
(⋯⋯ここ絶対ブラックだ)
一目で確信した。
ここで働いたら、私は前世と同じ終わりを迎える。
それは絶対に嫌だ。
私はあまりの恐ろしさに思わず腕をさすった。
それから少しして馬車が止まった。
扉が開き最初に父が降りる。次に母。そして最後は私だ。
「エステル」
父が手を差し出してくれた。
たくさんの人がこちらを見ている。
ここは子どもらしさを忘れないように気をつけなければ。
「ありがとうございます」
礼儀正しくお礼を言ってから父の手を取り、馬車を降りた。
父の後について城の中へ入る。
中へ一歩足を踏み入れると、そこには赤い絨毯が真っ直ぐにどこまでも続いていた。
(うえ。掃除大変そう)
『すごい』や『高そう』という感想より先に、そんなことを考えてしまう私。
前世で絨毯の上にコーヒーをこぼしやがった上司を思い出す。
『もう次の会議が始まるから、鳴沢くん。悪いけど頼んだよ』
そう言ってさっさと逃げていった上司。
結局私が掃除させられる羽目になりましたよ。ええ。
「こちらへお願いいたします」
ここからは、案内役の侍従のあとに続いていくようだ。
テコテコと廊下を歩いていくと、すれ違う人たちが、次から次へと父に礼をしていく。
さすが公爵家の当主。城の人間にも知られているらしい。
(でも、城のコネなんていらないからね?)
そんなことを思いながら、私は静かについていく。
――テコテコテコ。
「あら」
「まぁ。公爵閣下の?」
「可愛らしいわね」
(はぁ⋯⋯)
目立ちたくないが、どうしてもこの容姿では目立ってしまう。
「気にしなくていい」
父はなんてことないかのように言う。
「はい」
(無理です)
しばらく歩くとようやく目的の場所に着いたようで、侍従が立ち止まった。
「こちらで陛下がお待ちです」
侍従はそう言うと、目の前の大きく立派な扉に向かって口を開いた。
「ヴィンゼルート公爵家の皆様がいらっしゃいました」
すると中から返事が聞こえた。
『通せ』
そして重厚な扉がゆっくりと開いていく。
とうとうこの時が来てしまった。
(……早く終わってほしい)
私は小さく息を吐くと、父と母のあとに続いて扉の内側へと足を踏み入れたのだった。




