第20話 深呼吸
「たぶん、あのひとです」
おやつタイムが終了した私は、空いた皿に名残惜しさを感じつつ報告を始めた。
事は重大だと理解しているので、さすがにおかわりは我慢する。
「やはり⋯⋯」
国王が呟く。国王もハジェス侯爵が怪しいと思っていたようだ。
「侯爵ともあろう者が、なんて愚かな!」
「アルト⋯⋯!」
父とグレイが怒りの声を上げる。
(気持ちは分かる)
アルト・ハジェス。
侯爵家の当主であり、次席宮廷魔導士である男。
まさか国に仕える者が、王家を、しかも子どもを害するなんて。
国に仕える立場である父とグレイの怒りは最も。
国王の胸中はとても計り知れない。
でもだからこそ、今は冷静にならなければならない。怒りは目を曇らせるだけだ。
(一度切り替えないと)
私はソファからぴょんと降りた。
「エステル嬢?どうかした⋯⋯」
「たってください」
「エ、エステル?」
三人の視線が私に向く。
そして私は腰に手を当て、大きな声で言った。
「いまからみんなで、しんこきゅうします!」
「「「しんこきゅう⋯⋯?」」」
どうやらこの世界に深呼吸という言葉はなかったらしい。でも私はそんなのおかまいなしで続ける。
「おおきくいきをすってーはいてー⋯⋯ほらみんなもやってください!」
「え?あ、ああ⋯⋯」
「わ、わかった」
「はい!それじゃあ、すってーはいてー⋯⋯」
――一分後。
「おわりです」
これくらいでいいだろう。そう思い終わりを告げると、父が迷いながら尋ねてきた。
「エステル。これは一体⋯⋯」
父の顔に、先ほどの怒りはない。
「みんな、こわいかおしてました」
「え?」
きょとんと呆ける父の顔に思わず笑いそうになったが、私より先に誰かの笑い声が聞こえた。
「くくく⋯⋯」
「陛下?」
「どうやら我らは冷静じゃなかったらしい」
「⋯⋯たしかに」
「ええ、そのとおりです⋯⋯」
国王の言葉に、父もグレイも、自分たちが怒りの感情に振り回されていたことに気付いたようだ。
「そなたのおかげで助かったぞ」
「はい。もうこわくないです!」
怖くなくなって嬉しい。そんな風を装って無邪気にニコッと笑う。
ただ内心なにかご褒美くれないかなぁ、なんて思っているのだけれど。
さて、切り替えもできたことだし、ここからは真面目な話をしよう。
「ハジェスこうしゃくのまりょくのいろはあかでした」
王女の身体にある魔力の結晶。あの日視た見覚えのある色。そして侯爵の中で揺らいでいた魔力。
そのすべてが同じ色だった。
この状況から導き出される答えは一つ。
しかしここで大きな問題がある。
「それならばすぐにでも侯爵を捕らえ⋯⋯」
「しょうこは?」
「証拠なら魔力の色が⋯⋯あ」
(そうなんだよねぇ)
犯人がハジェス侯爵であるのは間違いないだろう。けれど侯爵を捕まえるために、は確実な証拠が必要になる。
魔力の色はたしかに同じだ。だから私は侯爵が犯人だと分かる。
しかし魔力が視えるのは私一人だけ。
『魔力の色が同じだから』
さすがにこれだけでは侯爵を捕まえることはできない。
問い:ではどうするべきか?
答え:何もしない!
(だって、私の役目は終わりだもん)
魔力を視て犯人を突き止めた。国王との約束はこれで果たしたはず。
王女の病気を治すとは決めた。でもそれと犯人を捕まえるのは話が別。
私は三人の大人たちに視線を向ける。
私が思考にふけっている間に、各々がこれからどうすべきかを真剣に話し合っていた。
(あとはできる人に任せればいい)
三歳児の出番はここまでだ。
私はようやく肩の荷が下りたと、そっと小さく息を吐いたのであった。
そしてこの日から二週間後。
私は、ハジェス侯爵が捕らえられたことを知ることになる。




