第17話 小さな約束
王女の部屋の前にたどり着いた。
(いよいよだ)
目の前の扉が開く。
そして足を踏み入れると、目の前の光景に驚いた。
「メロディさま?」
いつもベッドの上で優しく微笑んでいた少女。
その少女が、今私の目の前に立っている。
「エステル!」
私の名を呼ぶと、少女は一歩を踏み出した。
その足取りは少し覚束ない。けれどたしかに前へと進んでいて。
手を伸ばせば届く距離。
最後にその距離を縮めたのは、目の前の少女だった。
「久しぶりね」
私の手を取り、ニコリと微笑む王女。
以前とは違う微笑み。
一ヵ月前はどことなく儚さを感じる微笑みだった。 でも今の微笑みは、これまでになかった力強さを感じた。
(よかった)
そっと心の中でつぶやく。
「はい。おひさしぶりです」
私も笑顔であいさつを返す。
「ふふっ。また会えて嬉しいわ」
「わたしもです」
互いに再会を喜ぶ。
そして挨拶が終わると、私たちを静かに見守っていたグレイが口を開いた。
「それでは診察を始めましょう」
場所を移動し、王女はソファに腰掛ける。
私はしっかり王女の隣を陣取った。
「また手を繋ぐ?」
王女が優しく問いかける。
改めて言われると恥ずかしいが、その提案に乗らない手はない。
「はい」
そうして王女の診察が始まった。
グレイが王女に色々と質問しながら診察が進んでいく。
その間に私は王女の魔力を視た。
(えーっと⋯⋯)
「あ」
(いけない)
「エステル?」
王女が不思議そうに私を見る。グレイもこちらを気にしている。
私はヘラっと愛想笑いを浮かべた。
「なんでもないです」
思わず声が出てしまった。もっと気を引き締めなければ。
もう一度魔力を視る。
赤い魔力の結晶があったところ。そこに意識を集中させた。
(やっぱり⋯⋯)
見間違いではなかった。
赤い魔力の結晶が、前回視た時より小さくなっている。大体半分くらいだろうか。
結晶が小さくなったからか、王女本来の魔力の流れがスムーズになっている。
きっとそのおかげで立って歩けるまでになったのだろう。
そのあとは他におかしなところがないか視ていく。
(うん。問題なし)
前回のように赤い魔力は見当たらなかった。
どうやらこの一ヵ月は非常に有用なものになったらしい。
チラリとグレイを見る。
私の視線に気づいたようで一瞬目が合う。
そして私が小さく頷くと、グレイも頷いた。
「これで診察は終わりになります」
「あっ⋯⋯はい」
「王女殿下?」
グレイが王女を呼ぶ。その声につられて私も王女を見た。
私の位置からでは横顔しか見えない。それでも何か言いたそうに、口を動かそうとしているのが分かる。
グレイもそう思ったのか、王女に優しく尋ねた。
「何か気になることがありますか?」
「あの⋯⋯」
(あ)
その時、王女が私の手をキュッと握った。その手は微かに震えていた。
(不安なんだ)
これまでずっとベッドから動けない日々だった。しかしそれが今では立って歩けるまでになった。
だから希望を持ってしてしまう。
もしかしたら病気が治るのかもしれないと。
けれどそれを言葉にするのは怖いのだ。
治らない。これは一瞬の幻想。
そう言われたらどうすればいいのか。
不安からか魔力が揺れている。健康な人なら多少の揺らぎは問題ない。
けれど王女には負担になる可能性が高い。
(どうする?)
一番は不安を取り除くこと。
でも今ここで病気が治るとは断言できない。
嘘をつくのは簡単だ。けれど私は王女に嘘をつきたくない。
私は握られた手をさらに強く握り返した。
「なおるかはわかりません」
「っ、エステル⋯⋯?」
まさか私が口を開くとは思ってもいなかっただろう。驚きから身体が少し跳ねる。
私は王女に身体を向け、目を見て言った。
「でも、しんじてください」
「信じる⋯⋯?」
「はい。メロディさまにげんきになってほしいとねがってるひとがたくさんいます」
「願っている人⋯⋯」
「いまそのひとたちは、びょうきをなおすためにいっぱいがんばってます」
「!」
「だからメロディさまもしんじてください」
『私が治す』なんて言えたらすごくかっこいいだろう。
でもそれは無理だと分かっているから、絶対に言わない。
だけど知っていてほしい。
みんな王女が元気になることを信じていると。
「エステル⋯⋯」
「げんきになったら、いっしょにおやつをたべましょう」
「⋯⋯うん」
「クリスさまもいっしょに」
「うん」
私は小指を立てた手を王女に差し出す。
「やくそくです」
約束は必ず守らなくてはならない。
だからこの小さな約束が、少しでも心の支えになってくれたらいい。
「⋯⋯ええ。やくそくするわ」
王女の小指が私の小指に絡む。
その時、王女の目から一筋の涙がこぼれた。
◇◇◇
「それでは私たちはこれで失礼します」
「はい。ありがとうございました」
「またあいにきます」
「ええ。待っているわ」
やるべきことを終えたので、挨拶をして王女の部屋をあとにする。
けれど部屋から出る前に、ひとつ伝え忘れていたことを思い出した。
(そうだった)
私はくるりと振り向いた。
「ハジェスこうしゃくしそくから、でんごんをあずかってます」
「カイル様から?」
「『とてもしんぱいしています』」
「!」
「そういってました」
婚約者に伝える言葉にしては短い。
けれどこれは彼の精一杯の想いなのは間違いない。
「⋯⋯そう。カイル様が⋯⋯」
そう言って王女は小さく微笑んだ。
きっと彼の想いは届いただろう。
「それではしつれいします」
そうして私たちは静かに部屋をあとにしたのだった。




