第16話 侯爵令息
王女の面会謝絶期間である一ヵ月が終わる今日。
私は、父と共に城を訪れていた。
「エステル嬢。今日はよろしくお願いします」
出迎えてくれたのはグレイ。
通常なら城の正門から入城するのだが、今日はなるべく人目を避ける必要がある。
そのため裏口から城へと入ることになった。
「はい」
「何かあったらすぐに言うんだぞ」
父はその場でしゃがむと、私の目を見て言った。
その目は心配だと言わんばかりだ。
「わかりました」
私はコクンと頷く。
その心配は、ミドサーの私にとってはすごくくすぐったい。
でも三歳児の私にとっては、すごく心強い。
父と別れ、王女の部屋へと向かう。
「グレイさまは、おうじょさまにあってるんですよね?」
「ええ。体調の確認で週に一度ですが」
いくら面会謝絶といっても、主治医であるグレイは対象外である。
(ちゃんと魔力の色は確認済み)
グレイの魔力は水色。間違いなく犯人ではない。
「よかったです」
週に一度、体調確認のためにしか王女に会わなかった。
それは裏を返せば、王女の病が改善している証拠。
病状が悪化していれば頻繁に診察しているはず。
まだ直接この目で見たわけではないが、ひとまずホッとした。
そのままグレイと会話をしながら歩いていく。
そしてまもなく王族の居住エリアにたどり着くという時、後ろから声が聞こえた。
「アドスターク様!」
(子どもの声?)
グレイを呼ぶ声に心当たりはない。
一体誰だろう。そう思った私はその場で立ち止まり、後ろを振り向いた。
(赤⋯⋯)
振り向いた先にいたのは一人の少年。
背格好は王子より少し大きいくらいだろうか。
ただこちらの少年は王子と違い、大人しそうに見える。
とくに目立つような容姿ではない。ただ一点気になるとすれば少年の髪の色。
少年はあの男によく似た赤い髪をしていた。
「このような場所でどうしましたか。ハジェス侯爵令息」
(ハジェス!)
前回、王女の診察へ向かう際に会った感じの悪い男。
たしか息子が王女の婚約者だと言っていたが、この少年がそうなのだろうか。
「その、王女殿下の体調は⋯⋯」
「申し訳ありませんが、私の口からは何も」
「あ⋯⋯そう、ですよね」
グレイの言葉にハッとした少年は、頬を朱に染め俯いてしまった。
子ども相手に可哀想とは思うが、こればかりは仕方がない。
王族の健康状態は機密中の機密。
王女の病は公表されてはいるが、病状に関しては公にしていない。
そんな国家機密を教えてほしいなど、無礼だと切り捨てられてもおかしくない行為。
(三歳の私だって、お父様に教わったよ)
だから目の前の少年――ハジェス侯爵令息も知っているはず。
それなのに、それを口にしたのはなぜだろう。
私は静かに彼を見る。
「ここにはお父上の指示で来られたのですか?」
「えっ? ち、違います」
「ではなぜここに?」
グレイの疑問は当然だ。私も同じことを思ったから。
この先は王族の居住エリアだ。そして王女は面会謝絶。
いくら王女の婚約者といえ、会えもしない婚約者に会いに来たとは思えない。
彼がここに来た理由。それは一体何なのだろうか。
「⋯⋯」
しかし彼は黙ったまま。
グレイは小さく息を吐いた。
「言いたくないのでしたら仕方ありません。このことは陛下に報告させていただきます」
「そ、それは⋯⋯」
「では先を急ぎますので。エステル嬢、行きましょう」
私たちにはやるべきことがある。
グレイはこれ以上は時間の無駄だと判断したようだ。
私もグレイの判断は正しいと思う。
(でも)
確認だけはしておきたい。
「エステル嬢?」
グレイが戸惑っているのが分かる。
けれど私はテコテコとハジェス侯爵令息へと歩み寄り、そして尋ねた。
「しんばい?」
「え⋯⋯」
「おうじょさまがしんぱい?」
「!」
じっと目の前の少年を見つめ、答えを待つこと数十秒。
「⋯⋯心配です」
決して大きな声ではない。けれど彼ははっきりと、嘘偽りのない気持ちを口にした。
「わかりました」
それだけ言い、グレイのもとへと戻る。
「いきましょう」
「ええ」
そして私たちは歩き始めた。
「あ、待って⋯⋯」
後ろから呼び止める声が聞こえる。しかし私たちが立ち止まることはない。
それでも最後にひと言だけ、伝えてあげよう。
一度だけ立ち止まり、くるりと後ろを振り向いた。
「さっきのことば、おうじょさまにつたえます」
それだけ言って、私は再び前へ歩みを進める。
その後ろで、小さな声が聞こえたが、それには振り返らなかった。
「ありがとう⋯⋯」
きっとこの時彼は予感していたのだろう。
自身はもう二度と、王女と会うことができないと。




