第13話 婚約事情
「じせききゅうていまどーし?」
お昼寝から目覚めた私は、寝落ちる前に思い出したことをグレイに尋ねた。
「はい。あの者の名はアルト・ハジェス。ハジェス侯爵家の当主であり、次席宮廷魔導士です」
王女の診察に行く途中に出会った赤い髪の男。
あの男は何者なのかと思っていたが、予想以上に地位のある人物だった。
(てっきり小物かと)
前世でよく大口を叩いていた上司みたいだなと思っていた。
「あの者は、私が筆頭魔導士であることが気に入らないのです。爵位はあちらが上ですから」
(なるほど)
ハジェス侯爵は身分や血筋が一番だと考えているらしい。だから伯爵であるグレイが気に入らないと。
たしかにこの世界は階級社会だ。
私だって公爵家の令嬢。身分が大切なのは分かる。
けれど宮廷魔導士の世界は、貴族のそれとは別だ。
完全実力主義。エリート中のエリート。
次席になるだけの実力はあるようだが、人間性は大いに問題があると言わざるを得ない。
「だからああして顔を合わせるたびに突っかかってくるのです」
「⋯⋯おとなげないですね」
いい歳をした大人がみっともない。そんな大人にはなりたくないものである。
「貴族らしいと言えばそうなのかもしれなのですが⋯⋯。ただご子息が王女殿下と婚約してからさらにひどくなりまして。エステル嬢にも嫌な思いをさせてしまいましたね」
そう言ってグレイは申し訳なさそうな表情をしていたが、悪いのはあっちだ。
「グレイさまのせいではありません」
「エステル嬢⋯⋯」
だけど解せないことが一つある。
「でもわかりません」
「何がでしょう?」
「グレイさまへのぶれいくらい、へいかならしっているとおもうのですが」
「⋯⋯ええ。もちろん陛下もご存じです」
(やっぱり)
城の中にはたくさんの目と耳がある。知られているのは当然だ。
でもだからこそ不思議なのだ。
なぜ聡明な国王が、大切な娘の嫁ぎ先にあんな男の家を選んだのかと。
「それは⋯⋯」
言い淀むグレイ。
グレイのその様子に、自身の予想は当たっているのだと確信する。
「おうじょさまがびょうきだからですか?」
「っ⋯⋯本当にエステル嬢には驚かされますね。⋯⋯ええ、そのとおりです」
グレイが驚くのも無理はない。
まさか三歳児がそのような事情まで察しているなんて夢にも思わないだろう。
(だけど私は人生二度目だから)
前世の私は結婚とは無縁だったが、社会に揉まれ三十五歳まで生きたのだ。それくらいの予想は簡単につく。
グレイの話によれば、王家に女児が生まれた場合は、他国に嫁ぐのが慣習なのだそう。
婚姻をもって国と国を繋ぐ。王女はそんな大きな役目を担う、はずだった。
しかし王女は生まれてすぐに病にかかってしまう。
病状は日常生活を送るのも困難なほど。
そんな状態で他国に嫁ぐことは不可能。国内ですら相手が見つかるかどうか。
そんな時にハジェス侯爵から婚約の申し出があった。
ハジェス侯爵には息子がおり、王女との歳の差は四つ。
ハジェス侯爵の言動に問題があるのは分かっていた。けれど、国王は王女とハジェス侯爵令息の婚約を認めることにしたのだ。
理由は歳の差が許容範囲内であること、王女が降嫁するに足る爵位であること。
それと他にも理由があり、婚約当時すでに王女と年齢的に釣り合い、かつ婚約者がいない高位貴族の令息がいなかったこと。
そんな理由から、ハジェス侯爵令息との婚約に踏み切ったのだそうだ。
娘にはできる限り不自由をさせたくない。
国王にとっては、そんな思いで結んだ婚約だったのだろう。
(貴族の結婚ってめんどくさい)
私も貴族である以上、いつかは結婚しなくてはいけない。
でもめんどくさいものはめんどくさい。
いっそ結婚しなくてもいい方法があればいいのに。
(⋯⋯まぁそれはあとで考えるとして)
国王が、王女をいい条件の家に嫁がせたいというのは分かった。
でもそれなら侯爵側が得られる利益は何か。
この婚約は侯爵側から提案されたもの。貴族の結婚は家同士の契約。
決して王女が不憫だからなんていう理由ではないはずだ。
「ハジェスこうしゃくが、おうじょさまとのこんやくをのぞんだりゆうはなんでしょう?」
「おそらくは⋯⋯」
(!)
グレイが言葉を口にしようとしたその時、テーブルの上に置かれていた魔道具が光った。
『アドスターク様。準備ができましたので、すぐにお越しください』
「承知しました」
グレイが平然と返事を返すと、魔道具から光が消えた。
(びっくりした⋯⋯)
突然光ったかと思ったら、魔道具から声が聞こえてきて驚いた。
前世の記憶があっても、驚くものは驚く。
(受信音くらい鳴らしてくれぇ)
心の中で魔道具の性能に文句を垂れていると、グレイが立ち上がった。
「さぁ、参りましょう」
差し出される手。私はその手を見て疑問に思う。
(⋯⋯どこに?)
たしか準備ができたとか言っていたけど⋯⋯
(あ)
帰りの馬車の準備ができたということか。そう一人納得する。
私がここで寝てしまったから、グレイは馬車を手配し起きるまで待っていてくれたのだ。
「ありがとうございます」
忙しいのに申し訳ないと思いつつ、差し出された手を取る。
「では、えっけんのにちじがきまりましたられんらくを⋯⋯」
連絡をくれ。そう言おうと思った。しかし、
「エステル嬢。謁見は今からです」
「⋯⋯はい?」
「今から陛下の元へ向かいます」
「⋯⋯」
さも当然かのように言うグレイ。
たしかにお昼寝はした。
ただ高級なソファではあったが、自室のふかふかベッドには到底敵わない。
だから寝ていたと言っても一時間程度。
それなのに、もう謁見の準備ができたというのか。
(⋯⋯仕事早すぎ)
早く報告するに越したことはないのは分かっている。
けれど相手は国のトップ。その日の予定はすでに埋まっているだろう。
だから謁見は早くても三日後くらいかと思っていたのに、まさか今からとは。
国王だけではなく王妃も呼んだというのか。
(とほほ⋯⋯)
今日はもう帰っておやつを食べようと思っていたのに。
今から謁見では、帰る頃には日が暮れているはず。
そうなれば絶対におやつは出てこない。
(はぁ⋯⋯)
心の中で盛大にため息をついた私だったが、今日だけは仕方ない。
王女のため、少しでも早く報告できる機会が得られてよかったと思うことにしよう。
(あとで今日の分のおやつは補填してもらうんだから!)
そう強く決意し、グレイと共に国王の元へと向かう。
そしてたどり着いた部屋へ足を踏み入れた瞬間、私の強い決意は霧散することになる。
「おやつの時間にすまないな。まずはケーキでも食べなさい」
「はい!」
(さすが国王!)
できる上司のおかげで、今日も私はおいしいおやつにありつけたのであった。




