第12話 希望と裏切り
「⋯⋯エステル嬢。あなたは一体何を視たのですか?」
グレイが静かに問いかける。
私が視たもの。
それは希望と裏切りだった。
「けっしょうはこのまえみたときよりもちいさくなっていました」
「っ、それは本当ですか!」
「はい」
グレイの言葉にコクンと頷く。
小さくなっていたのは間違いない。
「ならば王女殿下の病は⋯⋯」
魔力の流れを阻害していた結晶が小さくなっていた。
その事実は何年もの間、病に向き合ってきたグレイにとってはまさに希望の光だろう。
けれど、その光にはまだ手は届かない。
「でも、おうじょさまのてにあかいまりょくがありました」
「⋯⋯手に、赤い魔力?」
「はい。ほんのすこしだけど、まちがいありません」
王女の魔力は緑色だ。
それにもかかわらず結晶の他にも、身体の中に赤い魔力が存在していた。
魔力の色は一人ひとつ。普通ならあり得ない。
「ふしぎだなっておもって、そのあかいまりょくをみていました」
この魔力は何なのだろう。
そう思い注意深く観察していると、信じられないことが起きたのだ。
「あかいまりょくがからだのなかをながれて、あかいけっしょうとがったいしました」
「なっ!」
「そしてけっしょうがすこしおおきくなったんです」
「結晶が大きく⋯⋯それは、本当ですか⋯⋯?」
グレイの声が震えている。
信じられないような話だが、実際にこの目で視たので間違いない。
「まちがいありません」
この事実から分かること。
誰かが意図的に王女に魔力を流し込み、結晶を作り出したということ。
おそらく生まれてすぐの王女に大量の魔力を流し込み、結晶化させた。
そしてそのあとは結晶が小さくならないように、定期的に魔力を流し込んでいたのだろう。
手に視えたわずかな赤い魔力。
あれはつい最近、手から魔力を流し込んだ痕跡。
「あかいまりょくのもちぬしが、おうじょさまをがいそうとしています」
「くっ⋯⋯」
グレイの表情が苦悶に歪む。
予想はしていたが、できることなら外れてほしいと願っていた。
けれど王女の手に触れられる人物なんて限られている。
そしてそれができる人物は、王女に近い人物であること。
「へいかにほうこくしましょう」
「それは⋯⋯」
「いちばんつらいのはおうじょさまです」
「!」
信じたくない気持ちも分かる。けれど確実に、王女を害そうとする犯人がいるのだ。
それが分かった時点で、国王に報告するべきだ。
すでに二人で抱えるにはことが大きくなりすぎている。
無理して抱えてもいいことなんてない。
私たちが一番にするべきこと。それは王女の病気を治すこと。
その目標を見失ってはいけない。
(しっかりして)
「グレイさま」
そんな思いを込めてグレイの名を呼ぶ。
名を呼ばれたグレイはハッとしたように顔を上げ、少しの間を置いて口を開いた。
「⋯⋯エステル嬢の言うとおりですね。申し訳ありません。どうやら冷静さを失っていたようです」
ふぅ、と大きく息を吐く。
「急いで陛下への謁見を申請しましょう」
グレイの目には先ほどまでの動揺の色はない。
今は強く決意をした、そんな目をしていた。
「おうひさまもいっしょにきてもらったほうがいいとおもいます」
グレイに助言をする。
謁見の時に視えた国王と王妃の魔力の色は赤ではなかった。だから伝えても大丈夫だろう。
グレイも私の言葉でそれを理解してくれたのか、大きく頷いた。
「分かりました」
グレイは謁見を申請するために書状を認め始めた。
最初のうちはその様子を眺めていた私だったが、滑らかなペンの動きに、次第に瞼が重くなってくる。
(ねむい⋯⋯)
そういえばもうすぐ昼寝の時間だ。
色んなことがあって忘れていたが、身体は正直だ。
こんな大変な時にとは思わなくもない。だけど三歳児に昼寝なしはきつい。
頭もぼーっとしてきた。
すぐにでも瞼を閉じてしまいたい。でもまだ閉じるわけにはいかないと一人で葛藤する。
何とか目を開き、グレイの様子を見る。
どうやら文章は書き終わったようで、ちょうど最後に印を押したところだった。
そして印が紙から離れると、紙の上に赤い色が見えた。
(赤⋯⋯あか⋯⋯)
たしか聞かなければいけないことがあった。けれどこれ以上はもうもちそうにない。
(寝てからでいいや⋯⋯)
そうして私はスヤァと、お昼寝タイムに突入したのであった。
◇◇◇
「エステル嬢。私は謁見の申請に⋯⋯おや」
書状を書き終え机から顔を上げると、小さな同志がソファにコテンと倒れるように眠っていた。
疲れたのか微動だにせず、スースーと寝息を立て眠っている。
「⋯⋯もうそんな時間でしたか」
三歳の子どもに無理をさせてしまった自覚はある。それに諭されもした。
本当に不思議な子だ。
膨大な魔力を持ち、魔力を視ることのできる少女。
三歳児らしからぬ言動をするかと思えば、子どもらしくおやつと昼寝には貪欲で。
まだ数回しか顔を合わせていない。
それなのに私はもうこの子から目が離せない。
通信用魔導具を起動し、部下を呼ぶ。
そして部下に書状を託した私は、小さく息を吐いた。
「邪魔をするわけにはいきませんからね」
ことがことだけに、直接謁見の申し込みに行こうと思ったが、この子を一人残していくわけにはいかない。ローブの留め具を外す。
このローブは宮廷魔導士の証だ。決して人に貸していいものではない。
けれど今だけは、この子の安らかな眠りの一助になればいい。
「ゆっくり休んでください」
私は彼女を起こさぬよう、そっとローブを掛けた。




