第10話 見覚えのある色
マカロンを食べたあと、私たちはこれからについて話し合った。
とりあえず最優先でやることは二つ。
まずは王女の状態を把握すること。
王女の身体の中に二つの魔力が存在するのは間違いない。でもそれはほんの短い時間ただ視ただけ。
これでは正確に把握できたとは言えない。
じゃあどうするか。
「エステル嬢に王女殿下を診ていただきたい」
本来ならば、それは主治医であるグレイの役目。
けれどこれは私にしかできないこと。
私はグレイの申し出を受け入れた。
そしてもう一つ。
これも私にしかできないこと。
「ヴィンゼルート公爵の説得をお願いします」
やると決めたのだから途中でやめるつもりはない。
けれど私はこの世界ではまだ三歳。
さすがに保護者の許可が必要だ。
(それに私、公爵令嬢だしね)
貴族は階級社会だ。
ヴィンゼルート家は公爵位。アドスターク家は伯爵位。
王命でない限り、ヴィンゼルート家の意向が優先される。
前世の年功序列も面倒だと思っていたが、こちらもなかなか面倒くさい。
しかし私が貴族である以上、受け入れるしかない。
そうしてこの二つを最優先事項とし、今回の話し合いは終わった。
◇◇◇
数日後。
私はグレイと共に城の廊下を歩いていた。
――テコテコテコ。
私の歩く速度に合わせてゆっくり進む。
その途中、グレイから疑問が投げかけられた。
「どのようにして公爵を説得したのですか?」
最優先事項のひとつである父の説得。
私が今こうして城にいるのは、父の説得に成功したからだ。
だからグレイが気になるのは分かる。だけどそれは⋯⋯
「⋯⋯ひみつです」
(絶対言わない)
たとえどんな方法を使ったとしても、望む結果が得られたのだからそれでいい。
そう、どんな方法でも。
『ゆるしてくれないのなら、おとうさまといっしょうくちをききません!』
こんな子ども丸出しの方法で説得したなんて、絶対に言えない。
(ミドサーなのに⋯⋯うぅっ⋯⋯)
情けないが、思っていたより父が手強く、このような手を使うしかなかった。
もちろん父の心配も理解できる。親として子を守ろうとするのは当然のこと。
そもそもこの件は、三歳の子どもが背負うようなことではない。
だけど、決めたのは私だ。
だからなりふり構ってなんていられなかった。⋯⋯結果として、黒歴史となってしまったが。
「クスッ⋯⋯秘密ならば仕方ないですね」
グレイは何かを悟ったのか、それ以上尋ねてくることはなかった。
私たちが今向かっているのは王女の部屋だ。
今日は王女の診察の日で、国王の許可をもらい、グレイに同行させてもらっている。
「はぁ、はぁ⋯⋯」
息が切れる。
グレイはゆっくり歩いてくれているが、なんせ城は広い。
それに安全のため、王族の住居エリアは城の奥。三歳児にはちときつい。
「少し休みましょうか?」
「⋯⋯おねがいします」
前回王女の部屋を訪れた際は、父が私を抱き上げてくれたので疲れることはなかった。
けれど今回父はいない。
グレイに抱き上げてもらえれば早いのだが、私は貴族令嬢。
さすがに家族以外に抱き上げてもらうわけにもいかない。
廊下の端に寄り、息を整える。
「ふぅ⋯⋯」
「王女殿下のお部屋まではあと少しです」
「はい」
少し休んだことで、ずいぶんと呼吸が落ち着いた。
もう大丈夫。
そうグレイに告げようとした時、見知らぬ声が私たちの間に割って入った。
「おや? これはこれは。最近子守に勤しんでいるという筆頭魔導士様ではありませんか」
声のする方に視線を向ける。
視線の先にいたのは口髭を生やした赤い髪の男。
その男は、グレイと同じ紺色のローブを纏っていた。
(宮廷魔導士だよね?)
この先は王族の居住区しかない。
けれどこの男はそちら側からやってきた。
「⋯⋯アルト。あなたがなぜここに?」
グレイが赤い髪の男――アルトに問いかける。
いつもの穏やかな声とは違い、その声は硬かった。
「なぜって、そりゃあ王女殿下にご挨拶をしにきたに決まっているだろう? 王女殿下は私の息子の婚約者なのだからな」
驚いた。王女はまだ六歳で、しかも病弱だ。
婚約している場合ではないと思うのだが、まさかすでに婚約者がいるとは。
(それにしてもこの男、感じ悪くない?)
筆頭魔導士であるグレイに対して、なぜこうも高圧的な態度を取るのか。
息子が王女の婚約者だからって何?
この男が偉いわけでもなんでもないのに。
でもここで私が口を出せば、面倒なことになるのは目に見えている。
だから黙って二人のやりとりを聞くことにした。
「先日もそう言って、王女殿下の元を訪ねていませんでしたか?」
「我が侯爵家に嫁いでこられるのだ。そのために今から交流を深めるのは当然だろう?」
「ですがこうも頻回では、王女殿下の負担になります」
グレイの言うとおりだ。
王女は最後まで笑顔だったが、十分間の面会ですら辛そうだった。
この男は宮廷魔導士なのだから、ある程度王女の体調は知っているはず。それなのに一体何を考えているのか。
「何を言っているのか。王女殿下はいつも快く迎えてくださっている。勘違いも甚だしいぞ」
「アルト!」
グレイが語気を強めるが、目の前の男が気にする様子はない。
男は一瞬私に視線を向けたあと、鼻で笑った。
「フッ。貴様には子守がお似合いだ。せいぜい頑張るんだな。ハハハッ!」
笑いながら私たちの横を通り過ぎて行く男。感じ悪いを通り越して、嫌悪を感じる。
きっと男は私がヴィンゼルート公爵家の娘だとは気づいていないだろう。
けれど王女に、グレイ、そしてヴィンゼルート公爵家を侮辱した罪は重い。
(お父様に報告しないと)
だからもう一度しっかりと男の顔を確認しよう。
そう思い、チラリと横目で見ようとしたその時だった。
(え?)
視界の端に捉えた、鮮烈な色。
その色には見覚えがある。
(どうして⋯⋯)
「⋯⋯ル嬢! エステル嬢!」
「ハッ!」
我に返り急いで後ろを振り向いたが、すでにあの男の姿はなかった。
「大丈夫ですか?」
「⋯⋯だいじょうぶです」
「ですが、顔色が⋯⋯」
「だいじょうぶです」
ギュッと手を握りしめる。
気分は最悪だが、ここで帰るわけにはいかない。
「⋯⋯分かりました。無理はしないでくださいね」
私の反応からグレイは何かを感じ取ったのだろう。気にはなるが、聞かずにいてくれる。
もちろん私もグレイに聞きたいことがある。
けれど今は、一刻も早く王女のもとへ向かわなければ。
「いきましょう」
言いしれぬ不安を抱え、私たちは再び歩き始めた。




