第18話・危険なスイーツ
「病みつきになるスイーツ……か」
「最近できたばかりのお店だって言ってましたね」
先ほど、『サフラン亭』のマーテルさんから、最近ウワサになっているスイーツ店のことを聞いた。
甘いものには目がないティナも、目を輝かせていた。
けれど、せっかくナディールまで来たのだ。
まずは、ティナが一番行きたがっていた店を優先することにした。
「いや、でもまずはティナが前から話してくれていたお店に行こう」
「え?」
「ティナも早く行きたいんでしょ?」
「あ……ありがとうございますっ!」
ティナが嬉しそうに笑った。
その時だった。
「ティナ、危ないよ」
後ろから走ってきた子供たちとぶつかりそうになったティナを、咄嗟に引き寄せる。
「大丈夫?」
「……はい」
ティナは恥ずかしそうに俯いた。
それからは人通りが多かったので、はぐれないようにティナの手を引き、目的のスイーツ店へと向かった。
スイーツ店が並ぶ通りを歩いていく。
すると、僕の手を握っていたティナの手に、ぎゅっと力が入った。
そして、足を止める。
「えっ……。うそ……」
目の前にあるのは、とてもスイーツ店とは思えない建物だった。
窓は割れ、看板は外れて道端に転がっている。
店内は暗く、明かりひとつついていない。
どう見ても――ただの空き家だった。
「えっ……ここ……?」
ティナが呆然と建物を見つめる。
「この場所だった。あのお店があったのは……」
「閉店……しちゃってるみたいだね……」
その店から少し先へ進んだところに、一軒の店があった。
その店の前には、長い行列ができている。
「マーテルさんが教えてくれたお店って……」
僕たちは顔を見合わせた。
そして、ほとんど同時に、その店へ向かって歩き出した。
店の前には、大きな看板が掲げられている。
――『メープル』
「あの店だ」
僕とティナは、大きな窓から店の中を覗いてみた。外観も、店内の造りも普通の洋菓子店。
だけど――。
店内にいる客の様子が、どこかおかしい。
「いらっしゃいませ〜!」
「そこのお兄さん! 味見してみない?」
店の外には二人の店員が出ていて、客へ盛んに声をかけている。
そのうちの一人が、僕へ近づいてきた。
「ありがとうございます」
差し出されたのは、蜜のようなものがかかった、一口サイズのカットフルーツだった。
僕は一瞬ためらった。
けれど、せっかくなので口へ運ぶ。
「……」
甘い。とても甘い。
けれど――。
次の瞬間。
背筋に、ぞくりと悪寒が走った。
(……なんだ、これ)
身体が、本能的に危険を訴えている。
味そのものがおかしいわけじゃない。
だけど、この感覚は――。
「ティナ!」
僕は咄嗟にティナの手を掴んだ。
「えっ!? レイド様!?」
「こっち!」
何が起きているのか分からないティナを連れ、店から見えない路地裏まで一気に走る。
そして、口の中に残っていたものを吐き出した。
「……っ!」
アイテムボックスから水を取り出し、何度もうがいをする。口の中を念入りに洗い流した。
前世でも口にしたことはない。
もちろん、関わったこともない。
それでも――。
これが何なのか。
僕には、なんとなく分かる。
「これは……麻薬だ」
「レイド様!?」
ティナが驚いた顔で僕を見る。
「大丈夫ですか!? 一体、何があったんでしょうか!?」
「うん、大丈夫。ティナ、ありがとう」
「レイド様……あのお店は一体……?」
ティナは不安そうに店の方を振り返る。
「列に並んでいる人たちも、なんだか様子がおかしかったように見えましたが……」
「あの店は危険だよ」
僕はティナの目を見て、はっきりと言った。
「絶対に近づいちゃだめだ」
「……はい」
「さっきの試食に使われていた蜜には、依存性があるみたいなんだ」
「依存性……?」
「簡単に言えば、一度口にすると、また欲しくなってしまう。どんどん欲しくなって、自分では止められなくなるんだ」
僕は、先ほど口にしたフルーツを思い出す。
「僕はすぐに吐き出したから大丈夫だったけど……あのまま食べ続けていたら、幻覚や感覚の麻痺みたいな症状が出ていた可能性もある」
「え……」
ティナの顔から血の気が引いていく。
「じゃあ……あのお店の中にいた人たちがおかしかったのも……?」
「何らかの症状が出ていたし、すでに依存している人もいるんだと思う」
僕は店の方へ視線を向ける。
「だから、買わずにはいられない。買っても、買っても、また欲しくなる」
そして、長く伸びた行列を見る。
「……そりゃ、繁盛するよね」
ティナは青ざめた顔で呟いた。
「そんな……。危険なものなら、この街の騎士団が取り締まったりするはずなのに……」
「……そうだね」
僕は腕を組み、考える。
これだけ堂々と店を構えている。
しかも、あれだけの客が並んでいる。
本当に誰も気づいていないのだろうか。
「気づいていない……ということはないと思う」
「では……」
「この街の領主も関わっている可能性がある」
そう考えると、背筋が冷たくなる。
「サフラン亭のマーテルさんは大丈夫……でしたよね……?」
「そうだね……。むしろ、あの店を勧めてきたくらいだからね」
「……あっ!」
ティナが何かを思い出したように顔を上げる。
「たぶん、マーテルおばさんは甘いものが苦手だった……と思います……。そのせいかもしれません」
「なるほど……」
それなら、あの店の蜜を口にしていない可能性が高い。
「とにかく、あの店には近づいちゃだめだ」
僕はティナの手を握り直す。
「一度宿に戻って、リアンルージュの皆さんにも伝えよう」
「はい」
「それに……」
僕は自分の身体を見る。
「そろそろ、この姿でいられる時間も終わりだしね」
「そうですね……」
ティナは少しだけ残念そうな表情を浮かべた。
(……やっぱり、子供の姿じゃ頼りなく見えるのかな)
そんな考えが頭をよぎる。
けれど――。
「ティナ」
「はい?」
「また明日、帰る前に一緒に出かけよう!」
「え?」
「ティナが食べたいって言ってたスイーツ、あの店のは食べられなかったけど、まだ何もスイーツ食べてないでしょ?」
僕は笑って言った。
「明日はティナが食べたいもの、探しに行こう」
「……はいっ!」
ティナの顔に、ぱっと笑顔が戻った。
「ありがとうございます!」
その笑顔を見て、僕も自然と笑っていた。
――ナディールで起きている異変。
それが、この街だけの問題ではないことを。
このときの僕は、まだ知らなかった。
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