第17話・サフラン亭
馬車で屋敷を出てから、一日と少し。
僕たちはナディールという街の近くまでやって来ていた。
ナディールは乳製品が特産品として有名らしく、特にバターや生クリームをふんだんに使ったスイーツは、他国からも多くの観光客を呼び込む重要な観光資源になっているという。
――全部、馬車の中でティナから聞いた話だ。
「〜〜♪」
「ティナ、ご機嫌だね」
「はい! それはもう! ずっと楽しみにしておりました!」
「そっか。僕もスイーツを食べるのが楽しみだな」
ティナと僕がナディールのスイーツに心を躍らせていると、馬車の前方を確認していたレオが声を上げた。
「森も抜けたことだし、街に入る前に一旦休憩しようか!」
レオの指示で、バルトが馬車を止める。
街が見えてきたとはいえ、まだ距離はある。
森の中を走っている間もほとんど休めていなかったため、皆の疲労もかなり溜まっているようだった。馬車の中で交わされる会話が、先ほどからめっきり少なくなっていることからも、それがよく分かる。
「ティナ、食事の用意は僕たちでやろう。皆さん、かなり疲れているみたいだし……」
「はい! 分かりました」
僕は馬車を降りると、皆に声をかけた。
「そういうわけなので、レオさんも皆さんも、僕たちに任せてゆっくり休んでいてください」
「いいのか? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
リアンルージュの皆さんが馬車を降り、身体を伸ばしている。
その間に、僕はアイテムボックスから必要なものを取り出し、ティナへ手渡していった。
「果物と……この野菜と……。あとは、マリアに作ってもらったパンと……」
「では、私はこの果物を切っていきますね」
「あ、ちょっと待って。その果物と野菜はジュースにしちゃうから」
「ジュースに……?」
「うん。スキルでちゃちゃっとね。疲労回復に効く野菜ジュースが作れないかなと思って」
「あっ! それは良いお考えですね! では、お任せします!」
僕はガラスのティーポットやグラスもアイテムボックスから取り出した。
果物や野菜、それに薬草をひとまとめにして大きな器の上に置く。
そして、その上に手をかざし、魔力を流し込んだ。
回復薬を作ったときと同じ要領で試してみる。
すると――。
「できた!」
器の中には、色鮮やかなジュースが出来上がっていた。
「アルフレイル特製、栄養満点ドリンク!」
念のため、鑑定してみる。
――――――――――
素材名:栄養満点ジュース
品質:A
説明:
薬草と野菜、果物から作られた飲み物。
効果:
疲労回復。
病気予防・回復。
――――――――――
「よし。人体に悪影響はなさそうだ」
「どれどれ……」
ティナと一緒に、恐る恐る味見をしてみる。
「……!」
「おいしい!」
思わず顔を見合わせる。
ティナはそのまま、ごくごくと勢いよく飲み進めると、目を輝かせた。
「これ、初めて作ったのですか!? とっても甘くて、いろいろな果物の味がします!」
「うん、初めてだよ。美味しくできて良かった!」
自分で作っておきながら、僕も少し驚いていた。
「それじゃ、さっそく皆さんにも配ろうか」
「はい!」
ティナと一緒に、レオたちへジュースとパンを配っていく。
すると、一番に声を上げたのはアロだった。
「これは……! なんですか!? 甘くて美味しい!」
「うんまーーーっ! なんか、身体の中から元気が出てくるな!」
「準備した分はまだありますから、遠慮なく飲んでくださいね」
全員が美味しそうにジュースを飲み、パンを平らげていく。
「お口に合ったみたいで良かったです」
「これ、どこで手に入るの?」
「えっ? いや……あの……僕が今、作りました」
「「「えぇっ!?」」」
全員が一斉に僕を見る。
「またアルは驚かせてくれるな」
レオが苦笑する。
「これ、料理屋で飲めるなら絶対に注文しちゃう!」
「ロロは酒ばっかり飲んでるからな」
「んもぅ! またそういうことを!」
「はははっ!」
皆の笑い声が響く。
(疲労が全部消えたとは思わないけど……少しは元気を取り戻してくれたみたいで良かった)
食事の片付けもティナと二人で済ませ、再び街へ向けて出発する。
バルトとジルトには休んでもらい、街までの道のりはアロが馬車の手綱を握ることになった。
「バルトさんとジルトさん、もう眠ってる……」
「一晩中、馬車を走らせてくれてたからな。相当疲れてるんだろう。街に着いたら宿屋でゆっくり休んでもらおう」
「そうですね」
街が近づくにつれて、僕の胸も高鳴っていく。
ナディールのスイーツ…。
いったい、どんな味なんだろう。
♢♢♢
街に到着すると、入り口で簡単な審査を受けたものの、特に問題なく通過することができた。
街へ入って最初に目に飛び込んできたのは、ミルヴェリオスよりもずっと華やかな商店街だった。
さすがスイーツの街というだけあって、通りには焼き菓子の甘い香りが漂っている。
「うわぁ……。すごくいい匂い」
思わず足を止めてしまいそうになる。
「あの屋台が出ているところは、馬車では通れないみたいだね」
「まずは宿屋を押さえよう。馬車も停めておきたいしな」
レオが振り向いて言った。
「どこか泊まる予定はあるか? なければ、俺たちが以前泊まったことのある宿を取るが」
「はい! レオさんにお任せします。ティナもそれでいい?」
「はい。大丈夫です」
宿屋では、馬車を停める馬車庫の利用手続きと、人数分の宿泊手続きを済ませた。
それが終わると、僕たちは一度部屋へ荷物を置きに向かった。
リアンルージュへの依頼は、街の中の護衛まで含まれていないので、別行動となる。
「アルフレイル様、荷物を置いたら、さっそく出かけましょう!」
「うん。ちょっと着替えるから待ってね」
部屋に入ると、僕は大人用の服に着替えた。
そして、アイテムボックスから取り出した『大人薬』を一気に飲み干す。
「アルフレイル様!?」
「くっ……!」
飲んだ瞬間、身体の奥から異変が始まった。
筋肉と骨が、キシキシと軋むような感覚。
少しばかり痛みに耐え、目を開く。
先ほどまでとは違う。
床からの距離が明らかに遠くなっていた。
「アルフレイル様、そのお姿でよろしいのですか?」
「うん。護衛の皆さんもいないし、知らない街だから念のためね」
「そ、そうですか……」
ティナは視線を逸らすように俯いた。
やっぱり、この姿でいるとティナは顔を赤らめて、どこか様子がおかしくなる。
「さっ、行こうか。まずは昼食にしよう!」
僕は気にしないことにした。
「オススメのお店はある?」
「は、はい! 以前お世話になっていた料理店が近くにありますので、ご案内します!」
ティナの案内で訪れた店には、『サフラン亭』と書かれた看板が掲げられていた。
入口の扉を開けた瞬間、嗅いだことのある香りが一気に鼻へ流れ込んでくる。
この食欲を掻き立てる香りは――。
「まさか……カレー!?」
「レイド様、よくご存じですね!」
ティナが驚いたように目を見開く。
「ミルヴェリオスでカレーが食べられるお店なんてないのに!」
「いや……まぁ……。噂で、ね!」
まさか異世界でカレーに出会えるなんて……!
僕は興奮を隠しながら店内を見渡し、店員に案内された席へ着いた。
メニュー表を受け取ると、ティナのオススメだという『カボチャのバターチキンカレー』を二つ注文した。
「このお店も、小さい頃に両親によく連れてきてもらったんです」
ティナは懐かしそうに店内を見渡す。
「家で作ろうとしたこともあるんですけど……なかなか、このお店みたいな味にならなくて」
「お店のものは、いろいろな種類の香辛料を使っているからだろうね」
僕はメニューを眺めながら答える。
「使う香辛料によっても、入れる量によっても味は大きく変わるから、再現するのは難しいんだよね」
テーブルに置かれた水を一口飲む。
すると、ティナの視線がこちらへ向いていることに気づいた。
「どうしたの?」
「い、いえ! なんでもありませんっ!」
「そう?」
少し不思議に思ったものの、それ以上は聞かなかった。
「それより、ティナ。今日は行きたいところとか、食べたいものとか、なんでも言ってね」
「え……?」
「そのためにナディールまで来たんだから!」
「……はいっ! ありがとうございます!」
ティナが嬉しそうに笑う。
「まずは、このお店に来られて良かったです」
その言葉が終わるのとほぼ同時だった。
注文していた料理を運んできた女性が、僕たちを見て驚いたように目を見開いた。
「もしかして……ティナちゃん?」
ティナが女性へ振り向く。
そして、その顔を見た瞬間、ぱっと表情を輝かせた。
「マーテルおばさん!」
「やっぱりティナちゃんだった!」
女性――マーテルさんは、懐かしそうにティナを見つめる。
「何年ぶりだろうね。元気にしてたかい?」
「十年ぶりくらい!? マーテルおばさんも元気だった?」
「ふふっ。なんとかね。それにしても、ティナちゃんは昔と変わらないね」
マーテルさんはそう言ってから、僕へ視線を向けた。
一瞬、僕と目が合う。
すると――。
にやり。
「ティナちゃん、彼氏かい? すっごくいい男じゃないか」
「ちっ……違います!! こちらは……」
ティナが慌てて僕を紹介しようとする。
けれど、なぜか途中で口ごもってしまった。
「初めまして。僕はアルフレイル・ミラルディアと申します」
僕は立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「ティナさんにはいつも助けていただいておりますので、今日はそのお礼も兼ねて、この街へ遊びに来ました」
「あらまぁ、ご丁寧な挨拶をありがとう。私はマーテル。よろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「そうそう、料理が冷めちゃうわね。邪魔してごめんなさい。ゆっくりしていって」
そう言って、マーテルさんは店の奥へ戻っていった。
その姿を見送ったあと、ティナが焦ったように小声で話しかけてくる。
「アルフレイル様! よかったのですか!?」
「ん?」
「このお姿なのに、本当のお名前を言ってしまって……」
僕はティナへ顔を寄せ、小声で答える。
「ああ、いいんだよ。ティナがお世話になった方なんだから。挨拶くらい、ちゃんとしたいでしょ?」
「……はい」
ティナは小さく頷いた。
僕は席へ戻り、手を合わせる。
「いただきます」
そして、待ちに待ったカレーを口へ運んだ。
「……うまい!」
スパイスの香りと、まろやかなバターの風味。
そこへカボチャの甘みが加わっている。
「これは……美味しいな」
ふと顔を上げると、ティナがこちらを見つめたまま固まっていた。
「ほら、ティナも食べないと冷めちゃうよ」
「は、はい……」
ティナはどこか惚けたような表情のまま、ゆっくりとカレーを食べ始めた。
♢♢♢
食事を終えて会計に行くと、マーテルさんが店の奥から出てきてくれた。
「今日は来てくれてありがとう。ティナちゃんがこんなに大きくなってるなんてねぇ。時間が経つのは早いわね」
「はい。私も久しぶりにナディールへ来て、懐かしい気持ちでいっぱいです」
ティナは嬉しそうに笑った。
マーテルおばさんとの再会を喜ぶティナを見ていると、僕まで温かい気持ちになる。
昔の知り合いに会えるというのは、きっと嬉しいものなのだろう。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
「はい!」
僕が声をかけると、ティナは元気よく返事をした。
「マーテルおばさん、今日はありがとうございました」
「こちらこそ。またいつでも顔を見せに来てちょうだいね」
「はい!」
ティナは何度も振り返りながら、マーテルおばさんに手を振った。
こうして、僕たちはサフラン亭を後にした。
さて――。
ここからが、ティナがナディールへ来た一番の目的だ。
「アルフレイル様! 次はいよいよ……!」
「うん。ティナが昔よく通っていたスイーツのお店だね」
「はい!」
ティナの顔が、ぱっと明るくなる。
「ずっと楽しみにしてたんです!」
その笑顔を見て、僕も自然と笑ってしまった。
ナディールに来たからには、ティナが思い切り楽しめる一日にしてあげよう。
――このときの僕は、まだ知らなかった。
これから向かうスイーツ店で、僕たちが思いもよらないものを目にすることになるなんて。
♢♢♢




