第19話・幸せな思い出と悲痛な過去
宿に戻ると、リアンルージュの皆さんが、1階にある酒場で食事をとっていた。
「おぉ! 戻ったか!」
「はい! ただいまですっ」
ティナがいつも通り元気よく返事をすると、僕もその後ろから挨拶をした。
「ただいま戻りました」
僕は宿に着く直前、人目のない場所で4歳のアルフレイルの姿に戻っていた。
「アル、目的は果たせたか?」
「いえ……それが……」
僕は、街で起きた出来事を5人に話して聞かせた。
「その洋菓子店……におうな」
「ちょっと探ってみるか。俺たちは冒険者ギルドで情報を集めてみる」
「ティナちゃんは、まだ食べたかったスイーツを食べられてないんだろ? 明日、食べてくるといいさ」
(皆さん、本当に優しい人たちだな……)
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
すると、ロロティアがニヤリと笑った。
「それよりさ、そのお店の従業員、女の子ばかりだったんでしょう? アロだったら、簡単に誘惑に負けちゃいそうね」
いつもからかわれてばかりだったロロティアが、ここぞとばかりにアロへ絡みにいく。
「うるせぇよっ! 俺はなぁ、誠実な女の子が一番なの! そんな怪しい店で犯罪に手を染めるような奴らは願い下げだね!」
「ふーーん。どうだか」
(もしかしたら……この2人……)
前世でも、こんな雰囲気の男女が会社にいたことを思い出した。
あの2人がその後どうなったのか、今となっては知る由もない。
「とにかく! 明日、動くぞ」
「「はいっ!」」
レオの一言に、全員の返事が揃った。
(明日、何か掴めたら、僕も役に立てないだろうか……。少しでも役に立ちそうな物が作れないか、考えてみるか……)
夜が更け、ティナが眠りについた後。
僕は、こっそりと部屋を抜け出した。
♢♢♢
「おはようございまぁす……」
部屋に戻ると、物音で起こしてしまったのか、ティナが眠そうに目をこすっていた。
「おはよう」
僕はそう答えながら、静かにドアを閉める。
「アルフレイル様、もしかして眠れていないのですか?」
「まぁ……ちょっとね」
ティナは少し不機嫌そうな顔をしたものの、それ以上は聞かなかった。
勘のいいティナのことだ。
きっと、何かに気づいているのだろう。
「それよりも、早く準備して出かけよう!」
僕は話題を変えるように、明るい声で言った。
「宿屋の店主に、美味しいスイーツが食べられる店をいくつか聞いてきたんだ」
「あっ……ありがとうございます! すぐに準備します!」
朝食を済ませて宿を出ると、僕は宿屋の店主から聞いた店の情報をティナに話した。
そして、3軒目の店について話し始めた時だった。
ティナの表情が、みるみるうちに変わっていく。
「そこ……そのお店って、まさか……!」
その店へ向かうと、ちょうど店の前で、店主らしき男性が入り口に「Open」と書かれた看板をかけているところだった。
店の外観は、昨日見たボロボロの店とは違っていた。
少し小さめではあるものの、建物はまだ真新しい。
「あのっ! ……タタンさん! お久しぶりです!」
店主らしき男性がゆっくりと振り向く。
細く垂れ下がった目が、大きく見開かれた。
「おぉ! もしかして、ティナちゃんかい?」
「はい! こちらは、今お仕えしているレイド様です」
「初めまして。レイドと申します」
ティナは、大人の姿をしている僕を『アルフレイル』ではなく、『レイド』として紹介した。
お互いに会釈をして挨拶を交わすと、店主は嬉しそうに店の中へ案内してくれた。
「ちょうど今、開けたばかりなんだ。どうぞ、入って入って」
店に入ると、すぐ目の前にショーケースがあった。
その中には、新鮮なフルーツがのったケーキや、プリンなどのスイーツが並べられている。
「ティナちゃん、昔よく食べてくれていたスイーツもあるから、よかったら選んでおいで」
「うわぁ……どれにしようかなぁ。……これとこれ、あと、そのイチゴのも!」
ティナはショーケースの中を覗き込みながら、嬉しそうにスイーツを選んでいく。
「ふふっ。ティナ、嬉しそうだね」
「レイド様、ありがとうございます! とっても嬉しいです!」
2人でケーキを選んだ後、店内にある、2席だけのこぢんまりとしたイートインスペースへ向かった。
しばらくすると、店主が紅茶と一緒に、選んだスイーツを運んできてくれた。
「どうぞ。ゆっくりしていってね」
「うわぁ……キレイ……。タタンさん、ありがとうございます!」
「本当に美味しそうだね。いただきます」
僕もさっそくスイーツを口に運んだ。
開店したばかりだからか、店内には他の客もおらず、静かな時間が流れている。
僕たちは、昔の話や旅の話をしながら、ゆっくりとスイーツを味わった。
やがて食べ終わる頃、店主が紅茶のおかわりを勧めてくれた。
「ありがとうございます。あの……タタンさん。少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、なんだい?」
「このお店は……もしかして、作り直されたのでしょうか?」
ティナは言葉を選びながら、慎重に尋ねた。
「その……昨日、以前のお店を見かけたのですが……」
ティナは口ごもり、うまく言葉を続けられずにいる。
聞いてはいけないことを尋ねてしまったのではないか。
そんな思いがあるのだろう。
「あぁ……あの店を見たのかい」
タタンさんは、少し寂しそうに笑った。
「前の店の近くに、別のスイーツ店ができてね」
僕とティナは顔を見合わせ、息を呑んだ。
「その店ができてから、一気にお客さんが減ってしまってね。それだけなら、まだよかったんだ。だけど……」
タタンさんは、悔しさを噛み締めるように、拳を握った。
「あの……すみません。事情も何も知らないのに、嫌なことを思い出させてしまったようで……」
僕が謝ると、タタンさんはゆっくりと首を横に振った。
「いや、いいんだ。ティナちゃんに会えたことで、昔の楽しかった記憶も思い出せたからね」
タタンさんは、懐かしそうに目を細めた。
「ティナちゃんとイーデンが、楽しそうにうちのケーキを食べている姿を見るのが好きだったんだ」
「私も、あの頃はとっても幸せでした」
ティナは少しだけ微笑んだ。
「その後、すぐにうちのお店は潰れちゃいましたけど……」
その笑顔の奥には、当時の辛さが隠れているように見えた。
以前、ティナから家族の話を聞いた時にも、きっと相当苦しい思いをしたのだろうと思った。
「あの時は、何も力になれなくてすまなかった」
タタンさんは、申し訳なさそうにティナを見つめた。
「イーデンにも、あれから会えていないんだが……ずっと詫びたいと思っている」
「そんな……! もう済んだことですし!」
ティナは慌てて首を横に振った。
ティナの家族のことを、今でも気にかけてくれている人がいる。
そのことが分かって、僕は嬉しくなった。
「それよりも、タタンさんのお店のことです!」
ティナは、先ほどよりも強い口調で尋ねた。
「誰が、何のためにあんなことを……。何があったのか、よかったら聞かせていただけませんか?」
タタンさんはしばらく黙り込んだ。
そして、重い口を開く。
「もう半年くらい前になる……」
その声には、深い疲れが滲んでいた。
「『メープル』という店ができた。あの店は、領主の息子が初めて作った店なんだ」
「領主の息子が……?」
「それで、近くに同じような店があることが気に入らなかったのか、領主の息子が店へ来てね」
タタンさんは、当時のことを思い出すように目を伏せた。
「他の土地を用意するから、店を立ち退くようにと言われたんだ」
「なにそれ! 領主の息子なら、この街が繁栄するように店を支援するのが普通じゃないの!」
ティナが怒りを露わにする。
そうだ。
ミルヴェリオスなら、お父様は小さな店にだって手を差し伸べる。
店を潰して、自分の店だけを繁盛させようとするなんて考えられない。
「当然、断ったよ」
タタンさんは静かに答えた。
「なにより、父から受け継いだ大事な店だったからね。妻のオグニスも反対してくれた。大事な店を守ろう、と……」
「オグニスさん!そういえばまだご挨拶していませんでしたね!」
ティナが店の奥へ視線を向けながら言うと、
その言葉に、タタンさんは肩を落とした。
「……いないんだ」
「お買い物にでも出かけているんですか? それじゃあ、帰ってくるのを待ちま――」
「もう、いないんだ」
タタンさんの声が、低く響いた。
「……死んだんだよ」
「……え?」
ティナの表情が固まる。
タタンさんは、震える手でティーポットを握り締めた。
「私が、買い物に出かけている間に……」
声が、かすかに震えている。
「『何者か』が店を壊して、留守番をしていた妻を……殺したんだ……」
僕も、ティナも、声を失った。
店内に、重い沈黙が落ちた。
♢♢♢




