第13話・ティナとの約束
フードの男から注文を受けてから1週間が経った。
注文を受けたワイングラスは、今日ですべて作り終わる予定だ。
魔力も以前に比べてかなり増えたからか、最近ではスキルをいくら使っても、ほとんど疲れを感じなくなっていた。
「アルフレイル様、少し休憩なされては……?」
「大丈夫だよ。ティナ、ありがとう」
そう答えながら作業を続けていると、少し間が空いた。
ふと顔を上げると、ティナが何か言いたげな表情でこちらを見ている。
「どうしたの?」
「……アルフレイル様は、もうすぐ5歳になられます」
「うん」
「天命の儀が終わると……その……皆様にステータスを知られることになりますよね?」
「そうだね」
「その時、大人になれる薬のことや、お店のことも……周りの皆様にお伝えになるのでしょうか?」
ティナは俯き、どこか寂しそうな表情を浮かべていた。
「積極的に喧伝するつもりはないよ」
「……そう、なのですね」
少しだけ安心したような、それでいてどこか寂しそうな声だった。
「もう、全部隠さずに話してしまった方がいいのかもしれないけどね。そうすれば、こんなふうに人目を気にしながら商品を作ったり、お店を開いたりしなくてもよくなるかもしれないし」
そう言うと、ティナは黙ってこちらを見つめた。
きっと、僕がこれからどうするつもりなのか、色々と考えてくれているのだろう。
自分のことを心配してくれている。
そう思うと、なんだか嬉しくなった。
「まぁ、誰かに打ち明けることになったとしても、ティナにはこれからも一番に相談したいと思ってるけどね。よろしくね?」
「は、はいっ! 私にできることなら、なんでも!」
ティナの顔がぱっと明るくなる。そんな彼女を見て、僕も自然と笑みがこぼれた。
「じゃあ、これからも頼りにしてるよ」
「はい!」
そんな会話をしているうちに、最後のワイングラスが完成した。
「これで全部だね」
完成したグラスをアイテムボックスへ収納する。そして、最近ずっと考えていたことをティナに伝えた。
「ティナ、いつも協力してもらっているから、何かお礼がしたいんだけど……何か欲しいものとかないかな?」
「えぇっ!? お礼なんて、そんな……!」
「なんでもいいよ。僕にできることなら、言ってみて?」
ティナは少し考えるように視線を落とした。
しばらくして、意を決したように口を開く。
「……あの……もし、私のわがままを聞いてくださるのでしたら……」
「うん」
「隣町のナディールに、一緒に行っていただきたいです」
「ナディールって……ティナが以前住んでいた街?」
「はい」
ティナは懐かしそうに微笑んだ。
「小さい頃、父がご褒美をくれる時に、よく連れて行ってくれたスイーツのお店があるんです。……もう一度、あのお店に行ってみたくて」
その声には、どこか懐かしさと寂しさが混じっていた。
「アルフレイル様と一緒に行けたら……嬉しいなって」
「もちろんいいよ」
「……本当ですか!?」
「うん。じゃあ、ティナの次の休みに行こうか」
「はい!」
ティナの表情が一気に明るくなった。その顔を見て、僕もほっとした。ナディールへ行くには馬車を手配し、護衛の冒険者も雇わなければならない。
途中には魔物が出る森があるため、子どもである僕とティナだけで向かうのは危険だからだ。
(次のティナの休みまでに、色々と準備しなくちゃな)
転生してから、僕は一度もこの街を出たことがない。
初めての遠出。
それだけでも楽しみで仕方がなかった。
♢♢♢
大量のワイングラスを注文されてから、ちょうど2週間後。
フードの男が、約束通り店へやって来た。
「こんにちは。以前、注文させていただいた者ですが……」
「お待ちしておりました」
僕は笑顔で迎えると、店の奥に積んであった箱を指した。
「念のため、すべてクッション材を入れて梱包してございます」
そう言って、一箱の蓋を開ける。
「ほう……これは……」
男はクッション材を手に取り、興味深そうに眺めた。
「こちらは、商品同士がぶつからないようにするためのものです。あとは数と状態をご確認いただければと思います」
商品を渡した後で傷が見つかったり、思っていたものと違うと言われたりすれば、後々のトラブルになる。
そのため、商品を渡す前に一緒に確認してもらったほうがいいと思った。
男は一箱ずつ蓋を開け、中身を確認していった。
「……確認しました。確かに300個。傷も汚れもなく、すべて状態が良いです。このクッション材というものも素晴らしいお気遣いですね」
「ありがとうございます」
「では、こちらが代金です」
男から金貨3枚を受け取った。
「確かに。ありがとうございます」
一仕事終えたところで、ふと疑問が浮かんだ。
「ところで、こんなに大量のワイングラスを何に使われるのでしょうか?」
「あっ……そうですよね」
男は少し困ったように笑った。
「普通、こんなに大量に注文する客なら、怪しいと思われますよね」
「いえいえ! 答えにくいことでしたら、無理にお答えいただかなくても大丈夫ですよ」
「いえ、大丈夫です」
男はフードを外し、改めて頭を下げた。
「私はナディール領主、カルディネット様に仕えております、従者のロットウェルと申します」
「ナディールの……」
思わぬところで聞き覚えのある名前が出てきた。
「実は今度、カルディネット様のご子息の婚約パーティーが予定されておりまして。その準備中に、メイドがワイングラスをほとんど割ってしまったのです」
「あぁ……だから300個も」
「はい。以前、別の街で購入したものもあったのですが、馬車で運んでいる途中に割れてしまいまして……屋敷に着いた頃には、半数以上が使い物にならなくなってしまいました」
「それは大変でしたね……」
話を聞いていると、なんだか花瓶を割ってしまったメイドのことを思い出した。
(どこにでも、おっちょこちょいな人はいるものなんだな。)
「今回の商品なら、簡単には割れないと思います。念のため、屋敷に戻られてからも傷などがないか確認してください。もし気になるところがあれば交換しますので」
「ありがとうございます。商品だけでなく、店主も素晴らしいお人柄なのですね」
「そんな……ありがとうございます」
思わず照れてしまう。
「また、他の商品もぜひ見にいらしてください」
「はい。機会があれば、ぜひ」
ロットウェルは丁寧に一礼すると、店を後にした。
その姿を見送りながら、僕はふと思った。
「ナディール……か」
もうすぐ、ティナと一緒に行く街。
そして――
僕にとって初めて訪れる、領地の外の世界。
「どんな街なんだろうな」
胸の奥が、少しだけ弾んだ。
♢♢♢




