序章 ― 消えた七年
今から千二百年前。出世を約束された一人の若者が、全てを捨てて四国の山中に消えた。
手の中にあった身分も、誰もが羨む未来も、たった一人、胸を焦がした相手も。何もかもを投げ捨てて、誰にも行き先を告げずに。ある日ふっつりと消えたのだ。彼はなぜそこまでの決断をしたのか。
その若者の名は、佐伯真魚。のちに空海と名を変える。
弘法大師。そう呼べば聞き覚えのある人も多いだろう。真言宗を開き、高野山を開いた、日本仏教最大の巨人の一人だ。書にかけては日本一の名手とうたわれ、「弘法にも筆の誤り」ということわざはこの男の名から生まれた。幾度も田を呑んだ大池の堤を築き直し、庶民のための学校を建て、密教という壮大な教えをはるばる唐から丸ごと背負って帰った。宗教家であり、天才であり、この国の形そのものを変えた男。そしていまも高野山では、千二百年が過ぎてなお彼は生きたまま祈り続けていると信じられている。
だが、これはその偉人の伝記ではない。
なぜなら、彼の輝かしい生涯には、誰も踏み込めない空白があるからだ。
二十四歳から三十一歳まで。その七年間だけ、どの歴史書にも彼の記録が一行も残っていない。何をしていたのか。どこにいたのか。誰も知らない。まるで彼はその七年だけこの世にいなかったかのように。人はその空白を「神秘」と呼ぶ。
でも、考えてみてほしい。人が何かを消すとき、それは自慢したいものではない。隠したいものだ。のちに日本を代表する聖人となる男が、生涯でただこの七年だけを自らの手で歴史から消した――そう考えるほうが、よほど筋が通る。そこにいったい何があったのか。
話は彼の少年時代にさかのぼる。
真魚は讃岐、いまの香川県に生まれた神童だった。四つか五つのとき、浜の潮騒に重なって母が朝ごとに唱える経を初めから終いまでそっくり諳んじてみせた。母は、しばらく何も言えなかった。一度耳に入れた言葉は二度と忘れない。お経も、難しい漢文も、聞けばそのまま身の内へ写し取ってしまう。誰もが舌を巻いた。
だが、当の本人だけが満たされずにいた。覚えても、覚えても、覚えたそばから指の間をこぼれ落ちていく。何を手に入れても腹の底に空いた穴は埋まらない。彼はいつも渇いていた。
一族の期待を一身に背負って、都の大学に入った。役人としての栄達はもう約束されたも同然だった。それでも渇きは消えなかった。
そんなある日、都の小さな寺で彼は一人の女とすれ違う。何も望まない目をした女だった。女はすれ違いざま、たったひとことだけを残していく。真魚はその言葉を、生涯、誰にも明かさなかった。
覚えても、掴めない。それでいて、消えもしない。この女だけは違った。「覚えるだけでは手に入らないもの」に、彼は生まれて初めて、自分から手を伸ばす。それは学問でも真理でもなかった。一人の人間だった。
そして、ある日。彼は本当に何もかもを捨てた。身分を捨て、未来を捨て、その人を捨て、名さえ捨てて山へ消えた。
なぜ、そこまでしたのか。
わかっているのは、山に入った彼が常軌を逸するほどおのれを追い込んだということだけだ。ひとつの呪文を、百万回。数が消えるまで唱えつづけた。飯をひと握りずつに削り、声が割れるまで誦し、けわしい岩を素手でよじ登った。
その苛烈な行の果て。土佐、室戸岬の洞窟で、夜明けの空に燃える明けの明星が、彼の口の中へまっすぐに落ちてきた。
あれほど追っても掴めなかったものが、そのとき初めて向こうから来た。
真魚は、空海になった。
やがて彼は命がけで海を渡り、当時の世界最大の都・唐の長安へたどり着く。そこで、あり得ないことが起きた。密教の正統をただ一人受け継ぐ高僧が、会ったばかりの異国の無名の若者に、その教えのすべてを惜しみなく授けたのだ。この男が来るのを何十年も前から待っていたとしか思えない。
東の果ての島国から来た無名の若者が、なぜ大陸の秘法のすべてを受け継げたのか。
その答えはすべて、誰も知らない、あの七年間の中にある。真魚が空海になった七年の中に。
これは、一人の渇いた若者がたったひとつの「掴めないもの」を追い求め、そのために何もかもを失っていく物語だ。
その若者が老いはててなお、ついに書けなかった七年がある。そこに、いま筆を入れる。
「私はこれまで、山ほどの経を、詩を、書を残してきた。だが、あの七年についてだけは、まだ一度も、本当のことを書いていない」




