9話 救いの手と、不吉な予感
いつの間にか眠ってしまっていた。
「カンナ! 起きなさい、カンナ!」
「えっ……?」
煉瓦の壁の隙間から光が差し込んでいる。鳥のさえずりも聞こえる。
朝だ。
ゆっくり意識が覚醒していき、目の前の人物がはっきりと見えた。
「プロン様! ど、どうしてここに?」
陛下の叔父であるプロン様は、にっこりと笑った。
「処刑されるかもしれない状況で熟睡するとは……将来、大物になるな」
「プロン様! 私、処刑されるようなことは何もしていません! 信じてください!」
「分かっているよ。ただ、お前が大臣に嫌われただけだ」
……それだけの理由? 勘弁してほしい。
「フェルや私が気づかないうちに処刑しようとしたのだろう。だが、私が釈放の手続きをした。もう大丈夫だ」
……嫌われただけで殺される世界、怖すぎる。
でも、助かった。
本当に、プロン様のおかげだ。
「プロン様、助けていただきありがとうございます」
そう言って笑顔を向けた瞬間、違和感に気づいた。
プロン様の顔色が悪い。冷や汗もかいている。
「プロン様……お身体の調子が悪いのですか? 顔色が……」
「いや、大丈夫だ。それより――」
プロン様は話を切り替えた。
「礼は私ではなく、お前が捕まっていると密告してきたマグシムに言いなさい。彼は私の近衛騎士でね。軽そうに見えるが、優しい男だ」
そうだったのか。
自分の身が危険になるかもしれないのに、知らない人間のために動いてくれたのか。
さすが、近衛騎士。
そっけない態度を取ってごめんなさい、マグシムさん。
地下は朝でも寒い。
毛布を身体に巻いたまま、牢の外へ出た。
しばらく登り坂の廊下を歩き、階段を上る。
「プロン様、本当にありがとうございます。このご恩は、絶対に忘れません」
もしかしたら、今日死んでいたかもしれない。
私には助けてくれない女神より、今はプロン様の方が神様に見える。
「あはは、そこまで言うなら一つお願いがあるんだ」
「はい、なんでしょうか」
プロン様は大柄な体格だ。
身長も高いが、体重も陛下より重いだろう。……140キロくらいありそうだ。
プロン様の背中を押しながらゆっくり階段を登る。
「私の代わりに、フェルを助けてあげてくれないか」
「…………え?」
いきなり、とんでもないことを頼まれた。
陛下を、私が助ける?
「私のような力のない人間が、陛下を助けられるとは思いませんが……」
「味方になってあげてほしいんだ」
プロン様は静かに続ける。
「王とは孤独だ。フェルは四年前、わずか十九歳で即位した。優秀な王だが、若いという理由だけで過小評価し、王位を簒奪しようとする者も少なくない」
プロン様は足を止め、振り返った。
プロン様と陛下はあまり似ていないが、瞳の色は同じだ。
深く澄んだ――海の色。
その瞳には、フェル様を案じる色が滲んでいるように見えた。
「私の兄上、フェルの父は立派な王だったが、四年前に病で亡くなった。フェルの母親も既に亡くなっており、私がフェルの親代わりをしていたんだ」
「……そうだったんですね」
「だが、私は母の身分が低く王になれなかったし、器もなかった。可哀想にあいつは若くして、国を背負わなくてはいけなくなったのだ」
十九歳で国を背負う。
どれほどの不安と重圧なのか、想像もできない。
プロン様が伏し目がちに呟く。
「私は……長生きできない気がするんだ」
「え?」
「最近、身体が痺れたり、めまいや呂律が回らなくなることがあってね」
「そ、それって大丈夫なんですか? お医者様には診てもらいましたか?」
「あぁ。だが原因は分からないそうだ。だから今のうちに、君にお願いしておこうと思ってね」
どうして私なんだろう。
力もなく、突然現れた怪しい外国人なのに。
そう思っていると、それが顔に出ていたのか、プロン様は穏やかに笑った。
「私はね、人を見る目には自信があるんだ。カンナなら、必ずフェルを助けてくれると確信している」
……重いです、プロン様。
期待が、ずしりと胸にのしかかる。
長い長い階段を上り、ようやく地上に出た。
眩しい。
城の東側だろうか、窓から差し込む日差しが目に痛い。
普段なら紫外線を気にして避けていた太陽なのに、今はただ嬉しかった。
窓に駆け寄る。
太陽、最高。
生きてて良かった。本当に、助かった。
「プロン様、本当にありがとうございます」
振り返って、改めて礼を言う。
「……」
返事がない。
おかしいと思って見ると、プロン様は頭を押さえたまま、動かずに立っていた。
「プロン様? どうしました?」
一歩、近づこうとした、その瞬間。
プロン様は、そのまま――
意識を失ったように、床へと倒れた。




