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32話 九時の鐘と約束


「私は……異世界から来たんです」

「……異世界、ですか?」


 ナトムさんは少し驚いた様子で目を瞬いた。

 横にいた陛下は無表情のまま黙っている。


  ……空気が重い。

 信じてもらえないかもしれない。


 それでも、話さなくてはいけなかった。

 この人達には、ありのままを知ってほしい。


「はい。何故かは分かりません。私の世界の神社……神殿のような場所から、突然こちらの世界に来たんです」


 陛下は眉間に皺を寄せ、口を開いた。


「異世界だと判断した理由は何だ?」

「私の世界には、グリフィンやワームのような生き物はいません。髪や瞳の色も、こちらとは少し違うんです」

「……」


 陛下は顎に手を当てて考え込み、ふと思い出したようにこちらを見た。


「だから以前、城下町でウォルステン人やグリフィンに驚いていたのか」

「はい」


 ……あれ?

 二人とも、そこまで驚いていない?


 異世界なんて信じられるか、と呆れられると思ったのに。

 予想とだいぶ違う。


 陛下はナトムさんと目を合わせ、腕を組んで背もたれに寄りかかった。


「異世界か……なるほどな。三ヶ月前、神殿に現れた時から、見た目も言動も異質だった。神官達も神殿の空気が異常だと騒いでいたし、ナトムは神の御業だと言っていたな。私もお前と接する内に、そうかもしれないと感じていた」


 ナトムさんは苦笑しながら頷いた。


「確かに言いましたね。神から、災いか祝福か、どちらかが与えられたのだと」


 災いって。ナトムさん酷いな。

 ……いや、もし本当に災いだったらどうしよう。

 色々迷惑かけてるし、ちょっと不安になってきた。


 いや、それより今は――信じてもらえるかだ。


「えっと……陛下とナトムさんは、私の話を信じてくれるんですか?」


 恐る恐る聞くと、ナトムさんはふふっと笑った。


「ここは神の力が満ちた世界ですから。異世界から飛ばされても不思議ではありません。それに、あなたの常識や考えが規格外なのは前からでしたが……異世界の人間だからだと思えば腑に落ちました」


 規格外って。

 私そんなに変な事してる!?

 軽く衝撃を受けていると、陛下も言った。


「むしろ、同じ世界の遠い国から来たと言われた方が信じられないな」


 そんなに!?

 私、この世界だとそこまで変人扱いなの!?


 しばらくショックで固まっていると、陛下の咳払いで我に返った。


「あ、すみません陛下。その……信じてもらえて嬉しいです。どうしても言っておきたかったので」


 今日、()()がどちらに転んでも――陛下には信じてほしかったから。


 私の言葉を受けて、陛下の表情がいつも以上に真剣になった。


「カンナ。私はお前の話を信じる。……だから今日は、お前も今までの自分を信じろ」


 その言葉に被さるように、遠くで鐘が鳴り響いた。


 九時の鐘。


 一気に執務室に緊張が走る。


 ――時間だ。


 ナトムさんは書類を片付けながら、優しく笑った。


「さて、話はこのくらいにして行きますかね」


 陛下とナトムさんと共に大広間へ移動する。

 そこには、陛下が毎日測っている体重計がある。周囲には、すでに多くの使用人や貴族達が集まっていた。

 私達はゆっくり歩き、体重計の前で止まる。


 ナトムさんが私を見た。


「今日でカンナが来て三ヶ月になりますね」

「はい」

「カンナ、覚悟はいいですか。陛下、体重計にお乗り下さい」


 今日で三ヶ月。約束の日。


 陛下の栄養マネジメントをして、三ヶ月目の今日――体重が95キロになっていなければ、私は処刑される。


 契約は絶対だ。

 どれだけ陛下が情をかけようと、覆すことはできない。


 実は王宮に戻ってから、監禁の影響で体調を崩し、盛大に風邪をひいてしまっていた。

 起き上がることも出来ず、部屋から一歩も出られなかった。


 献立は料理長と相談できたが、ここ数日の陛下の体重は知らない。


 心臓がうるさいほど脈打つ。

 栄養マネジメントに命をかける管理栄養士など、私くらいじゃないだろうか。


 陛下が椅子型の秤に乗る。

 ゆっくり沈み、目盛りが動く。


 辺りは静まり返り、秤がきしむ音だけが響いた。


 早く知りたい。

 でも、まだ出ないでほしい。


 相反する気持ちが、胸の中で暴れていた。


「96キロになります!」


 側仕えの大声が響く。

 その瞬間、頭が真っ白になった。



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