表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/33

33話 契約のその先


「96キロになります!」


 側仕えの声が響いた。


 うそ……96キロ?

 95キロ、いかなかった……。


 周りの人間が一斉に私を見る。


 絶望が頭の中を支配して、指一本動かない。


 私、死ぬの?

 死んでしまうの?


 今までの二十三年間の思い出が、走馬灯のように浮かんでは消えた。


 大広間は静まり返り、皆が私を哀れんだ目で見つめてくる。


 私が立ち尽くしていると、陛下が小声で呟いた。


「あ、すまない。腰に金の装飾ベルトを付けたままであった」


 ――は?


 陛下の腰を見ると、それはそれは重そうな金のベルトが装着されていた。


 陛下ぁぁぁ!?


 心の中で全力絶叫している間に、陛下は豪華絢爛なベルトをガシャリと外した。


 なんで今日に限って外し忘れるんですか!?

 寿命が縮まりましたけど!?


 側仕えが改めて目盛りを確認する。


 どうなる――。


 再び大広間に緊張が走った。


「95キロです! 95キロです!」


 その声と同時に、周囲がまた一斉に私を見る。


 でも、今は視線なんてどうでもいい。


 95キロ。

 私、助かった……。


 クリアしたんだ……。

 私、助かったんだ。


 自分の手が震えているのに気付く。

 震えを抑えるため、ぎゅっと握り締めた。


 契約を守った。

 ――助かったんだ。


 まずい、泣きそう。


 それまで沈黙していたギャラリー達が、一斉に拍手をくれた。

 その中には、仲の良い厨房の人達の姿もある。

 それを見た瞬間、余計に涙腺が緩んだ。


 隣のナトムさんが、ほっと安堵の息を吐く。


「カンナ、契約は守られました。おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます!」


 体重計からガシャンと降りる音がした。

 視線を戻すと、陛下と目が合う。

 私は笑顔で駆け寄った。


「陛下! ありがとうございます! 私、助かったんですね! 自由になれるんですね!」

「あぁ、そうだな。良かったな」

「はい! でも……視察も含めて約二週間、食事はどうしていたんですか?」


「食事はお前が言っていた通り、最初に野菜を多く食べた。揚げ物も控えたし、間食もナッツや果物を少量だけだ。どの滞在先でも、大皿から取り分ける形式だったが、城で食べていた量以上は取らなかった」

「陛下……」

「それと、日課の早歩きも続けた。視察中も毎日だ」


 私が言ったことを、続けてくれていたんだ。


 脂肪二キロを落とすのは簡単じゃない。


 忙しい中で運動も続け、食事にも気を配ってくれていた。

 視察中も、私の献立じゃない中で実践してくれていた。


 つまりそれだけ、陛下が本気で向き合ってくれていたという事だ。


 自分で食を管理する。


 それは栄養マネジメントのゴールでもある。

 もちろん私の努力もある。

 でも――私が助かったのは、陛下の頑張りが大きい。


「私が契約を守れたのは、陛下が頑張ってくれたからです。ありがとうございます」

「確かに、お前の命がかかっていたのもあるが……これはお前の努力の結果だ」

「陛下……」


「私はお前から教わった事をやっただけだ。そのおかげで膝や腰の痛みも軽減した。長く歩けるようにもなった。外見の変化はまだ少ないが、私にとっては大きな変化だ」


 食事でここまで変われるのだな――そう続けた陛下は、


「カンナ、ありがとう」


 少しだけ笑った。


 ぎこちない笑顔。

 でも、この笑顔が見られただけで、三ヶ月続けて良かったと思えた。


「それに、これからも痩せていけば、病気のリスクも減るのだろ?」

「はい。勿論、痩せたら病気にならないわけではありませんが、今の体重を落としていけば、体重過多による病気のリスクは減ります」


 陛下は頷くと、真剣な表情になった。

 

「カンナ、お前はこれからどうしたい。お前は自由だ。王宮に残ってもいいし、別の場所に移ってもいい。元の世界へ帰る方法が分かってるのなら協力もする」


 これから、どうするか。


 来たばかりの頃なら、一刻も早く王宮を出たかった。

 でも今は違う。答えはもう決まっている。


「陛下。私は元の世界に戻る事を諦めたわけではありません。ですが方法は分かりません。だから――どうか、このまま王宮に置いて下さい」


「……それで良いのか?」

「はい。それに以前もお話しましたが……私ごときがおこがましいですが……陛下の力になりたい。味方になりたいんです。だからどうかお願いします!」


 日本人の習性で、勢いよく深くお辞儀をする。

 突然の動きに陛下は少したじろいだが、やがて口を開いた。


「味方になりたい、か……やはりお前は変わっている。だが、お前がそうしたいなら構わない」

「陛下! ありがとうございます!」


 陛下は近くに来いと手招きした。

 側に寄ると、周囲に聞こえぬよう声を落とす。


「カンナ。今回、お前を消そうとしていた黒幕――コバト大臣は追放され、ひとまずの危険は去った」

「はい」

「だが……以前、キノコ料理をお前が振る舞った折、コバト大臣が毒殺されかけた件。その黒幕は、まだ捕まっていない」


「……はい。分かっています」

「犯人がお前を“貴族殺し”に仕立てようとした可能性は高い。となれば――お前は、今もなお危険の中にいる」

「……」

「それだけではない。今後、お前を利用しようとする者、あるいは排除しようとする者も増えるだろう。十分に気を付けろ」

「はい」


 私が頷くと、陛下はナトムさんへ視線を向けた。


「ナトム。あの書類を」

「ああ、あれですね。かしこまりました」


 ナトムさんは踵を返しかけ――ふと、こちらを窺っていたギャラリーに気付いた。


「何を見ている。皆、仕事に戻りなさい」


 手を叩き、指示を出すナトムさん。

 すると、皆しぶしぶ持ち場へ戻っていった。

 その様子を見届けると、ナトムさんも大広間を後にした。


 数分もしない内に、高級そうな羊皮紙を手に戻ってくる。

 ナトムさんはそれをテーブルに丁寧に置き、私の方へ振り返った。


「さぁ、カンナ、こちらに来て下さい」

「ナトムさん、これは一体何ですか?」


 何やら、難しい文章がぎっしりと書かれている。文字は読めるようにはなったが、難しい文章はまだすぐには理解できない。

 ゆっくり読んでいくと、何となくだが、何の書類か分かったきた。


 書類から顔を上げ、戸惑い気味にナトムさんを見つめる。


「もしかして、これ……国籍に関する書類ですか?」

「そうです。これにサインすれば、あなたはこのフィラデル王国の人間になれます」


 私は驚いて、陛下に視線を向けると、陛下は軽く頷いた。


「カンナ、お前は今、どこの国にも属していない危うい立場だ。この国の人間になる事で、今までよりは立場が保証される」


 陛下の言う通りだ。

 私は今無国籍の人間。

 どこの国にも属していない。危ないし、何かと不便だ。

 国籍を持つ恩恵は計り知れない。

 まぁ、納税の義務もでてくるが。


 二人の優しさに、目頭が熱くなった。


「陛下、ナトムさん……ありがとうございます」


 涙を堪えながら、震える手で名前を書いた。



 その後、書類を抱えナトムさんが退出すると、陛下と二人きりになった。


 沈黙が続き、少し気まずい。

 何か話題はないだろうか。


「陛下、あの……」


 声をかけると、陛下はそっぽを向いた。

 え? なんで?


「……でいい」

「はい? 今何て?」

「私の事は陛下ではなく、名前で呼んでいい」

「……え」


 そ、それは……ナトムさんみたいに、陛下を名前で呼んで良いという事ですか。


 突然すぎる。どうしてだろう。


 陛下の表情を見たいのに、全然こっちを向かない。

 突然の事に動揺して返事ができずにいると、不機嫌そうに振り返った。


「まさか、私の名前を知らないのか」

「い、いえ! 知っています、フェルラニン陛下です!」

「……」


 ――恥ずかしい!

 何この空気!


 名前呼びなんて、ナトムさんと亡きプロン様くらいしかしてないのに?

 私みたいなのが呼んでいいの?

 でも……それだけ信頼されたって思っていいのかな?

 そう考えると、少しむず痒い。


「別に嫌なら呼ばなくていい」

「へへ、すみません。フェル様」

「……」


 私が笑顔で返事をすると、陛下は私を見たまま、何度か瞬きをした。

 まるで、どう反応すればいいのか分からないように。

 そして、しばらく沈黙した後、陛下は少しだけ微笑んだ。

 その穏やかな表情を見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。


 ふと窓の外に目を向けると――

 雲一つない澄み切った青空が広がっていた。


 まるで、私の新しい一歩を祝福してくれているみたいだ。


 この先、想像もしていないような危険が待ち受けてるかもしれない。


 それでも今は――

 この幸福を、ただ静かに噛みしめていた。


完結となります。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

ブックマークや、下の☆☆☆☆☆で応援していただけると励みになります!


また別作品でお会いできましたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ