表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/16

3話 王の食卓

 この世界に飛ばされてから一週間。


 ここが日本でも海外でもない、フィラデル王国という国だということくらいは分かってきた。

 人々の服装や建物は、まるでヨーロッパ中世を思わせる。


 私が突然現れたあの場所は、やはり神殿だったらしい。

 国の重要な催事を行う、格式高い場所だ。普段は少数の神官しかいないが、あの日は国の繁栄を祈る大事な日で、お偉い方々が勢揃いしていたという。

 そりゃあ、完全に場違いな私は、秒で見つかるわけだ。


 問題は、その後だ。

 神殿騒ぎのあと、私は大勢に囲まれ、誓約書にサインをさせられた。


 三ヶ月で、どれくらい体重を落とせるのか。尋問のように問い詰められ、焦った私は、普段患者さんに伝えている言葉を、そのまま口にしてしまった。


「一ヶ月に、だいたい2パーセントくらいです」


 ――それが、そのまま誓約書に書かれた。


 しかも、文字がまったく読めない。

 どこの国の文字なのかも分からないし、本当に私の言った通りに書かれているのかも不明だ。読めない書類にサインする恐怖は半端じゃない。でも、サインしなければ残された道は――死刑。


 もう、書くしかなかった。


 ただし、待遇だけは、今のところかなり良い。

 与えられたのは、私のボロボロの1Kとは比べものにならない部屋。

 ちゃんと風呂もあるし、食事も毎回運ばれてくる。


 待遇だけ見れば、破格だ。

 だから文句を言ってはいけない。

 たとえ部屋から一歩も出られなくても。

 扉の前に見張りが立っていても。


 あの男に、食事について一切アプローチできなくても。


「……んなわけあるかぁ!! こっちは命のリミットが三ヶ月しかないんだぞぉぉ!!」


 勢いよく机に突っ伏す。

 長くて真っ直ぐな黒髪が、だらりと机に広がった。

 しばらくそのままでいると、ふふっと笑い声が聞こえた。


「おはようございます。カンナ、元気そうですね」

「あ、ナトムさん! おはようございます」


 乙女の部屋に毎日勝手に入ってくるイケメンのお兄さん――ナトムさんは、今日も爽やかな笑顔を向けてきた。


 どうやら、あの太った男の側近らしく、いつも振り回されているのが端々から伝わってくる。


「カンナ、お待たせしました。ついに、お呼びがかかりましたよ」

「やっとですね! ありがとうございます」


 やっと、あの男に会える。

 残された期間はわずかだ。まずは早急にカウンセリングを――

 ……と思ったら、その前に着替えさせられた。


 中世ヨーロッパ風のワンピース。男性のチュニックによく似ているが、丈は床すれすれまである。

 淡い青色のそれをナトムさんから渡され、着替えを済ませる。

 動きづらいがコルセットがないだけ、まだマシだ。


 とにかく早く栄養改善を! 

 意気込んでた私を横目に、ナトムさんは、ふぅと息を吐いた。


「……なんか、少し頭が重いですね」


 眉間に皺を寄せ、呟いた。


「すみません、なんか急にだるくなってきました……」


 ついさっきまで普通だったのに、急に椅子に腰を下ろした。

 少しぼんやりしている。


「大丈夫ですか?」

「えぇ」

「急に、ですか?」

「えぇ……少し休めば治ると思います」


 ナトムさんは軽く笑ってそう言った。

 

 その笑い方が、少しだけ引っかかった。


「直前に、何か変わったことはありました?」

「……さっき、砂糖菓子をいただきました」


 その一言で、ピンときた。


「今、空腹ですか?」

「そういえば、朝ご飯は食べてません」

「それなら、その影響かもしれません」


 私は近くにあったパンを差し出す。


「私の朝ごはんの残りで申し訳ないですが、これを少し食べて、水も飲んでください」

「え、今ですか?」

「はい。まずはそれで様子を見てください」


 言われた通りに、ナトムさんは上品にパンを口に運んだ。


 数分後。


「……あれ、さっきより楽です」


「空腹の状態で糖分だけを摂ると、血糖の変動が大きくなって、だるさや倦怠感が出ることがあります」


 私は淡々と続けた。


「体がエネルギー不足のまま急に糖を受け取ると、一時的にバランスが崩れるんです」


 ナトムさんが目を瞬かせる。


「そんなことで、ここまで変わるんですね……」


 これは、この世界では“見過ごされている体調変化”なのかもしれない。

 ナトムさんは少し間を置いて、自分の手元を見つめた。


「実はたまに同じ症状になる時があったのですが、医者も原因を突き止められませんでした」


 そして、私を見る。


「カンナは……詳しいんですね」


 声の温度が、少しだけ変わった気がした。


 ナトムさんが微笑む。


 笑顔の奥の距離が、ほんの少しだけ近づいた気がした。


 しばらくして、ナトムさんの体調は回復した。

 

「では、参りましょう」

 


 長い階段を登り、さらに長い廊下を抜けると、大きな広間に出た。


 中央には大きなテーブルが置かれ、二十人ほどが和気あいあいと食事をしている。

 そして、その中心に――あの男がいた。


 私は二メートルほどの距離まで進み、膝を折って頭を下げる。


「久しぶりだな。この城の生活には慣れたか?」

「はい。これも、陛下の寛大なお心遣いのおかげでございます」

「ふん、それは良かったな」


 ――そう。この男は、この国の王だった。


 初めて聞いた時は驚いたが、あの天まで届きそうな上から目線を思い出せば、すぐに納得できた。

 ……まあ、それはさておき。


 とにかく、この男の食生活を把握しなければ始まらない。


「フェルラニン陛下。早速ですが、食事についてお聞きしたいことが――」

「目が悪いのか? 私は今、食事中だ。後にしろ」

「では、食事の後にお時間をいただけませんか?」

「さっき急に会議が入った」

「では、いつなら――」

「十日後なら、いいぞ」


 ……全然やる気ねぇぇぇ。


 食事中がダメなら、十日後もダメじゃないか。

 性格悪すぎでしょ、この王様。


 このままだと、私、処刑一直線なんだけど!

 陛下は私を一瞥すると、向かいの席を指差した。


「そこに座れ。お前の分も十分にある」


 テーブルを見ると、確かに陛下の正面の席だけが空いている。


 い、いきなり王様と食事……?

 周囲の視線が一斉に集まる。

 テーブルマナーなんて知らないけれど、陛下の気が変わらないうちに、私は急いで席に着いた。


 テーブルには、豪華という言葉では足りないほどの料理が並んでいた。


  揚げた鶏肉、脂が滴る豚肉、巨大なチーズの塊。さらに甘い菓子まである。

 それらを自分の好きなだけ取り、皿代わりのパンに乗せ、手掴みで食べるらしい。


 陛下の周囲に座る男たちは、遠慮なく料理を口へ運び、ばくばくと頬張っている。

 私も正直お腹は空いていたが、今は食べている場合じゃない。


「陛下。普段のお食事は、いつもこのような内容なのですか?」

「そうだが」


 ……うん、完全にアウト。

 陛下が一日にどれほどのカロリーを摂取しているかは分からない。だが、この食事を一日三回、さらに間食として甘い菓子まで出てくるとなると、必要摂取エネルギーを超えている可能性が非常に高い。


 あと必要なのは――体重。

 体重さえ分かれば、具体的な計画が立てられるのに。


 頭の中で計算していると、陛下の隣に座っていた髭面の男性が、にやりと笑って話しかけてきた。

 陛下より、さらに体重がありそうな体型だ。


「君がフェルの身体を痩せさせると啖呵を切った、カンナちゃんだね。面白い子だ。私はプロン。よろしく頼むよ」

「は、はい……」


 プロンさんは、わははと豪快に笑いながら、チーズを口いっぱいに詰め込んだ。


「だがね、痩せる必要があるかい? フェルも私も、病気になったことは一度もないぞ」

「今は大丈夫でも、この食生活を続けていると、体重は確実に増えていきます。体重が増えると、病気のリスクも高くなって……例えば――」

「考えすぎだよ」


 プロンさんは私の言葉を遮り、陛下の肩に腕を回した。


「なぁ、フェル。膝が少し痛いくらいで、太ってても別に問題ないよな?」

「叔父上、口から食べ物が飛んでいます……。まあ、今のところ支障はありませんね」


 なっ……!

 太っててもいいよね同盟が、ここに爆誕している。

 まずい。栄養マネジメントは、本人の理解と協力がなければ成功しないのに。


 陛下は、何も食べていない私に気づいたのか、フライドチキンを取り分けてくれた。


「あ、ありがとうございます」

「お前が私を痩せさせたいなら、協力はする」

「えっ、本当ですか」

「だが、特段困ってはいない。食事は厨房から出てきたものを食べているだけだし、間食も出されたものを口にしているだけだ。私ではなく、料理人と話し合えばいいだろう」


 ……え?

 確かに、厨房との相談は必要だ。

 でも、どれくらい食べるか、どの料理を選ぶかを決めているのは、陛下本人だ。


 失言したら、おそらく極刑。

 どう言葉を選ぶべきか慎重に考えている間に、陛下は席を立ち、そのまま広間を後にしてしまった。

 早い。早すぎる。





 その後、私は城の厨房へ向かった。

 厨房は城とは別の建屋にあり、屋根付きの回廊で繋がっている。


 本来なら、まず陛下本人と食事についてしっかり話すべきだ。

 だが、時間をまったくもらえない以上、先に厨房を攻略するしかない。


 厨房の建物は、城とは違い、質素なレンガ造りだった。


 扉を開くと、広大な空間が広がる。

 無数の釜戸や暖炉、鉄製の鍋やフライパンが所狭しと並び、肉や魚、野菜が山のように積まれていた。

 百人近い使用人たちが、忙しなく行き交っている。


 案内してくれた侍女に、料理長が誰か尋ねる。


「あの方です」


 指差された先には、怒号を飛ばしている男性がいた。

 五十代ほどだろうか。白髪混じりの茶髪を白い帽子にきっちり収め、年季の入った前掛けを腰に巻いている。

 私は恐る恐る近づき、声をかけた。


「あの……」

「あ? 誰だ、あんた。新しく入った下働きか」

「いえ、違います。陛下のお食事について、ご相談が――」

「……陛下、だと?」


 その瞬間、料理長は無言で包丁に手をかけた。


「お前か! 俺の料理にいちゃもんつけてるって奴は! この包丁で、豚みたいに解体されたくなかったら今すぐ出ていけ!」


 ひぃぃぃぃ!!

 怖い! 怖すぎる!!

 

 どうやら、陛下とのやり取りは、すでに噂として広まっているらしい。


 宮中、怖すぎない?



 ふと、豪華な料理が目に入る。おそらく、陛下や大臣たちの食事だろう。

 先ほど口にした料理を思い出す。


 脂の多さ。塩の強さ。偏った品数。


 ——あれじゃ、体を壊す。


「あなたの料理、美味しかったです」

「当然だ」

「ですが……どうしても栄養バランスが気になってしまいます」


 あれだけ騒がしかった厨房が、一瞬で静まり返った。

 息を呑む音すら、聞こえない。


「……なんだと」


 料理長の目がさらに鋭くなる。


「脂質と塩分がやや多く、品目も少し偏っているように感じました」


 一呼吸置く


「このままだと、寿命を縮める可能性があります」 


 料理長の眉が、ぴくりと動いた。  

 周囲の料理人たちも、ざわりと揺れる。  


 喧嘩売ってるようなものだ。

 だけど、ここまで言わないと届かない。


 この人の料理を変えなきゃ、陛下の体は変わらない。


 ……やるしかない。


 ここで黙れば、何も始まらない。


本日はここまでです。読んでいただきありがとうございます!


しばらくは毎日夜に更新予定です。

楽しんでいただけたら嬉しいです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ