2話 三ヶ月の猶予
その場が静まり返る。
誰も、何も言わない。
胸の奥が、ひやりと冷えた。――失敗したのか。
そもそも、不審者の提案なんて受け入れられるわけがない。
終わった……私の人生、ここまでか。
お母さん、お父さん……親孝行もできずにごめんなさい。
俯いていると、男が低い声で命じた。
「立て」
言われるがままにゆっくりと立ち上がる。
近距離で視線がぶつかった。
男は背が高く、自然と見上げる形になる。だが、その眼には、ほんのわずかな好奇心が宿っていた。
「貴様の言っていることは、まったく理解できん。管理何とかとやらは、職業なのか? よく分からんが、食事で膝の痛みや健康を改善できるということか?」
「はい、できます。管理栄養士は、食事で人の身体を整える仕事です。この国には存在しない職業かもしれません。ですが――だからこそ、あなたの健康が改善されれば、私の言葉が真実だと証明できます!」
男は、ふっと鼻で笑った。
「食事で健康を改善するなど、馬鹿げている。ただ助かりたいがための、作り話ではないのか」
「命にかけて、嘘ではないと証明します……!」
思わず前のめりになる。
「その代わり、私の話が真実だと分かったら、自由の身にしてください。あと……その時は、少しばかり餞別をいただけると嬉しいです」
私の図太さに、イケメンお兄さんも、周囲の兵士たちも唖然としている。
だって、生きていくにはお金が必要でしょ。
男はしばし私を見つめ、やがて言った。
「ふっ……図々しい奴め。いいだろう。その約束、守ろう。後で誓約書を作る。ただし期間は三ヶ月だ。三ヶ月経っても、私の身体に変化がなければ――お前は処刑だ」
「わっ……分かりました」
「あと、鼻血を拭け。汚い奴は近寄らせん」
真っ白なシルクのハンカチが投げられ、男はそのまま去っていった。
……あ。
そういえば、神社の階段から落ちた時から、鼻血が出ていたのか。
もっと早く教えてくれてもいいじゃないか。
けれど――ひとまず、処刑は免れた。
安堵した瞬間、足の力が抜け、私は冷たい大理石の床に座り込んだ。
助かった。
助かったのだ。
ただし、あの男との約束通り、三ヶ月で「本人が自覚するほど」体重を落とさなければならない。
この未知の世界で、それがどれほど難しいのか。
まだ、何ひとつ分からない。
それでも――やるしかない。
三ヶ月で結果を出す。
それができなければ――私は死ぬ。
そして私はまだ、
この城に「私を快く思っていない人間」がいることを知らなかった。




