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1話 処刑寸前の管理栄養士


 あぁ、味噌汁が飲みたい。

 処刑されるかもしれない人間がそんな悠長なことを言ってる余裕がないのは分かってるが、それでも日本の味が恋しい。

 溜息をつきながら、焦げ付いた鍋を鉄のお玉でかき混ぜる。ふぅ、さて今日の晩ご飯の一品、オニオンスープの完成だ。


 私、坂下環奈は二十三歳。ごく普通の社会人――だった。


 気が付いたら、真っ白な大理石が広がる場所に立っていた。


 ……え?ここどこ?


 さっきまで神社の階段にいたはずなのに。

 転職活動がうまくいきますように、できればイケメンな彼氏も――なんてお願いした直後、足を滑らせて階段を転げ落ちた。


 顔面を強打したせいか、鼻がジンジンする。

 でも、それよりも。


 視界いっぱいに、続く白。まるで神殿みたい。

 ……一体、どうなっているの。

 痛みも忘れてしばらく呆然としていたところ、背後に人の気配を感じた。


「おい、貴様」


 男の凄みのある声がした。


 振り返ると十人程の甲冑姿の兵士と、その中央に豪華な金の刺繍が縁取られた赤いマントを纏った男が立っていた。

 真ん中の男をよく見ると、歳は私と同じ位だろうか、淡い茶色の髪に碧眼で顔は整っている。ただ、かなり膨よかだ。職業柄、健康面が気になってしまう。


 私がまじまじと見ていたからだろうか、男は険しい目つきで私を睨んだ。


「貴様、見たことも無い顔立ちだな。どこから来た。ここは高位の者しか入れない神聖な場所だぞ。ただの不法侵入とはわけが違う。その意味が分かるか?」


 男は近くの兵士に視線を向けた。

 兵士は、うやうやしい態度で剣を差し出す。男が剣を握り、それをこちらに向けて、ゆっくりと近づいてきた。

 初めて見る剣が、自分に向けられている――そう理解するまで、一瞬時間がかかった。


「ま、待って下さい! 私は怪しい者じゃありません!」

「怪しい奴は皆そう言う」

 

 たしかに……って納得してどうする。


「本当なんです! 神社で転んで顔をあげた瞬間、ここに移動していて……っつ」


 男の剣が、喉元近くまで迫った。

 恐怖で、息が止まる。


「もう少しまともな嘘を考えてから侵入するんだったな。こいつを地下牢に連れて行け!」


 は? 地下牢?

 いきなり知らない場所に来て、いきなり牢に放り込まれるの?

 こっちは、か弱い日本人ですよ。

 地下牢なんかに入れられたら、死んじゃうって。


 兵士達は私に近づいてくる。


「ちょっと待って! 嘘じゃないんです!」

「お待ち下さいフェル様」


 兵士達の動きが止まった。


 さっきまで兵士達に紛れて気が付かなかったが、兵士達の後ろからもう一人、ゆったりとした緑色のチュニックを纏った男性が出てきた。こちらの男性は歳は三十前後だろうか。赤毛に翡翠色の目をしている。こんな状況なのに、とても穏やかな顔をしている。


「フェル様、いきなり連行する前にまずは彼女の話を聞きましょう。聞いてから判断しても良いのでは?」


 そう言って私に対してにっこり笑った。

 イケメンのお兄さん、ありがとう!

 太った男は舌打ちはしたが、ゆっくり剣をおろした。


 イケメンのお兄さんに感謝しつつ、私は必死に彼らに事の成り行きを説明した。自分は日本人で近所の神社にいたはずが、階段から落ちた瞬間に何故かここにいたのだと……

 だがこんな不思議な現象を信じるわけがない。


 ……空気が重たい。

 イケメンのお兄さんも微妙な顔をしている。確かに私が逆の立場なら、かなり怪しい不審者にしか思わないかもしれない。 


 太った男の方を見ると、眉間にシワを寄せて考えこんでいた――のだが、私はそれよりも男が何故か一人だけ汗をかいているのが気になった。

 男はハンカチで額の汗を拭うと、今度は兵士に椅子を持ってこさせた。膝を抑えながら椅子に座ると、男は私に目線を向けた。


「話を聞いて、余計に疑いが深まった。私に嘘をつけば、極刑だという事は分かっているはずだが」


 はっ? 極刑?

 ……つまり、私は殺されるってこと? 


「えっ、ちょっと待って! 本当の事なんです。信じて下さい!」

「信じて欲しければ、まず貴様が私達に話した事が真実であると証明するんだな。まぁ、そもそもお前は大神殿への不法侵入で、既に極刑は確定だ。こいつを地下牢に連れて行け」

「そんな!」


 イケメンお兄さんに視線を向けたが、その表情には諦めの色が浮かんでいる。先ほどのように助けてはくれない。


 太った男に視線を向けると、問題解決したとばかりに、揚げ菓子を頬張っている。

 私は呆然としながら兵士に両腕を掴まれ、出口に向かって引き摺られていく。

 

 先程から薄々感じていたが、ここは日本でもなければ海外でもないのだろう。どう考えても、服装や甲冑姿は現在ではありえない。なのに何故か言葉は理解できるというのが不思議ではあるが。


 タイムスリップなのか異世界なのか分からない。

 だが一つだけ確かなのは、ここで私を助けてくれる人はいないということ。

 このままでは、処刑されてしまう。

 

 そんなのゴメンだ!

 私は覚悟を決めて息を吸い込んだ。


「ちょっと待って! 証明する方法はあります!」


 広い神殿のような空間で、私の叫びは予想以上に反響した。

 私を引き摺っていた兵士も、太った男も、イケメンお兄さんも驚いてこちらを見た。


「あなたは、私が話したことが真実であると証明しろと言いましたよね。先程話した通り、私はこの場所で私を証明できるものは何もありません。だから、私が話した事が真実だと証明できる時間を下さい!」


 太った男はじっと私を見た後、菓子を置き、椅子から立ち上がった。そしてゆっくりと近付いてきて、私を見下ろした。先程と違って、男の眼は何やら楽しそうだった。


「不審者がどうやって証明する」

「失礼ながら、あなたは体重が重い故に、身体に問題を抱えていませんか」

「…………なんだと」

「体重が増えると、まず膝にきます。立ち上がるのもつらいはずです。長く歩けない。それが続けば――今度は、心臓に負担がかかる」


 男の口元が、わずかに引きつった。

 膝が痛いから、先程から一人だけ椅子に座っていたのだ。体重が原因の可能性は高い。


「さらに進めば、高血圧。 これは“静かに身体を壊す病気”です。 あなたはもう、初期症状が出ています」

「……何が言いたい」


 私は深呼吸した。

 覚悟を決めろ。


 ここがどこだか知らないが、意味の分からない理由で死ぬのはごめんだ。おそらくこの場所で一番権限のある人物は、間違いなく目の前のこの男。この男を落とせば助かるはず。


「私は管理栄養士です。あなたの身体を、食事から立て直させて下さい。すぐに変化は出ません。

でも――必ず、今より健康な身体にしてみせます」


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