29話 炎の中の選択
マグシムが助けに来てくれた。
まだ助かったわけじゃないのに、安心した瞬間、身体から力が抜けた。
そのまま床にへたり込む。
「カンナ! 座るな、立て!」
鋭い声。
はっと顔を上げると、マグシムはすでに私の前に立ち、男達へ剣を向けていた。
敵は、あの女と男三人。
一人が雄叫びを上げて突っ込んでくる。
マグシムが瞬時に動く。
一歩踏み込んだと思った瞬間、男の懐に入り、剣が横薙ぎに走る。
男は何が起きたか分からない表情のまま崩れ落ちた。
早すぎて何も見えなかった。
「あと二人」
低い呟き。
男達が一瞬ひるむ。
だが同時に飛びかかってきた。
マグシムの剣が光ったと思った次の瞬間――
気づけば、一人が私の目の前に倒れていた。
す、すごい。近衛騎士って、こんなに強いのか。
「あれ、もう一人はどこ?」
――その瞬間、横から男が私に剣を振りかざすのが視界の端に映った。
まずい!
「っつ!」
「カンナ!」
よけたつもりだったが、右腕を少しかすめた。
青い服が一気に赤く染まっていく。
マグシムが私に襲いかかった男を斬り込む。
男が倒れると、部屋に静寂が訪れた。
「カンナ、大丈夫か! 腕を見せろ」
マグシムが私の腕を掴み、袖を裂く。
ざっくりと切られた傷が見えた。
そこまで深く斬られたわけではないようだけど、すっごく痛い。
包丁で指を切った時なんか比べ物にならないくらい痛い。
斬られたショックと痛みで涙が出た。
「ふぇ、痛い。痛いよぉ」
「この位なら、死なない。泣くな!」
怒られた。だって私は平和な日本育ちですから、こんな事初めてだもの。
マグシムは腰紐をほどき、それを私の斬られた腕にきつく巻き付ける。
「止血はした。治療は帰ってからだ」
「あ、ありがとう」
「くそっ……あの女がいない」
再び空気が張り詰める。
「いいかカンナ。最後まで油断するな。泣くのは助かってからだ」
「う、うん」
慎重に、監禁されていた部屋を出る。
小屋の中は薄暗い。
出口へ行くには大広間を通る必要がある。
マグシムの背中を追いながら歩く。
その時――
鼻をつく臭いに気付いた。
「あれ、この臭い……」
「もしかして助かったとでも思ってるの?」
数メートル先で声がした。
声の主を探すと、入り口の扉の前にあの女が立っていた。
片手に小ぶりの剣と、もう片手にはメラメラと燃える松明。
「あんたは絶対に殺す。そうすれば私は、あの方の侍女になれる。高貴な方の側仕えになれば、貴族との結婚だって夢じゃないわ」
「あ、あの方って誰なの?」
「あんたに言うわけないでしょ!」
女はふふふと笑みを見せると、松明を床に近づけた。
「気付いてるでしょ、この臭い。小屋中に油を撒いたの。ここに火を落とせば――扉から燃え広がる。あんた達は逃げられない」
「残念ながら、こんな事しても意味がないぞ」
マグシムが即座に否定する。
「は? あんた何を言っているの?」
「お前は牢獄行きが確定している。あの方とやらもな」
女の顔色が変わる。
「でまかせ言ってるんじゃないわよ! 料理人風情の息子が!」
「証拠は揃っている。お前の一族ごと処刑。良くて流刑だな」
「嘘をつくな!!」
女は松明を床に近付ける。
え? ちょっと待って! やめてっ!
女は私とマグシムを睨むと一言呟いた。
「死ね」
松明が床に落ちる。
その瞬間、一気に扉付近が炎で燃え上がった。
うそでしょ……
真っ赤に染まる視界。
熱風が頬を焼き、炎は一気に床を這って迫ってきた。
ど、どうしよう!
そんな中、女が扉を開けて小屋を出ようとするのが視界に入った。
逃げられる!
するとマグシムはテーブルに置かれていたジョッキを、女めがけて勢い良く投げた。
それは女の後頭部に直撃し、女はそのまま倒れ込んだ。
「……え? 死んだ?」
「殺してない。手加減した」
マグシムがきっぱりと言い切った。
「マグシム! それよりも、早く脱出しなきゃ」
「……あぁ」
「扉からは逃げられない! 他の出口を探そう」
「……」
「マグシム?」
マグシムの様子がおかしい。
「マグシムどうしたの?」
私がマグシムを覗き込むと、マグシムの瞳が揺れた。
「カンナ」
「何?」
「お前……このまま逃げるか?」
「……は?」
「この火事で死んだ事にして、お前はどこかに逃げるか?」
「……え」
どういう事?
逃げるって……まさか、王宮から逃げるって事?
「マグシム、急になんでそんな事」
「今は絶好のチャンスなんじゃないか? こんな機会はもう二度と訪れないかもしれない。お前は元々、貴族でも王族でもないんだ。こんなに命を狙われる必要もない」
「……」
「火事で死んだ事にすれば、お前はもう狙われない。外国で平和に暮らす事だってできる」
「……マグシム、陛下の家臣のあなたが、そんな事言って平気なの?」
そう言うと、マグシムは一瞬気まずい顔をした。
「平気じゃないな。バレたら俺も下手したら地下牢行きだ。だけど、まぁそこは上手くやるさ。けど、お前は王宮に帰っても、陛下との契約が守れなければ死刑だ。仮にそれが免れたとしても、お前は命を狙われ続ける……だから、お前が逃げるなら逃走に協力してやる」
マグシムのグレーの瞳から強い意志と覚悟を感じる。
私の為に、なんでそこまで……
でも逃げる? どこに?
最初から不可能な事だと思って考えた事も無かった。
でも、確かにこんな機会はもうないかもしれない。
考え込んでいたが、あまりの暑さにハッとする。
辺りを見渡すと炎はすぐそこまで迫ってきていた。
「マグシム、でもこの炎の中、どうやって逃げるの?」
「あの女がバカで助かったよ。お前の監禁されていた部屋の小窓からなら脱出できる。お前は俺が担げば小窓に届くだろう。俺もそこの椅子を使えば手が届く」
「あ、確かに……」
「小窓から脱出したら、小屋の裏側に出るから、そしたら低い崖がある。その下に小川が流れているから、その小川に沿って逃げろ。俺が逃走用に必要な物を準備して、後を追う。お前に荷物を渡したら、その後、俺が王宮にカンナが死亡した事を報告に行く。ここは王都ではないし、人も少ない。気付かれる可能性も低いだろう」
「……」
「早くしないと俺の部下達がここに来る。早く決めろ」
……どうしよう。逃げる? 逃げれるの?
ふと、斬られた腕に視線がいく。少しでも腕を動かすと激痛が走る。
そうだよ。
なんで私こんな目にあわなきゃいけないの?
誘拐されて、斬られて、殺されかけて。
いや、そもそも――
異世界に飛ばされた時点で、意味が分からなかった。
もうこんな世界いやだ。平和な日本に帰りたい。
「……」
でも帰り方は分からない。
だから、今はこの世界で生きるしかない。
だったら――別の国へ逃げる?
そうすれば、
もう命を狙われることもない。
処刑もされない。
「カンナ、とにかく脱出するぞ」
「……ちょっと待って」
でも、陛下との約束は?
学校給食は?
投げ出すの?
無責任じゃない?
でも命には代えられないし――
でも。
私がいなくなったら陛下は。
肥満は病気のリスクが高い。もしプロン様みたいに亡くなってしまったら……
ふと、陛下の叔父であるプロン様との最後の会話が頭をよぎった。
あの人は私に言った。
陛下を助けてほしい。味方になってほしい。
王は孤独だから、と。
私はその時、いい返事ができなかった。
だけど今だったら私は何と答えていただろうか。
「カンナ、お前……」




