25話 疑惑の屋敷と、風邪の少女
今、私は見知らぬ男の屋敷にいる。
金の装飾がされた来客室。
高級な大理石のテーブル。
そんな場所で、私は必死に平静を装いながらハーブティーを飲んでいた。
……いや無理。全然平静を装えない。
心臓バクバクなんですけど。
「申し遅れました。私はレチールと申します。高利貸しを生業にしてましてね。貴族の方々にもご贔屓いただいております。 どうぞ宜しくお願い致します」
「……宜しくお願いします。で、無理やり連れてきて、私に何の御用でしょうか?」
「実は先日、コバト大臣にお会いしましてね」
「は?」
……なんでそこでコバト大臣? 意味が分からない。
「彼に聞いたのですが、最近、学校に通う子供達に無償で食事を提供しているとか」
「……」
「外国人のあなたが、何の得にもならない事を行っている。実に不思議だ」
「外国人とか関係ありません。食事にありつけずに身体が弱って行く子供に、食事を配ってはいけないんですか?」
この国の貧民層では、食事はまず働き手に優先して与えられる。子供は後回しだ。
そんな中で、学校での一杯がいかに重要なのかは日本の給食の歴史でも証明されている。
「もしかして食事を条件に子供達を何かの企みに利用しているのでは?」
「そんな事していません!」
何なんだこの男。
コバト大臣の仲間?
しかも、ずっと微笑んでる。
怒鳴られるより、ずっと怖い。
「では潔白を証明する証拠はありますか?」
「ありませんが、疑われる証拠もありませんよね」
久々にイライラしてしまった。
何でこんなに疑われてしまうんだろう。私が外国人だと思ってるから?
レチールは髭を撫で、笑顔のまま鋭い目を向けてくる。
「カンナさん、私はただ子供達が心配なんですよ。平民の多くは、貴族の一声で簡単に処刑される」
「私は子供達を利用なんかしていませんし、私は平民なので何の力もありません」
「ですが、陛下のお気に入りだ」
……出たそれ。
「十分、力はあると思いますよ」
ダメだ。
この人、最初から疑ってる。
「普通、よその国の子供の為に無償で何かをする人はいない。必ず裏がある」
「それはあなたがそう言う人だからではないんですか? 私は違います」
ここではそんなに無償で何かをする事はあり得ない事なのだろうか。
実際、無償で厨房の人たちも動いてくれているのに。
「あなたがどういう人物か、見極める必要がある。本当に大臣の言う通りなのか」
「それで? 結論は?」
「悪だくみしてるようには見えませんが……害をなす人物でない証拠もない」
「だったら、どうするんですか?」
レチールは微笑んだまま言った。
「コバト大臣に引き渡すしかありません」
「え?」
今何と言った?
コバト大臣に引き渡す? 私を処刑しようとしたコバト大臣に?
引き渡されたら、それは死を意味するんですけど……
「あなたをコバト大臣に引き渡し、きちんと取り調べをしていただきましょう」
いやいや、大臣が取り調べなんかしたら速攻処刑されますが!
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
レチールはグラスに残ったワインを飲み切り席を立った。
「今日はもう遅い時間です。どうぞこの屋敷にお泊まりください。明日、馬車を出すのでコバト大臣の邸宅にお連れします」
「邸宅?」
「大丈夫ですよ。大臣は陛下を抜きにして、じっくりと取り調べをしたいだけだと言ってましたから」
いやいやいや! それ絶対嘘じゃん。殺される。
案内された客間で頭を抱える。
夜中に屋敷から脱出しようかとも思ったが、熊のような屈強な男達が至る所に配備されている屋敷から、脱出できる訳もない。
明日の朝、もう一度説得してみよう。
駄目なら「私は陛下の愛人だから、勝手な事したらあなたが処刑されるよ」とか嘘ついて脅すしかない。
大臣の家に行ってしまったら私の人生はそこで終了だ。
もうすっかり外は暗くなり、屋敷の中はかなり冷え込んできた。
豪華な夕食をご馳走になった後、お風呂に入ったが、冬はすぐに身体が冷えてしまう。
「うぅ、寒い」
腕をさすりながら、お手洗いから客間に戻ろうと、長い廊下を歩いている時だった。
ゴホゴホと誰かが咳をした。
「ん?」
どこから聞こえたんだ。立ち止まって耳を澄ませる。
ちょうど立っている左側の扉の向こうから、不安そうな女の子の声が聞こえた。
「そこにいるのはだぁれ?」
「えっと、初めましてカンナって言います」
「さっきお父様と話していた人?」
お父様? レチールのことか。
「私のこと知ってるの? そうだよ」
「……お姉ちゃん。お願い、こっちに来て」
え、入っていいのかな。
でも来てって言ってるし。
ゆっくり扉を開けると、窓際のベッドに小さい身体を丸めて横たわる女の子がいた。
五歳位だろうか。金髪に碧眼のお人形のような子だ。
「風邪ひいてるの? 大丈夫?」
頬が赤い。明らかに体調も悪そうだ。
初対面の人間に来てなんて。もしかして寂しいのかな。
少しの間、話し相手になる位なら、この子の父親であるレチールも許してくれるだろう。
「すぐ風邪ひくから、もう慣れっこだよ」
「そっか、強いね」
名前はリンちゃんというらしい。
彼女のおでこを触ると確かに熱がある。息もヒューヒューと苦しそうだ。可哀想でこちらまで辛くなってくる。
裕福な家庭だから医者には診てもらっているはずだけど。
「お薬は飲んでる? ご飯は?」
「お薬は飲んでるよ。でもご飯はあんまり食べれないの」
ベッド横の食事を見る。
パン。
山盛りチーズ。
牛ステーキ。
……重っ。
病人メニューじゃない。
そりゃ食べれないはずだ。
私は立ち上がった。
「ちょっと待ってて」
急いで厨房へ向かう。
もちろん主の了承は取ってある。
料理人が横で監視しているが、気にしないことにした。
おそらく毒を入れたり、変な事をしないか見張るように言われたのだろう。
鍋に牛乳、蜂蜜、パンを投入。
病院でよく作ってた。患者人気トップ5に入る、パン粥だ。
次に野菜スープ。
人参、南瓜、ほうれん草、豚肉、生姜。
身体を温めて、栄養も取れる。
スープを加熱している間に、オレンジやりんごを手早くカットした。
風邪の時は――
粘膜を守るビタミンA。
抵抗力を上げるビタミンC。
身体を作るタンパク質。
最低限、そこは押さえたい。
急いで作り終わると、リンちゃんの部屋に持って行く。
「リンちゃん、ご飯を作ったんだ。少しなら食べれる?」
リンちゃんはむくりと起き上がると、持ってきた料理を凝視した。
「お姉ちゃん、これなぁに?」
「パン粥だよ。ほんのり甘いよ。食べてみる?」
「うん」
この国にはスプーンがないので、リンちゃんは容器を両手で持ち、ゆっくり口をつけた。
嚥下した後、リンちゃんが目をぱちぱちさせた。次第に笑顔になる。
「これ美味しい! 初めて食べた」
「そっか、良かった。食べれるだけでいいから、他のも食べてみて」
「うん」
リンちゃんは三品とも八割方食べる事が出来た。
あとは薬とリンちゃん自身の身体に頑張ってもらうしかない。
私が食器を持って出て行こうとすると、リンちゃんに袖を掴まれた。
「お願い、寝るまでここにいて」
か、可愛い。
「うん、分かった」
どうせ、自分の部屋に戻っても、明日の事が不安で熟睡など出来ないだろう。
リンちゃんと一緒だと不安も和らぐ。
ベッドの近くに椅子を持ってきて座り、リンちゃんの汗を拭いてあげた。
「お姉ちゃん、ご飯作ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
リンちゃんは、目を閉じてすぐに、すぅすぅと寝息を立てた。
それを見てたら――
私も限界だったらしい。
気づけば、リンちゃんのベッドに突っ伏すように眠っていた。




