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26話 命を救う魔女


 冷え切った空気に身震いし、目を覚ました。


 窓の外はすっかり明るい。

 鳥のさえずりまで聞こえる。

 どうやら、リンちゃんの部屋で朝まで寝てしまったらしい。


 リンちゃんの汗を拭いたり、水を飲ませてあげたりした記憶はあったが、いつ意識を失ったのかは覚えていない。


「……疲れてたのかな」


 リンちゃんは穏やかにまだ寝息を立てている。

 おでこに手を当てると、熱は大分下がっていた。


「良かった……」


 椅子から立とうとすると肩からパサっと何かが落ちた。


「ん?」


 落ちたのはマントだった。


 かなり上等な絹。

 見覚えがある。

 ……レチールのだ。


 え、いつ来たの?

 もしかして寒いから掛けてくれた?

 いや、あの人が?


 寝ぼけた頭で混乱していると――

 トントン、とノックが聞こえ、レチールが部屋に入って来た。


「おはようございます。カンナさん」

「おはようございます。レチールさん」


 レチールはリンちゃんをチラッと見ると、再び私に視線を戻す。


「どうやらリンの面倒を見てくださったみたいで、ありがとうございます」

「いえ、好きでやった事なので」


 またジッと見られる。この人の癖なのだろうか。

 そんな事より、もう一度話し合って、大臣に引き渡されないように交渉しなくては!


 必死に脳内で交渉のやり取りをシミュレーション している私を見て、レチールさんはニコッと笑顔を作った。


「今馬車を用意しますので、王宮にお送りしますね」

「……え?」


 今、王宮って言った? コバト大臣の邸宅ではなくて?


「え、王宮に帰らせてくれるんですか?」

「えぇ、大臣への引き渡しは止めました。今回の件は、私は少し前のめりになってしまっていたようです。申し訳ありません」

「はぁ、そうですか……」


 何がどうなったのか分からないが、とにかく助かったらしい。 だけど一体何で心変わりをしたのだろうか? 

 まぁ、考えても分からないし、とにかく早く帰ろう。

 

 馬車が用意できるまでに、リンちゃんの朝ごはんを速攻で作り、お屋敷の厨房の人に、体調が悪い時の食事はどんな物が良いか伝えておいた。


 支度を終え、玄関へ。

 外扉を開けてくれたのはレチールだった。


「もう少しお話ししたかったのですが、お互い忙しい身。残念です」

「あはは、そうですね。お世話になりました」


 もう二度と会いたくないです。

 会うたびに命の危機はごめんですから。


 外に一歩出て振り返ると、レチールは微笑んでいた。


 この人の笑顔は作り笑いみたいで少し怖い。


「カンナさん、近いうちにまた会いましょう」


 この人は結局何者なのだろうか。名前しか分からなかった。

 


 それから二週間。

 心配をよそに何も起きなかった。


 結局、レチールという男は何者だったのだろうか。

 疑問は残ったままだったが、陛下の栄養管理と学校給食の対応に追われるうちに、私は次第に彼の事を考えなくなっていった。


 

 ある日。

 厨房で皿洗いをしていると――


「カンナ、陛下がお呼びだ。洗い物はいい、急げ」

「はい!」


 エプロンを外し、小走りで大広間へ。

 大広間の扉を開くと、男性三人が立ち話をしていた。

 陛下とコバト大臣、そして……あのレチールだった。


 レチールと目が合う。

 そして、ニコッと笑みを向けられた。


 ぎゃぁぁぁぁ! でた〜!!


 急いで陛下の背中に隠れた。


「お久しぶりですねカンナさん」


 レチールは笑みを絶やさない。 その笑顔が何を考えているのか分からなくて本当に苦手だ。


「お、お久しぶりです。レチールさん」


 陛下の背後から顔だけ出して挨拶した。


「カンナ。ちゃんと挨拶しろ」


 陛下に怒られ、しぶしぶ背中から出る。


「ははは、カンナさんがお元気そうで良かった」

「リンちゃんの体調はどうですか?」

「元気ですよ。カンナさんのおかげで、あれから一度も体調を崩していないんです」

「そうですか。良かったです」


 それは本当に良かった。心配だったので、一安心だ。


 私とレチールが話している横で、コバト大臣は私をずっと睨んでいる。

 視線を合わせないようにしていたのだが、大臣の方はしびれを切らしたのか話しかけてきた。


「魔女め。レチール殿まで妖しい術を使って丸め込んだのか」

「大臣、止めないか」


 陛下が諫めてくれたが大臣は止めない。


「失礼ながら、陛下は術で洗脳されているのです。レチール殿、あなたも術をかけられたのでしょう。目をお覚まし下さい! この娘は国を滅ぼそうとしているのですぞ」


 何でこんなボロクソに言われなくてはいけないのだ。

 妖しい術が使えるなら、とっくにコバト大臣に術をかけて大人しくさせている。

 レチールは笑顔のまま大臣に向きなおった。


「えぇ、この方はたしかに魔女ですね」


 え、そこは否定して。


「ただし――命を救う事ができる魔女です」

「な、何を言っている、レチール殿!」


 驚く大臣に真っすぐ視線を向け、レチールは話し出した。


「私には身体の弱い五歳の娘がいます。娘は一年に何度も体調を崩し、一度悪化すると一ヶ月は治りませんでした。ですが、カンナさんが用意してくれた食事を食べたら、娘は次の日に明らかに回復していたんです。しかも、食が細くていつも殆どの食事を残す娘が、彼女の料理は食べたんです!」


 レチールがこちらに視線を向ける。


「さらに、汗を拭き、水を飲ませ、手を握り、朝まで側にいてくれた。そんな方が悪い人間とは到底思えません」


 あの時は、疲れて朝まで寝ちゃっただけなんですよね……黙っておこう。


「レチール殿! それはあなたを取り込む為の演技です!」


 大臣が目を吊り上げて反論する。


「えぇ、可能性は否定しません。なので――調べました」


 レチールさんの笑みが消え、一瞬で空気が変わる。


「役所に確認したところ、学校給食開始以降、各地域の子供の死亡率が二割減少していました」

「な……」

「事故や病気も含めて、です。 役所も理由を把握できていなかった」


 レチールさんは話を続ける。


「私はその後、各学校を回りました。子供達の様子を知りたかったんです。訪ねてみると、沢山の子供達が笑顔で給食を食べていました。しかも貧民街の子供も沢山いるではないですか。私は死亡率の減少は、この事が影響している可能性が極めて高いと理解しました」


 レチールさんが私に視線を向ける。

 その視線は、優しいものだった。


「私は、貧しい平民の子供達が、あんなに楽しそうに食事をしている姿を、今まで見た事がありませんでした……カンナさんの行いは間違いでは無かった。そう確信したのです」


 ……そこまで調べてたの?

 この人何者なんだろう。


 陛下が問う。


「それで、どうするつもりだ」

「国主導で学校給食を行うべきです」


 大臣が絶句する横で、レチールさんは続けた。


「給食を与えることで、飢えに苦しむ子供達を救うことができる。さらに、給食目当てで親が子供を学校へ通わせるようになれば、子供達は読み書きや法律を学べる。雇用主に騙されることも減るでしょう。将来の職業の選択肢も広がる」


 話を黙って聞いていたコバト大臣は、レチールさんに慌てた様子で話しかけた。


「しかしレチール殿、国もそこまで予算があるわけではないですし……」

「えぇ、ですので少しばかり、私が援助させていただければと思います」

「なっ!」

「後日、援助額を決めたいと思います。さらに陛下が前々からおっしゃっていた不要な事業を削れば十分予算は確保できるかと」

「しかし、レチール殿!」

「陛下、この学校給食は国会で検討すべき案件です。もし宜しければ、私に一任していただけますか」


 何でこの人、ここまで王や大臣に意見できるんだろう。


 恐る恐る、陛下に近づき小声で聞いた。


「あの、レチールさんって何者なのでしょうか?」

「何だ、知らなかったのか。彼は数年前に新設した教育府の長官だ」

「え? 長官?」


 レチールさん長官なの? 平民が長官になれるの?


「二年前に彼は神殿と協力し、無償で全国に学校を作ったんだ。さらに教育に関わる全ての業務を行い、金銭面でも多額の支援を行っている。その実績が認められ、教育府を新設した時に、長官の任が与えられた」


 えぇ、そんなすごい人だったのか。


「これも陛下が私を信頼し、任せていただけたおかげでございます」


 レチールさんは私に向き直りニコっと笑った。


「カンナさん、私にあなたの思いを引き継がせてください」

「……あ、ありがとうございます」


 あまりの怒濤の展開に、頭が追いつけない。


 横で大臣は口をあんぐり開けて動けないでいた。

 

 翌週、議会が開かれ、レチールさんの言葉通り、学校給食制度は、議会で可決された。


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