15話 氷を食べ続ける王女、その理由は
「同性と交流を深め、この国の作法や歴史を学べ」と陛下から命が下った。
めんどくさそうな香りが、プンプンするが、しぶしぶ衛兵の人について行く。
城の南側に来るのは初めてだ。
廊下の柱や窓枠などに花や鳥を象った装飾が施され、とても美しい。随分と華やかなエリアだ。
「ここです。中にお入り下さい」
案内してくれた衛兵さんに、お辞儀をして中に入る。
部屋の中は壁や家具がオフホワイトで統一された気品ある空間だった。
部屋の中心には、シンプルだけど品格漂う、これまた同色のテーブルが置かれていた。そのテーブルに誰かがこちらに背を向けて座っている。
この部屋の主人だろうか。
部屋の大きな窓から光が差し、この部屋の主人を照らしている。
勇気を持って声をかけた。
「あ、あの……」
「!」
部屋の主人が振り返ったその瞬間、身体が固まった。
めっ、女神がいる……
そこに座っていたのは真っ白な肌に美しい空色の瞳、光り輝く金の髪を腰まで伸ばした女神が座っていた。
私がもし男だったら、うっかり一目惚れしてしまいそうだ。
「まぁ! あなたがカンナね」
女神は椅子から立ち上がり、私に駆けて来る……はずだったがフラフラッと左横に二歩移動。
「……え?」
しばらくして、また私の方に駆けようとして今度は右横に二歩フラフラッと移動。
「????」
「ごめんなさい。めまいがして、いつもフラフラするの」
「座ってて下さい! 女神様!」
「女神?」
女神様に椅子に座ってもらう。めまいは治ったようだ。
ハーブティーを飲む仕草がなんとも神々しい。
「さっきはごめんなさいね。改めて、私の名前はセレン。フェルラニン王の妹よ。宜しくね」
やっぱりそうだったか。
もう格式高い部屋に通された段階で察してしまっていたが、この目の前の方は、陛下の妹君なのか。
セレン様は嬉しそうに両手を合わせる。
「兄上から、お友達を紹介していただけると聞いて、とても楽しみにしていましたの」
「お、王女殿下……その、こちらこそお会いできて光栄です」
「まぁ、どうかセレンと呼んで。私もあなたをカンナと呼ばせてもらいますから」
セレン様は上品に笑った。
陛下の妹君と言うだけあって、陛下と似ている。瞳の色はセレン様の方が薄い碧色だが。
「昨日兄上からお手紙をいただいた時は本当に驚きましたの。まさか私と同じ事が好きな方がいたなんて」
「はい?」
「早速ですけど、あの人気の近衛騎士マグシムですけど、彼だったら相手はどなただと思います?」
「……何がですか?」
「マグシムの相手なら、どの男性がピッタリだと思います? 私は意外とナトムもいいと思ってますの」
「??????」
「マグシム×ナトムなら、攻めはマグシムで受けはナトムっぽいですけど、意外性でナトムが攻めだったら最高ですわね」
「……」
まずい。何と返すのが正解か分からない。
とりあえず分かった事は――女神様はガチのBL女子だったと言う事だ。
陛下め……
交流を深め、この国の作法や歴史を学べだ〜?
騙された!
「……ってカンナも思いませんか! 絶対あの二人はお似合いですもの!」
興奮したセレン様が勢いよく立ち上がり――
フラッと倒れた。
「セレン様!!」
顔色が悪い。
「私ダメね。いつも目眩がしてフラフラするの。身体もだるいし、すぐ疲れてしまう」
「ちょっと失礼します」
セレン様の手を持つ。
手先が冷たい。そして爪がスプーンのように反り返っていた。
「セレン様は普段お食事はどういった物を食べてますか?」
「お肉は正直あまり好きではないの。揚げ物とか重たい物ばかりで気が滅入るし。普段はスープとか、お菓子を食べてるわ。あと何故か無性に氷が食べたくなるのよね」
「……」
もしかして。
鉄欠乏性貧血、かもしれない。
断言はできない。
だが、症状は一致している。
——試してみる価値はある。
「セレン様、私とティータイムをしませんか? 私が軽食を用意します」
「ティータイム? お腹は空いていないけど別にいいわよ」
急いで厨房に行き調理を始める。料理長が手伝ってくれた。
「お前は本当に変わった料理を考えるなぁ」
「私が考えた訳ではありません。先人のおかげです」
セレン様の部屋に戻ってお茶と軽食をテーブルに並べた。
珍しい食べ物にセレン様は目を輝かした。
「まぁ、何なのこの変わった料理は」
「軽食にレバームースのサンドイッチを用意しました。あとオレンジもどうぞ」
「レバーのムース? それをパンに挟んだの?」
「はい。試しに一口だけでも召し上がってみて下さい」
セレン様が恐る恐るサンドイッチを口に運ぼうとした、その時――
「お待ちください、セレン様!」
近くに控えていた年配の侍女がキッと私を睨んだ。
「そんな得たいの知れないものを王女様に食べさせるおつもりですか?」
「これは、レバーといって、動物の肝臓です。鉄分、ビタミンA、B群が豊富な栄養価の高い食べ物です」
「……何かあれば、あなたの首が飛びますよ」
私は一瞬だけ手を止めた。
――なるほど。
この国では、それが“普通”らしい。
「承知しています」
淡々と答えて、私はサンドイッチを差し出した。
一方、セレン様は目の前の食事を凝視していた。
「……これ、本当に食べられるの?」
「はい。私の国では普通に食べられてました」
おそるおそる、口に含む。
セレン様の目が、ぱっと見開かれた。
「なっ何なの、これ美味しいわ! レバーってこんな味なの?」
レバーは癖が強いが、下処理と手間次第で驚くほど食べやすくなる。
「カンナ、とっても美味しいわ」
セレン様はパクパクと上品に、サンドイッチとデザートのオレンジまで全てたいらげた。
食べてくれた。それだけで、勝負は半分決まった。
その後、しばらく雑談していて、ふと気が付く。
さっきより、顔色がわずかに戻っている。
「不思議、さっきまであんなに氷が欲しかったのに、今はそこまででもないわ」
その言葉に、侍女が言葉を失ったままセレン様を見つめていた。
やっぱり――間違っていなかった。
氷を無性に欲しがる症状、慢性的なだるさ、爪の変形、そしてこの顔色。
——鉄欠乏性貧血の典型的な症状だ。
「セレン様の症状が貧血からくるものでしたら、あの食事はとても有効です」
「へぇ、食べ物ってすごいのね」
「勿論、レバーとか一つのものに偏って食べては意味がありません、バランス良く食べる事が大前提です」
「そう」
セレン様がハーブティーに口をつける。
「こんなに親身になってくれる女性はあなただけね。貴族の令嬢は皆、親切な振りをして近づいてくるけど内心何を考えてるか分かったものではないですからね」
……お姫様も、大変なんだな。
「その点、あなたは完璧だわ。貴族でもないから私に近付いて権力を手に入れようとする必要もない」
「はぁ。私の何が完璧なのでしょうか?」
セレン様は女神の微笑みを向けた。
「私のお友達として完璧な相手だわ」
…………え、ウソ。
少しでも粗相したら即処刑の世界で、あまり王族貴族と仲良くするのはご遠慮願いたいのですが。
……とは言えず。
「こっ光栄です……」
――それから数日後。
「そう言えばセレンの体調が少しずつ良くなっていると聞いたぞ、良くやったカンナ」
習慣となった庭園でのお散歩中に陛下は嬉しそうに話してきた。
あれから、少しずつセレン様の症状は改善が見られてきたそうだ。
陛下の食事とセレン様の食事を両方見ていくのは大変だが仕方ない。それで少しでも良くなるなら管理栄養士冥利に尽きるではないか。
「カンナ〜!!」
「……え? 今の声は」
振り返ると、セレン様がこちらに向かって走ってきた。
ただし、時速五キロくらいで。
「うふふ、一回もフラフラせずにたどり着いたわ!」
「こんな遠い所までいらして、どうなさったのですか?」
「大事なお友達に会いたかっただけよ」
笑顔が眩しすぎる! 女神様!
私が見惚れていると女神の口から驚きの発言がでた。
「それにここなら魅力的な男性が沢山いますでしょ。カップリングし放題だわ」
「……」
陛下を見ると遠い目をしていた。
「私考えたのですけど、兄上とナトムの組み合わせもかなり良いと思うの。攻めはもちろん……」
「うわぁぁぁああ、ストップ、ストップ! セレン様あちらで話しましょう!」
陛下を見ると……さらに遠い目をしていた。
うぅ、何でこんな目に……
……このお友達関係、一筋縄ではいかない気がする。




