16話 楽しいだけじゃ終わらない
この国に来てから、今日が一番楽しい。
「すごい! 人が多すぎて歩けない! 露店がたくさんある!」
「カンナ、あんまり離れるなよ。俺一人で陛下とカンナの護衛は大変なんだから」
「マグシム、私は平気だからカンナに注意を払っていろ。珍しい顔立ちだから、誘拐されるかもしれん」
今日、私は初めて王宮の外に出た。
つまり――城下町だ!
なぜ外出を許されたかというと、セレン様の症状を改善した功績が認められた……というより、「たまには息抜きが必要だ」とセレン様が強く推してくれたおかげで、陛下のお忍びに同行させてもらえることになったのだ。
セレン様ありがとう。
陛下からの信頼もちょっとは上がった……と思いたい。
ナトムさんから聞いたのだが、陛下のお忍びは定期的にあるようで、同行者は目立たないように精鋭の近衛騎士さんが数人付くらしい。
今回はマグシムが担当なようで、普段私の前ではふざけたりしているが、今日は少しピリピリしている。
「おい、カンナ! 陛下と俺から三歩以上離れるなよ」
「はーい」
適当に返事しつつ、チラッと二人を見る。
先程から気になっているのだが、王様の護衛なのに、他の近衛騎士が見当たらない。
「ねぇ、護衛はマグシム一人だけ?」
隣りで気を張ってるマグシムに申し訳ないと思いつつ声をかけると、急にキリッとした表情でこちらを向いた。
「あぁ、本来は護衛が二十人位必要なんだけどな。まぁ俺がいれば十分だ」
ドヤ顔のマグシムを見つめながら、こいつ盛ってるなと思ったけど黙っておいた。
マグシムが優秀で一人で十分なのは事実だろうし。私って大人。
お忍びなので、服装も普段とはまったく違う。
今日のテーマは――ちょっと金持ちな商人一家。
私はグレーのチュニックに緑の腰紐を巻いた町娘スタイルだ。
「なんか、良い匂いがする」
すぐそこの露店でチキンの串焼きが売られていた。
「あ、あの露店の串焼き美味しそう! 陛下、買ってもいいですか?」
「あぁ」
「やった! マグシム、陛下から許可が出たからお金頂戴」
「あいよ」
マグシムから銅貨を一枚貰う。お金を手渡され露店で買い物なんて、なんか小学生に戻った気分だ。
「すみません、串焼き一本下さい!」
「はーい、ありがとうございます」
――そこで、露店のお姉さんと目が合った。
「え……」
一瞬、思考が止まる。
綺麗な人だとか、そういう話じゃない。
その人は、瞳も、髪も――ピンク色だった。
……え?
一体どういうこと?
私が混乱していると、陛下が声をかけてきた。
「どうした?」
「陛下……あの女性、ピンク色の瞳と髪なんですが……」
「あぁ、北のウォルステン王国の出身なのではないか? この国にはあまりいないが、別に珍しい見た目でもないだろう」
「……そ、そうですか」
いやいやいや。
地球にピンクの瞳と髪の人、いないよね?
混乱している背後で、急に歓声が上がった。
マグシムが楽しそうに声を上げる。
「お、陛下! 今日はグリフィンの見世物小屋が建っていますね」
……グリフィン?
振り返ると、人だかりの中心にいた。
鷲の頭に、獅子の体。
本や映画で見たことのある存在が、現実にそこにいる。
金色の羽毛に白い胴体。
巨大な鳥籠の中を、悠然と歩き回っている。
次の瞬間、扉が開き、グリフィンが空へと舞い上がった。
歓声が上がる。
「うそでしょう……」
空を飛ぶ姿を見上げながら、完全に理解してしまった。
中世の世界、なんかじゃない。
これはもう――間違いない。
「お父さん、お母さん。私、異世界に来ちゃったみたいです……」
「カンナ、どうした。ぼうっとして」
「あ、すみません。初めての城下町だから緊張して疲れてしまって」
「大丈夫か? もう帰るか?」
陛下が心配してくれているのは分かっていたが、頭が混乱して返事も返せない。
するとマグシムが近づいて来た。それと同時に軽く頭を叩かれた。
「痛い! 何するのよ。それでも騎士なの?」
「うるせぇ。陛下が心配してくださっているのに、無視するとは何様だ、お前は」
「う、ごめんなさい」
「本当に大丈夫なのか。顔が真っ青だったぞ」
「大丈夫です陛下。だけど仕事の邪魔になるので、向こうの広場で休んでいますね」
「あ、おい!」
マグシムが呼び止める声がしたけど、聞こえないふりをして広場の噴水をめがけて走った。
これ以上、心配はかけたくないし、仕事の邪魔もしたくない。
それに少し一人になって、冷静になりたかった。
噴水まで辿り着くと、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。そしてぼうっと遠くを見つめた。
賑やかな街。
活気ある人々。
でも、ここは地球じゃない。
理由も、帰り方も分からない。
そもそも、いきなり近所の神社から、この国の神殿に瞬間移動したのだ。これ以上考えても、原因は分からないだろう。
帰れる方法も……今は分からない。
深い溜息をつく。
とりあえず今は陛下の庇護にあるのだから、そこで陛下や貴族の怒りを買わないよう注意して仕事をこなせば良い。うん、そうしよう。あまり考え込むのはやめよう。
そう考えに至ると、急にお腹が鳴った。
こんな状態でも腹は空くのだ。
……図太いな、私。
そういえば、チキン串をまだ食べていなかった。
「いただきます」
口を開けた、そのとき。
広場の端で、五歳くらいの女の子が、壁にもたれてこちらを見ていた。
裸足で、痩せ細っていて、服はボロボロ。
――日本じゃ、絶対に見ない光景。
……チキン、欲しいのかな。
ゆっくり女の子に近付く。
「これ、食べる?」
渡そうとした時だった。
彼女の背後で、物陰から誰かがこちらをじっと見ていた。
――その瞬間、本能が逃げろと叫んだ。




