48 「一緒に暮らそう。つまり」
「あの! アジュールさんの配信された新作、観ました?!」
お昼、会社の休憩室にて。
「観たよ。出勤時に。またすごかったね」
「二人とも完全にファンじゃん」
「副島も中々のものだよ」
私は、ユイちゃんと副島と一緒に、お昼を食べていた。
会社にクッキーを持っていってから、数日経った。
クリスマスの生ライブは、副島の家で見ることに。参加者は前回と同じメンバーとなった。副島のテレビで、みんなで配信を観ることになってるけど、私は有料配信サービスに登録し、アジュールのクリスマスショーの閲覧料金を払っていたりする。
や、一応、心の中での宣言的なね?
「まあ否定はせんけども。観たし」
副島が、カロリーノメイトを食べながら言う。
「観たんじゃないですか! やっぱり!」
「あれは観る。シルクハットからウサギを部屋満杯になるまで出すっていう、古典なのか革新的なのか分からんトコが面白い」
「部屋の規模が桁違いじゃないですか。あんな、どこかの体育館みたいな広さ」
私は二人の話を、おにぎりを食べながら聞く。
それと、頭の片隅で、あることを思い出していた。
セイは、あれから、幽霊の子供と大型犬について調べてくれて。
『調べた限りでは確かに、成仏、と同じ現象が起きたという結論に至ります。なので、あの公園に、危険はありません』
セイは、それに続けて、
『それで、一つの仮説なのですが……ナツキさんに、幽霊に対する理解が深まったのと、そのネックレスの相乗効果で、地縛霊のような状態だった幽霊たちが、解き放たれたのかと、僕は推察します』
そう、教えてくれた。けれども、深追いはしないで欲しいと、念を押されたけども。
それから、新しいネックレスを貰った。菱形で、緑から青、そこから透明へとグラデーションになってるネックレス。緑は翡翠とマラカイト、青はラピスラズリ、透明は水晶だそうだ。
中には悪魔除け、悪魔祓い、悪霊除け、悪霊祓いの紋が刻まれているそうで、それらを馴染ませるために、セイの魔力を練り込んである、らしい。
今はそれを着けているけど、前のも使いたい気持ちがあって、家では二重に着けていたりしている。
私も先日、セイへのプレゼントを決め、贈った。ペアグラスと水筒だ。プレゼントっぽいものと、実用品を贈った。セイは放心しつつお礼を言ってくれて、ずっとそれを眺めていた。
「ごちそうさま」
「えっ、ま、待って下さい先輩……」
ずっとアジュールについて語っていたユイちゃんが、慌てて食べるのを再開する。
「まだ時間あるし、大丈夫だよ」
「動画、流してよっか?」
副島が言い、アジュールの動画を流し、テーブルに置く。それは、最初にバズった、あの二時間。
動画を食い入るように見つめるユイちゃんや、こうしてくれている副島に、アジュールが恋人だと言ったら、どうなるんだろう。なんて、時々思う。
セイに、『一緒に暮らそう。つまり、同棲です』と言ったのは、昨日だ。あれからなんだかんだ、セイは私の家でご飯を食べるし、お風呂に入るし、一緒に寝るし。
ならもう、そうしたほうが、互いに、余計な気を遣わなくて済む。恋人なんだから。そう言った。
『……いいん、ですか』
『私はそうしたい』
セイは私に抱きついてきて、泣いた。ありがとうございますと言いながら。
「もうそろそろ、時間だよ」
食べ終わっても動画を観ていたユイちゃんに、言う。
「あっはい。ありがとうございました」
「どうも」
副島がスマホを引き寄せ、動画を止め、スマホを閉じる。
「じゃー、午後も、頑張りましょうかね」
*
「ただいま」
玄関ドアを開け、靴を脱いでいると、リビングへのドアが開いた。
「あの、おかえりなさい……」
セイは顔を出し、そう言って、おずおずと私に近付いてくる。私はその間に廊下に上がり、セイへと足を進め、
「ただいま、セイ」
目の前まで来て、もう一度、言い直した。
「……おかえりなさい、ナツキさん」
セイがふにゃりと笑う。可愛いなぁもう。
「支度するから待っててね」
「はい」
私は洗面所に向かう。メイクを落とし、寝室へ。スーツから長袖シャツとジーパンに着替え、伸びをして、リビングへ。
「みんなもただいま」
寝ていたり、二匹でじゃれていたりする子猫たちに、声をかける。
「で、じゃあセイ。作ろっか。お夕飯」
「が、頑張ります……!」
二人でエプロンを着け、手を洗い、お夕飯に取り掛かる。
セイは明日のお昼まで休みで、私は明日、在宅だ。これからをどう過ごしていくか、話をしようと、二人で決めている。
あと、お夕飯のメニューはシチューです。また、セイに説明しながら、シチューを作っていく。事前に、シチューにはご飯かパンか、と聞いたら。
『ナツキさんが食べているように食べたいです』
と、言われてしまった。なので、ご飯です。
「で、少し煮込みます。とろみが出たら、完成」
「わ、かり、ました……、?」
首を傾げるセイに、
「うん、徐々に行こうね」
笑いかけながら言った。
「……はい……」
顔が赤いの、もう、可愛いとしか思えないよ?
*
夢が、夢でなくなっていく。現実になっていく。そう思いながら、セイはまた、シチューを掬って口に運ぶ。
「それでね、管理人さんに伝えたよ。恋人と暮らすって。契約書通りに、管理人さん経由で、管理会社に話が行くって言われた」
「は、はい……」
「それでさ、公的な手続き合わせて、セイの暮らし方と私の暮らし方と、すり合わせをしたいんだよね」
「手続き……すり合わせ……」
「うん。公的な手続きはさ、住民票とか、世帯主とか、かな? 私もざっとしか調べてないから、まだ詳しくは分かってないけど」
思考が追いつかない自分を見かねてか、ナツキは苦笑してから、
「それじゃ、そっちは一旦置いといて。暮らし方はね、例えばさ、寝る時。私はベッドで、セイは布団じゃない? それ、どうなんかなーと」
ナツキが、気軽に聞いてくる。気軽に聞いてくれる。自分の負担にならないようにと。
「……その……」
「うん」
「…………同じ、高さが、良いです……」
振り絞って言うそれに、「なるほど」とナツキは頷く。
「なら、布団とベッド、どっちが良い?」
「どう……どう、なんで、しょう…………?」
セイは、考え込んでしまう。寝るという習慣に、まだ、慣れていない。
「それなら、布団が手っ取り早いかな。ベッドは粗大で出すだけだし。ベッドの上の布団をそこに敷けばいいし。どう?」
「は、はい、それで……ナツキさんが、良ければ」
「じゃあ、そこはそれで決まり。セイからは、何かある?」
「え、ええと、良ければ、ですが」
不安を押し込めながら、言う。
「うん。なにかな」
ナツキが、優しげな顔で聞いてくれる。
「料理は、まだ、あれ、その、全然なので……掃除を、させていただけないかな、と。あの、この部屋が綺麗で清潔なのは、重々承知しています。ですけど、今の僕に出来ることって、それくらいしか、思い浮かばなくて……」
「すっごい考えてくれて嬉しいよ。なら、セイ、今はひとまず掃除担当ね」
「はい、頑張ります」
頷いたら、
「あとは、衣類関係かな。洗濯とか。どうする? てか、セイ、いつもどうしてるの?」
ナツキが、不思議そうに聞いてくる。
「あ、衣類などは洗浄をかけています。布団にそうせてもらっているように」
そう言ったら、ナツキは手を止め、考え込んで。
「……なら、洗濯物も、このままかな? 仮決めだし、それでいっか」
「お、大物とか、洗浄、しましょうか?」
「そお? 大丈夫?」
気遣わし気に聞いてくるナツキに、「大丈夫です」と、答える。
「じゃあ、一旦はこんなもんで。別の話に移りたいんだけど、いい?」
ナツキが首を傾げる仕草に、セイは目を奪われかけ、
「……あ、はい。大丈夫です。なんの話ですか?」
「クリスマスを一緒に過ごしたい話」
笑顔で言われて、胸が高鳴る。
「そ、うですよね、日程、そろそろちゃんと決めないとですよね。はい」
「どうしたい? 家で二人、プラス三匹で過ごす? 外食とかする?」
家か、外か。どちらも魅力的に思えて、答えに窮するセイに。
「あのね、私は家かなーって、思ってるんだけどね。その理由、言ってもいい?」
「は、はい」
ナツキは、セイの仕事は時間がきっちり決まっているものじゃないし、なら、融通の効きやすい家のほうが良いのではないか、と、思ったのだと、説明した。
「私もまだ、有給残ってるしね。セイの休みに合わせて、有給、取れるよ?」
ならば、一日休みの日は、ナツキとずっと、居られるということなのか。
「それで、お願い、したいです」
「なら、いつにしよっか」
丸一日空いてる日を、口にした。ナツキは了承してくれた。
そしてセイは、自分が役に立てそうなことを、思いつく。思いついたことを、ナツキに伝えた。
「ベッド、仕舞ってくれるの?」
「はい。空間の余裕は、まだたっぷりあります。仕舞って、掃除して、布団を敷けば、粗大で出す必要もありませんし、布団で寝て、ベッドのほうが良いなと思ったら、すぐに取り出せます。どうですか?」
「ふむ……じゃあ、お願いしようかな」
「任せて下さい」
セイは、これで少しは役に立てる、と喜んだ。




