47 言伝
セイから通知。今、帰りの準備をしていると。
ただいまの時刻、午後十時二十三分。
寝る支度をしていたので、その通知に気付けた。
『分かった。待ってるね。そのまま玄関に来てもいいよ?』
少ししてから、
『分かりました。では、十時半頃に、向かいます』
そして数分後、アパートの玄関のインターホンが鳴った。確認すれば、セイで。
ちょっと待っててね、と、玄関のパスを入力してドアを開けて、部屋の玄関ドアを開けて、セイを待つ。
「急がせちゃったかな。あと、そのまま中に入っていいって」
やって来たセイに、そう言った。
「いえ、その、一応……礼儀として……」
「そっか。じゃあまず、上がって下さいな」
セイを家に上げ、セイのために分けておいたクッキーの皿に被せてあるネットを外す。
「これなんだけど、どう?」
「美味しそうです。支度、してきます」
セイは洗面所に向かい、すぐに戻ってきた。
「飲み物、何がいい?」
「このクッキーには、何が合うんですか?」
「んー……私はよく、紅茶を合わせるけども」
「では、紅茶を……やり、ます」
出来る? やるよ? と言ったら、間違っていたら教えて下さい、と。
私はティーバッグが百入っている紅茶のパックを渡し、セイの様子を眺める。セイはパックに書かれたものを全て読んだらしく、それを一旦シンクに置いて、周りを眺め、棚を開け、紅茶のカップとソーサーを取り出し、ティーバッグを一つ入れる。計量カップを取り出して、お湯を測り、カップに注ぎ、ソーサーを被せる。書かれている時間ぴったりにソーサーを外し、ティーバッグを抜き、生ゴミの袋へ。ソーサーの水気を拭い、そこにカップを置いて、
「……合ってますか?」
「合ってる。私より丁寧」
私は、パチパチと拍手した。
「良かったです」
「じゃあ、冷めないうちに、どうぞ」
そこで、セイが、ハッとした顔になった。
「……一人分しか、用意してませんでした……」
一緒に食べたいらしい。
「じゃあ、私も用意するから、待っててね」
と、いつものように紅茶を淹れ、
「おまたせ。どこで食べる?」
「……では、テーブルで」
テーブルに紅茶とクッキーを並べ、二人でいただきますをして、食べる。
「おい、しい……です……」
放心しているようなセイに、
「良かった。今度、一緒に作ろうね」
紅茶を飲みながら言う。そして一枚、サクリ。
「はい。必ず」
セイは強く頷いてくれた。
「で、このあと、どうする?」
「このあと……?」
「結構遠い場所だったよね。ホテル、泊まることになってるんでしょ?」
「ああ、はい。そうです」
「……寝れる?」
「ね、……れる、と、思い、ます」
目を逸らすな、こら。
「えーと、チェックインは済んでる?」
「あ、いえ、まだです」
「なら、一回ホテル行って、寝れそうになかったら、ウチに来なさい。準備はしとくから」
「え、でも「それは遠慮? 遠慮なら、引き下がらないよ?」……分かり、ました」
セイが頷いたのを確認して、
「じゃあ後で、スペアキーとアパートの玄関のパス番号、渡すね。それと、セイが来たときのために聞いておきたいんだけど、何時に起こせばいい?」
なんか、口をもにょもにょ動かしてるな。
「私たちは恋人です。OK?」
睨むように笑顔を向ける。……赤くなった。
「わ、分かりました……起床予定、というより、仕事の開始は、午前の九時からです」
「なら、七時くらいに起こせば良いかな?」
「……はい……なんとか、起きる努力をします……」
「うん、分かった」
*
ナツキのクッキーを食べ、紅茶も飲み終わり、片付けを志願して。
終わらせ、支度をして、出る時に、
『これが鍵ね。上がこっち、下はこれ。で、パス番号の紙』
それらを渡され、
『無理して来なくても良いけど。無理してホテルに留まっても欲しくない。分かった?』
惹き込まれる笑顔に、頷くしかなくて。
『じゃあ、おやすみ』
『お、おやすみなさい……』
セイは、なんとか言って、アパートを出た。
そして現在、ホテルにて。
「……」
セイは、ベッドの上で悩んでいた。
ホテルの風呂に入ってみた。温かくは感じたが、表面的なものに思えた。
今、腰掛けているベッドにも、一度、潜ってみた。……ナツキが用意してくれた布団のほうが良いと思ってしまった。
「……、……」
セイは決意して、支度をし、その場からアパートへ転移する。
緊張しながらパスを開け、玄関を通り、ナツキの部屋の前に。
「……」
深呼吸して、鍵を開け、ドアを開く。
「……ミケさん」
気配はしていたが、玄関前に、ミケがいた。
──ナツキから、言伝を預かっている。上がれ。
「は、はい……お邪魔します……」
セイはミケに先導され、そのままリビングダイニングへ。
──テーブルの上の紙を、読むが良い。
ミケの言葉通り、テーブルにはメモ書きがあった。
『布団はね、リビングと寝室、どっちにも敷いてあるから、好きなほうをどうぞ。あと、お風呂に入るのも、ご自由に。レモネード、冷蔵庫にあるから。これ、一応、子猫たちにも伝えてあるから。何かあったら、起こしていいよ。ナツキ』
セイは、その紙を見つめ、
──寝る場所は決まっているだろう? 風呂に入るなら入れ。レモネードは冷蔵庫の真ん中の段だ。
「……分かりました……ありがとうございます」
セイは泣きそうになりながら、ミケに答えた。
*
アラームで起床して、
「……居るね」
セイ、こっちに来たんだ。また寝れてるみたいで良かった。
で、今は六時過ぎだから、まだ、起こさない。
私は着替えを持って寝室から出て、朝の支度をして、朝ご飯を作る。昼は既に用意してあるのだ。
そしてそのまま、七時を過ぎて。
「起きてこないねぇ」
椅子に座っていた私は、足元でじゃれるクロに言ってみた。
『ンなおぅ』
「起こしに行く?」
クロは起き上がり、寝室へ。
「オッケー」
寝室のドアを開け、まだ寝ているセイのそばに腰を下ろす。
「セイくん? 朝ですよ?」
頬をペシペシ叩ていみる。むにゃむにゃと何か言っている。
「……」
私はカーテンを開け、元の位置に戻り、セイの耳元で。
「あ・さ・ご・は・ん・が・で・き・て・る・よ!」
「ぅあ? はい……え?」
セイが目を、ぱちくりさせ、
「お、おはようございます……」
目をパチパチさせながら、ムクリと起きた。また、浴衣かいな。起き抜けは少し乱れてるから、まるで映画のワンシーンだよ。
「おはよう、セイ。支度、出来る?」
「出来ます……行ってきます……」
なんかまた、放心してるな。大丈夫かな。
で、テーブルに戻り、少し待てば。
「おまたせしました。ありがとうございます、色々と」
キッチリしたセイが、戻ってきた。
「良いの良いの。ご飯、食べれる?」
「はい。食べたいです」
「よっし、じゃあ食べよう」
ササッと、牛乳だけ温め直し。
「「いただきます」」
ホットサンドと焼き豚サラダ、牛乳というメニューを食べ始める。
「これ、前と中身が違いますね……」
ホットサンドを齧ったセイが言う。
「中身はクリーミースパイシーポテトサラダだよ。あと、セイ、私、八時十五分に出るので、そのつもりで」
「あ、はい。分かりました。……その、お風呂とレモネードも、ありがとうございました」
「いえいえ。コップが洗ってあったから、そうかな? とは思ったけど。使ったあと、綺麗にしてくれてありがとうね」
「い、いえ……」
朝ご飯をパクパク食べながら、気になっていることを聞く。
「セイ、今日これからのご飯、どうする?」
「えっ」
「念のためって、用意はしてあるんだけど」
「え?!」
「無理にとは言わない。ロケ弁出るって聞いたし」
そして、食べる。もぐもぐする。セイは考え込んでいる。
「……いただいても、良いですか……?」
ものを飲み込み、
「ん、分かった。また、サンドイッチなんだけどね。適切な量が分からなかったから、それはそっちで調節してね」
「あ、ありがとうございます……」
もぐもぐパクパク。食べ終わり。
「ごちそうさま。セイは気にしないで食べててね」
「あ、はい……」
食器を軽く洗い、冷蔵庫から弁当を三つ取り出す。
「この二つが、セイの」
と、弁当を二つ、テーブルに置く。
「で、これが私の」
持っている弁当を、セイに見せる。
「お茶、持ってく?」
「あ、持って……やり、ます」
……少し、心配だけど。昨日の紅茶を見てるからな。
「分かりました。水筒だけ、置いておくね」
私はテーブルに自分の弁当を置き、キッチンの棚から水筒を出し、テーブルに置く。
「では、私はこれから会社へ行く準備をします」
宣言して、弁当を持って、寝室へ。
会社のカバンに弁当を入れ、カバンの中身を再度チェックして。うん、OK。横にあるクッキーたちを入れたトートもOK。
既にスーツに着替えてるし、メイクも……うん。大丈夫。
で、時間は、八時直前。
「間に合ったな」
カバン二つを持って寝室から出ると、
「あ、ごちそうさまでした」
セイが食器を洗ってくれていた。
「こっちこそありがと。食器、助かる」
笑顔を向けてから、
「で、そろそろ出ないといけないから、鍵はセイに頼みます。いい?」
「あ、はい。分かりました」
セイが軽く頷く。
「ありがと、行ってきます」
「あ、……いってらっしゃい……」
ぽかんとして、顔が赤くなっていくセイに、笑いそうになりながら、家を出た。
会社で配ったクッキーは、全て捌けました。良かった良かった。




