49 どこまで
アラーム、鳴ってる。止めなきゃ……。
「?」
なんだ? 体が……? 後ろから、抱きしめられてる? ってことは──
「セイ?」
首を回せば、後ろにはセイが。正確に言うと、私より少し下──肩甲骨辺りに頭があって、私のお腹に腕を回して、寝てる。
「……同じ高さにすると、こうなるのか」
まあ、まずはアラームを止めよう。……体ひねっても、セイ、起きないな。
「……よし」
止まった。あとは、セイを起こすだけだ。
「セイ、起きて。動けないから。セイ」
体をひねったことで、向かい合わせに近くなる。セイの肩を、軽く叩く。
「んん……」
頭を押し付けて、締め付けが強くなった。
うん。最後の手段。
「朝ご飯! 作れないから! 起きて! 食べたくない?! 朝ご飯!」
「食べます……う、ん?」
セイの頭が動いた。そのまま上を向く。私と目が合う。
「……へ、あ、……すみません?!」
「おおぅ」
セイは俊敏な動きで、私から離れ、体を起こす。
「おはよう、セイ」
私も起き上がり、朝の挨拶をする。
「お、……おはよう、ございます……?」
赤い顔で混乱したまま、セイは挨拶を返してくれた。
「じゃあ私、」
……恋人で、同棲相手に、朝の支度を見られるのは、OKなんだろうか?
「私、朝の支度するけど、セイ、どうする?」
「……え……?」
「いや、これから着替えようと思うんだけどね。セイはこのまま居るのか、どうしたいのかなって」
セイの顔が、一瞬で真っ赤に。
「いえ、あの、出てます。洗面台、お借りします」
セイはまた、俊敏な動きで寝室から出ていった。
まあ、着替えよう。
で、着替えて洗面台に行けば、支度を終えているセイがしゃがみこんで、頭を抱えて、ぶつぶつ言っていた。
「セイ?」
「うわっはい!」
こっちを向いたセイは、涙目で。顔がさっきより真っ赤になっていて。
「すみ、すみません、先ほど……いえ、寝ている時……すみません……」
相当動揺している。
「セイ、大丈夫。嫌だとか思ってないから」
私は膝立ちになって、セイを抱きしめた。
「少し驚いたよ。でも、それだけ。次からは、驚かない。もう分かってるし」
振り向いた勢いで乱れた髪を直すように、頭を撫でる。
「セイが嫌なら、対策考えるよ? どうする?」
「い、いえ、あの、……大丈夫、ですか?」
「あのままでって、ことかな」
「は、い……」
「うん。良いよ。嬉しいよ。セイが抱きしめててくれたからか、快眠だよ」
「……そ、です、か……」
声、落ち着いてきたな。
「セイ」
体を離して、顔を見る。
「洗面台、使っても良い?」
「は、はい……」
セイと場所を入れ替わり、歯を磨き、顔を洗って基礎化粧品を使う。ネックレスを着ける。
支度を終えて、リビングに向かうと。
ソファに座っていたセイに、子猫たちが群がっていた。いつもの光景だ。
「セイ、朝ご飯作るけどさ、見学する?」
キッチンに入りながら、呼びかける。
「あ、はい。見学、出来ること、したいです」
子猫たちをそのままに、セイがやってくる。
「じゃあ、始めようか」
お料理教室の開催だ。
説明しながらトーストを焼き、スクランブルエッグを作り、作り置きの野菜スティックピクルスを出し、
「セイ、牛乳、注いでみる?」
「や、てみます」
「じゃあまず、私が自分のをやるね」
と、マグカップの場所を教えながら出し、牛乳パックも同じように出し、このくらい、と、マグカップに牛乳を注ぐ。
「さて、こんな感じ。どう?」
「覚え、ました。やります」
で、セイの様子を見ていく。……うん。大丈夫だ。
「合ってますか?」
「合ってる。大丈夫。ちゃんと出来てるよ、セイ」
で、牛乳をレンジで温め、その間に、他のものをテーブルに並べていく。
で、レンジに呼ばれた。
「取ってくるね。座ってて」
「分かりました」
持ってきたホットミルクをテーブルに置いて、準備完了。
「「いただきます」」
幸せだなぁと思いながら、食べる。そこでふと、思う。
「セイのお箸、買う? それとも、それをセイの専用にする?」
「え、あ……」
セイが使ってるのは、お客様用のお箸だ。けどずっと、同じお箸を使ってる。どっちが良いんだろ?
「……ナツキさんと、似たものを……使いたい、です……」
これと似たもの、か。私のお箸は木製で、なんの木か忘れたけど、黒っぽい。
「私は全然問題無いけど、これ、ネットで買ったやつだよ?」
「それは問題ありません」
「そう? なら、あとで一緒に探そっか」
「はい!」
笑顔が眩しい。
食べ終わって、片付けをしてもらって。
私は先に、仕事の準備をする。子猫たちは、ソファに居る。
「終わりました」
「ありがとう、セイ。じゃあ、お箸、探そっか」
そしたら、そもそもの、セイの手に合う箸の長さを調べるところから始まった。調べて分かったその長さで、私のと近いお箸を探す。
「これとか、どう?」
セイのスマホを覗き込みながら言う。それは、セイに合う長さで、黒っぽい木製の箸だ。
「そうですね……では、これを」
セイはすぐさま、その箸を買った。
「で、そろそろ仕事だけど、セイは、どうする? このまま居る? どっか出掛ける?」
「そうですね……掃除をしてから一度、家の……実験の部屋に行こうかと。十一時頃に、戻ってきます」
「ん、分かった。出る時に、声かけてね」
「はい」
*
「……ふぅ」
ナツキの家を出て、素材研究の部屋に直行したセイは、今ある素材を総ざらいし、不足分や追加分、新しいものなどの手配を終え、一息ついた。
自分が考えて、の、ナツキからのプレゼントを、弁当箱が欲しい、と、この前なんとか、ラインで伝えたら。
『私はいいけど……いいの? お手軽に感じちゃうけど』
そんな返事をもらったので、勇気を振り絞って、
『水筒も、いただきましたので。お弁当も、ナツキさんからので、食べたいです』
それにナツキは、了解と。それなら一式用意するねと。
セイは、またなんとか、『ありがとうございます』と送った。
夢心地になりかけて、ハッとする。切り替えろ、と、頭を振る。
ここからが本番なのだから。
ナツキに喜んで貰う、ナツキのためだけのクリスマスプレゼント。何を、贈ろうか。
何を贈れば、喜んでくれるだろうか。
「……」
ナツキのことを考え、セイは、朝の出来事を思い出す。
夜は、ナツキを見つめたまま眠った記憶がある。そして何か、とても良い夢を見た気もする。
だが、起きて。その夢はすっかり、吹き飛んでしまった。
ナツキはどこまで、自分を求めてくれるだろうか。自分の我が儘を、どれだけ許してくれるだろうか。
声をかけられて、寝ぼけて。心地よさと温もりを離したくなくて、抱きしめた時、もっと欲しいと、思ってしまった。
欲を抱いた。嫌われると思った。ナツキは受け入れてくれた。守護霊たちからのお叱りもなかった。……あれは、大丈夫だと、いうことだ。
「……ナツキさん……」
どこまで、大丈夫ですか?
セイは頭を振り、また、気持ちを切り替えろ、と念じて。
クリスマスプレゼントへと、意識を向け直した。
*
セイが戻ってきて、十二時になって。
「じゃ、お昼にしよっか」
「はい」
といっても、昼の分は半分、昨日のうちに、一緒に用意したんだけどね。
昼のメニューは煮玉子丼と、ほうれん草のおひたしだ。セイには、煮玉子のツユの分量を測って貰うのと、ゆで玉子を一つ、剥いて貰った。初めてだと言う割に、中々綺麗に剥いたと思う。
で、説明しつつ、おひたしを盛り付け、煮玉子丼を作る。ほうじ茶を用意して貰って、
「「いただきます」」
美味しいな。セイが剥いた煮玉子は、いつものように二つに切って、私のとセイのとに乗せてある。
「どう? 味。私は美味しいと思うんだけど」
「美味しい、ですけど……前に食べたもののほうが……」
「あれはね、浸けて二日目の煮玉子だよ。セイは、もっと味が染みてるのが良いのかな」
「そう……なんですかね……?」
「まだ残ってるから、明日とか明後日とか、食べ比べたらいいと思うよ」
「そうします」
そうして、食べ終わって、片付けてもらって。
セイが仕事に行く時間になった。お夕飯は持って貰っている。
「あの……」
セイが、玄関先で目を彷徨わせる。
「どした?」
「その、抱きしめても、良いですか?」
そんな、不安そうに言わなくても。
「ん、いいよ。どうぞ」
腕を広げる。
「失礼、します……」
そっと、加減を見るように、抱きしめられて。
「行ってらっしゃい」
ぎゅって、抱きしめた。
「……ナツキさん」
セイも、力を込めて、抱きしめてくれる。
「好きです。ナツキさん」
「私も、セイのこと、好きだよ」
セイの腕が、離れる。私も、離す。
「……行ってきます」
ふにゃりとした、笑顔で、言われる。
「行ってらっしゃい」
それに応えるように、笑顔で言った。




