冬空の約束
期末テスト初日の朝。
いつもは賑やかな教室も、この日ばかりは静かだった。
教科書を開く生徒。
英単語帳を見返す生徒。
問題を出し合う生徒。
それぞれが最後の確認をしている。
一方で──。
「……無理かも。」
葵は机に突っ伏し、小さくつぶやいた。
「昨日覚えたところ、半分くらい飛んでいった気がする。」
向かいの席で単語帳を閉じた遥は、小さく笑う。
「大丈夫。」
「昨日の勉強会ではちゃんと解けてたよ。」
「それは昨日の私。」
葵は真顔で言う。
「テストになると別人になるんだよ。」
「問題用紙を見た瞬間に頭が真っ白になるの。」
遥は優しく微笑んだ。
「焦らないこと。」
「最初から全部解こうとしないで、できる問題から始めればいいよ。」
「……うん。」
葵は深呼吸を一つする。
「遥がそう言うなら、大丈夫な気がしてきた。」
◇
チャイムが鳴る。
「始め。」
先生の合図で、一斉に鉛筆が動き始めた。
遥は落ち着いて問題を読み、一問ずつ丁寧に解いていく。
一方、葵は最初の英語長文を見た瞬間、思わず固まった。
(長い……。)
しかし、その時。
勉強会で遥が言っていた言葉を思い出す。
「全部訳そうとしなくていいよ。」
「接続詞と大事な単語を先に探して。」
(そうだった。)
(落ち着いて……。)
葵は深呼吸をして、ゆっくり問題へ向き合う。
すると、不思議なくらい文章の流れが見えてきた。
(できる……!)
焦っていた心が、少しずつ落ち着いていった。
◇
昼休み。
二人はいつもの中庭のベンチでお弁当を広げる。
「終わったぁ……。」
葵は大きく息を吐いた。
「英語、思ったよりできたかも。」
「よかった。」
遥は安心したように笑う。
「勉強した成果が出たね。」
「全部、遥のおかげ。」
「そんなことないよ。」
「葵が頑張ったから。」
「でもね。」
葵は卵焼きを食べながら笑う。
「遥も気を付けた?」
「何を?」
「最後の見直し。」
遥は少し首をかしげる。
「勉強会でも計算ミスしてたでしょ。」
「あ……。」
遥は少し照れたように笑う。
「ちゃんと見直したよ。」
「二回確認した。」
「よし!」
葵は満足そうに親指を立てる。
「それなら安心!」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇
三日間のテストは、あっという間に終わった。
最終日の放課後。
「終わったー!」
教室中に歓声が響く。
葵は机へ突っ伏した。
「もうしばらく問題集は見たくない……。」
遥も小さく笑う。
「お疲れさま。」
「ありがとう。」
「今回は最後まで頑張れた。」
その表情は、テスト前よりずっと明るかった。
◇
一週間後。
順位表が廊下へ掲示される。
「見に行こう!」
葵は少し緊張しながら歩き出した。
「心臓がうるさい。」
「大丈夫。」
遥が穏やかに笑う。
「きっと前よりいいよ。」
人だかりをかき分け、順位表を見る。
「……え?」
葵は何度も順位を見直した。
「上がってる!」
前回より二十二位も順位が上がっていた。
「本当に!?」
思わず遥の方を振り返る。
「遥!」
「上がった!」
嬉しさのあまり、小さく飛び跳ねる。
遥も自分の順位を見る。
今回も学年上位に名前があった。
「おめでとう、葵。」
遥が微笑む。
「頑張ったね。」
葵は首を横に振る。
「違うよ。」
「これは私一人じゃない。」
「遥が毎日教えてくれたから。」
「私は少し手伝っただけ。」
「ううん。」
葵は真っすぐ遥を見る。
「勉強会がなかったら、絶対こんな順位になってない。」
「本当にありがとう。」
遥は少し照れながら笑った。
「どういたしまして。」
◇
帰り道。
冷たい風が吹く中、駅前には少しずつクリスマスの飾り付けが増えていた。
大きなツリー。
イルミネーション。
赤いリボン。
冬の街が少しずつ色づき始めている。
その景色を見ながら、葵が立ち止まる。
「ねえ、遥。」
「ん?」
「お礼させて。」
「お礼?」
「うん。」
葵は少し照れくさそうに笑った。
「テスト勉強を手伝ってくれたお礼。」
「もうすぐクリスマスでしょ?」
「今度の休み、一緒に出掛けない?」
遥は少し驚いたように目を瞬かせる。
「クリスマスに?」
「うん。」
「イルミネーション見たり。」
「プレゼントを選んだり。」
「おいしいもの食べたり。」
「せっかくなら、高校二年生のクリスマスを思いっきり楽しみたい。」
少し間を置いて、葵は柔らかく笑った。
「それに。」
「遥と、ゆっくり一日過ごしたい。」
その言葉に、遥も自然と笑顔になる。
「私も。」
「葵と出掛けたい。」
葵の表情が一気に明るくなった。
「本当?」
「うん。」
「じゃあ決まり!」
葵は嬉しそうに右手を差し出す。
「約束。」
遥も笑顔でその手に自分の手を重ねる。
「約束。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
駅前のイルミネーションが、一足早いクリスマスを優しく彩っている。
次の休日。
二人には、新しい冬の思い出が待っていた。
―― 冬空の約束 完――




