放課後の勉強会
十二月に入り、校内はすっかりテストモードになっていた。
廊下では教科書を片手に歩く生徒の姿が増え、教室でも休み時間になると問題を出し合う声が聞こえてくる。
文芸部も期末テスト一週間前に入り、この日から活動はしばらく休みとなった。
「それじゃあ、テストが終わるまで部活はお休みね。」
部長の美咲が笑顔で言う。
「みんな、赤点だけは気を付けて!」
部室には笑い声が広がった。
「お疲れさまでした!」
部員たちは次々に帰っていく。
「上乃園先輩、お疲れさまでした。」
結菜も遥へ頭を下げる。
「白石さんも、テスト頑張ってね。」
「はい!」
結菜は嬉しそうに笑うと、そのまま部室をあとにした。
最後に残ったのは、いつもの二人だった。
「帰ろう、遥。」
「うん、葵。」
◇
二人が向かったのは図書室だった。
放課後の図書室は静かで、自習スペースには数人の生徒が参考書を広げている。
「今日はここで勉強しよう。」
遥が窓際の席へ座る。
「静かだから集中できそう。」
葵も向かいに座り、大きく教科書を広げた。
「よーし!」
「今日の目標!」
「数学と英語を終わらせる!」
「終わるかな。」
遥が小さく笑う。
「その『終わるかな』って顔!」
「信用してないでしょ?」
「少しだけ。」
「ひどい!」
二人は思わず笑い合った。
◇
「まずは英語。」
葵が長文問題を遥へ見せる。
「これ、全然意味が分からない。」
遥は問題を見ながら説明を始める。
「全部訳そうとしなくていいよ。」
「最初に接続詞を見るの。」
「でも、この『however』って何?」
「『しかし』。」
「あっ、それなら分かる!」
遥はノートへ簡単な図を書きながら説明していく。
葵は何度もうなずきながらメモを取った。
「なるほど!」
「そう考えればいいんだ。」
「遥って、本当に教えるの上手。」
「そうかな。」
「先生より分かりやすい。」
「それは言い過ぎだよ。」
遥は少し照れたように笑った。
◇
「じゃあ今度は私。」
葵は数学の問題集を遥へ向ける。
「この問題。」
「答え違ってる。」
「え?」
遥は計算を見直す。
「あ……。」
「またマイナス忘れてた。」
葵は笑いながら赤ペンで丸を付ける。
「遥って学年トップクラスなのに。」
「意外と計算ミスするよね。」
「よくある。」
遥は恥ずかしそうに笑った。
「最後で焦っちゃう。」
「そこがかわいい。」
「……かわいい?」
「うん。」
「完璧じゃないところ。」
遥は少し困ったように笑う。
「褒められてるのかな。」
「もちろん!」
二人はまた笑い合った。
◇
一時間ほど勉強を続けると、葵は大きく伸びをした。
「休憩!」
「頭が糖分を求めてる!」
遥は鞄から小さな袋を取り出す。
「チョコレート食べる?」
「やった!」
「さすが遥!」
二人は温かいお茶とチョコレートで一息つく。
静かな図書室。
窓の外には夕日が差し込んでいた。
「そういえば。」
葵がお茶を飲みながら尋ねる。
「遥って休みの日は何してるの?」
「本を読むことが多いかな。」
「やっぱり。」
「あと散歩。」
「散歩?」
「季節の花を見たり。」
「公園を歩いたり。」
「だから植物に詳しいんだ。」
葵は納得したように笑う。
「私は逆かな。」
「家にいるより外へ出たい。」
「映画観たり、ショッピングしたり。」
「かわいい雑貨屋さんを見るのも好き。」
「そうなんだ。」
遥は自然に言った。
「だから葵の私服、いつもかわいいんだね。」
葵は固まる。
「……え?」
「落ち着いた色が多くて。」
「すごく似合ってる。」
遥は何気なく言っただけだった。
しかし葵は耳まで赤くなる。
「そ、そういうこと急に言わないで!」
「びっくりするから!」
「変だった?」
「変じゃない!」
「むしろ嬉しい……。」
最後の一言は、とても小さかった。
「ん?」
「な、なんでもない!」
◇
「そういう遥は?」
葵は話題を変える。
「私服ってどんなのが好きなの?」
「シンプルなの。」
「白とか水色とか。」
「着やすいから。」
「遥らしい。」
「葵は?」
「私はパーカー!」
「あとスニーカー。」
「歩きやすいし。」
「似合いそう。」
遥はうなずく。
「今度、一緒に服を見に行く?」
その言葉に葵の表情が一気に明るくなった。
「行く!」
「絶対行く!」
「テスト終わったらね。」
「うん!」
「約束!」
◇
少しして、また教科書を開く。
「ところで。」
葵が笑いながら聞いた。
「好き嫌いある?」
「あるよ。」
「ピーマン。」
「えっ!」
「遥にも苦手なものあるんだ!」
「あるよ。」
「葵は?」
「トマト。」
遥は少し考えてから言う。
「知ってる。」
「なんで?」
「ハンバーガー食べる時。」
「いつも抜いてる。」
「見られてた!」
葵は思わず笑ってしまう。
「遥って、そういうところよく見てるよね。」
「自然と目に入るだけ。」
「それが遥なんだよなぁ。」
二人は顔を見合わせ、また笑った。
◇
時計は午後六時を回っていた。
「今日はここまでにしよう。」
「うん。」
二人は教科書を鞄へしまい、図書室をあとにする。
外へ出ると、冷たい夜風が頬をなでた。
「勉強、大変だったけど。」
葵が笑う。
「遥と一緒だと楽しい。」
「私も。」
遥は優しく微笑む。
「一人で勉強するより、ずっと楽しかった。」
二人は自然と歩幅を合わせる。
冬の夜空には、小さな星が輝き始めていた。
期末テストまで、あと一週間。
高校二年生の冬は、まだ始まったばかりだった。
――放課後の勉強会 完――




