第一章 読書週間の贈りもの(中編)
翌日の放課後。
図書室には、窓から差し込むやわらかな西日が本棚を橙色に染めていた。
読書週間を前に、生徒たちはおすすめの本を選んだり、展示を眺めたりと、いつもより少しだけにぎやかだ。
遥と葵も文芸部の展示準備を手伝うため、図書室を訪れていた。
昨日見つけた、押し葉の栞。
赤く色づいたもみじと、
『この本に、もう一度会えますように。』
という短い言葉。
そのことが、二人の頭から離れなかった。
◇
「先生。」
遥がカウンターへ歩み寄る。
「昨日の栞のことなんですが。」
先生は優しく微笑んだ。
「気になっていたのですね。」
「はい。」
「何か分かったことはありますか?」
先生はカウンターの下から一冊の古い貸出台帳を取り出した。
「今は電子管理ですが、十年以上前は手書きだったんです。」
ページをめくると、年月を感じる丁寧な文字が並んでいる。
遥は、昨日栞が挟まっていた本のタイトルを探した。
「あった。」
貸出記録には、一人の生徒の名前が何度も書かれていた。
「同じ人が何回も借りてる。」
葵が身を乗り出す。
「本当だ。」
「しかも三年間ずっと。」
司書は懐かしそうに目を細めた。
「その生徒さんは、とても本が好きでした。」
「放課後になると、いつも窓際で読んでいましたよ。」
「卒業したあとも、何度か学校へ顔を出してくれていました。」
「栞を作った人ですか?」
葵が尋ねる。
「おそらく。」
司書は静かにうなずいた。
「ただ……。」
「卒業以来、この本だけは返しに来られなかったと聞いています。」
「返しに来られなかった?」
遥が首をかしげる。
「どういうことですか?」
「詳しくは分からないんです。」
「先生方も異動されてしまいましたから。」
図書室は再び静けさに包まれた。
◇
その帰り道。
二人は図書室の窓際を歩いていた。
「気になるね。」
葵がぽつりとつぶやく。
「うん。」
「『もう一度会えますように』って。」
「誰に向けて書いたんだろう。」
遥は本棚へ視線を向ける。
「本かもしれない。」
「人かもしれない。」
「どっちだろうね。」
「まだ分からない。」
その時だった。
「あっ。」
棚の一番下に、一冊だけ背表紙が少し飛び出している本が目に入る。
遥はそっと引き抜いた。
「これ……。」
昨日とは別の作品だった。
しかし、ページを開いた瞬間、小さな紙片がはらりと落ちる。
「また?」
葵が拾い上げる。
今度は押し葉ではなく、小さなメモだった。
そこには丸みのある字で書かれている。
『返せなかった約束は、この場所に残します。』
二人は同時に顔を見合わせた。
「同じ人かな。」
葵が小声で言う。
遥は紙を見つめながら静かにうなずいた。
「筆跡が似ている。」
「栞を書いた人と同じだと思う。」
「じゃあ。」
「約束って何だろう。」
遥は本棚を見回した。
この図書室のどこかに、その答えがある。
そんな気がしてならなかった。
◇
夕方。
文芸部の部室へ戻ると、美咲が展示用のアルバムを整理していた。
「おかえり。」
「展示の準備は順調?」
「はい。」
遥は栞とメモのことを話した。
話を聞き終えた美咲は、しばらく考え込んでから本棚の奥を探し始める。
「確か……。」
「昔の読書週間の記録があったはず。」
取り出したのは、十数年前の文芸部活動記録だった。
ページをめくると、一枚の集合写真が現れる。
図書室で笑う文芸部員たち。
その写真の隅には、小さな文字でこう書かれていた。
『本は、人と人をもう一度出会わせてくれる。』
遥はその言葉を静かに読み返した。
葵も写真を見つめながら微笑む。
「なんだか、この言葉が今回の謎につながってる気がする。」
遥はゆっくりとうなずく。
「きっと。」
「まだ終わってない。」
「この栞には、誰かの想いの続きを見つけてほしいという願いが込められているんだと思う。」
窓の外では、木枯らしが校庭の落ち葉を舞い上げていた。
秋は少しずつ終わりへ向かっている。
そして、一枚の栞がつないだ小さな物語も、いよいよ真実へ近づこうとしていた。
(第一章・後編へ続く)




